副長の変名
「副長っ!」
「副長じゃないだろう、泰助っ」
「あれ?なんて名前だったっけ?」
「エジマ?サカキバラ?タカネ?」
「なんかちがうんじゃない?」
「じゃぁ副隊長だから、副隊長でいいよね」
子どもたちが、うしろから追いかけてくる。
市村・・・。
エジマやサカキバラ、タカネって、いったい、どっからでてきたんだ?文字も文字数もなんにもかぶっていない。
「内藤だ」
先頭の副長が急停止し、子どもらに教えてやる。
「なんだ?局長やみなと、まっているといい・・・」
「双子先生に、かっこいい剣術のお礼を申したいのです」
副長にかぶせ、泰助がきっぱりという。
いつもとかちがって緊迫感に満ち、スプラッタまでみせられ、子どもたちも動転しているであろう。それなのに、泰助はかっこいい、という。
いや、泰助だけではない。とくに日野で離隊する子どもたちの瞳は、必死である。
月明かりと、子どもらのもつか提灯の灯のなか、それがはっきりとわかる。
提灯は、大人のだれかがもたせてくれたのであろう。
「わかった。ついてこい」
副長は、そのいくつもの瞳に負けたらしい。そう告げるとまたあゆみだす。
すこし、速度を落として。
「餓鬼ども、誠にあいつらが好きなんだな」
「はい、原田先生。兼定とおんなじくらい大好きです」
子どもらは、声をそろえていう。
「おい、きいたか?おれらのことは、おごってやるときだけ大好きになってくれるらしい」
原田の断言に、副長も永倉も斎藤も肩をふるわせ笑う。
ということは、おれのことは一生大好きになってくれないわけだ。
市村が無言で掌をだしてくるので、相棒の綱を託す。
佐藤家は、ひろい。床面積以外のひろさがめっちゃある。現代の日野市の土地価格がどのくらいかはしらないが、これだけの土地だったら億はいってそうである。
フツーは庭と呼ぶところをつっきった奥のほうに、納屋っぽい建物がある。その暗がりに、二人はいた。
気配を消す必要はない。おれたちが追ってくることを、かれらはわかっているのだから。
納屋を背にし、俊冬のまえに傅く俊春。右掌を、三本しか指のない左掌でおさえている。相貌はあげず、地をみつめている。
その弟をみおろす俊冬。
二人は、おれたちに気がついている。だが、こちらに意識をむけることはない。
そして、おれたちも介入できないでいる。二人、とくに俊冬が、それを許さぬオーラを発しているからである。
さすがの副長でさえ、なにもいえないでいる。
妥協案として、二人の遠間のすぐ外にあたる位置までちかづき、様子見する。
俊春は泣いている。うつむいたまま、ちいさな子どものように。月明かりと提灯の灯のなか、涙がぽつりぽつりと落ちてゆくのがみえる。
「わたしをみろ。上を向け」
俊冬は、指を鳴らして俊春の注意をひく。
「このまま去れ。役立たずめ」
俊冬の声には、非情なまでの厳しさがこもっている。
「その甘い精神が、これまでどれだけの犠牲をしいてきたかわかるか?その甘い精神が、これからどれだけの犠牲をしいるか、わかるか?」
「お許しください、兄上。もう二度と、もう二度と・・・」
「おなじやりとりを、幾度繰り返しておる?熊にすら情けをかけ、そのざまか?」
なんてことだ。俊春の右の二の腕の傷は、熊を殺るのに躊躇してできた傷だったとは。
「わたしもなめられたものだ。わたしをごまかせるとでも思ったか?」
右の拳がこれでもかというほど握りしめられ、怒りに震えている。いまにもそれが、俊春を傷つけそうなほどである。
「おまえはやはり、出来損ないだ。おまえなど、おまえなど消えてなくなれっ」
拳が振り上げられる。が、俊冬も感情的になっていることを自覚している。それは、月に向けられたまましばしとどまる。
「やめてくださいっ」
泰助が、おれたちの間を飛びだし、かれらに向かって駆けてゆく。
その背をみつつ、誠に背が伸びたなと、場ちがいなことに思いをはせる。
おれたちも、呪縛がとけたようにかれらにちかよる。
「俊冬先生、やめてください。俊春先生は悪くない。悪くないのです」
泰助は、腕を左右にひろげて俊春をかばいつつ、泣き叫んで訴える。
「俊春先生と、俊春先生と約したのです。「いかなる生きとし生けるものの生命は、なにより大切だ。簡単に奪っても傷つけてもいいものではない。やむなくしてしまった場合は、その責を負わねばならぬ。ゆえに、責を負えるようになるまで、いかなる生きものの生命を尊重せよ。わたしも、できるだけそうする」、と。だから、だから・・・」
腕をおろし、掌で涙を拭う泰助。
どういうシチュエーションで、そういう約束になったのか。
おそらく、泰助が叔父の仇を絶対に討ってやる、とでもいったにちがいない。血なまぐさい願望を抱かせるには、泰助は幼すぎる。
俊春は、そういってなだめたのであろう。
その約束を一字一句覚え、かみしめている泰助。そして、大人のなにげないごまかしなどといわず、護る努力をおこたらぬ俊春・・・。
もちろん、その約束があろうとなかろうと、俊春の性根はやさしすぎる。ここにいるだれよりも、かれは純粋で心やさしすぎる。
京で、敵軍の部隊を殲滅したのち、かれがどれだけ傷つき、いろんなものを背負ったのか・・・。
だが、俊冬のいうことも理解できる。やさしさが、ときとして仇になることもたしか。
身をていして俊春を護る泰助。
俊冬の拳が、力なくおろされる。
その華奢な肩に、いつの間にか副長の掌が置かれている。
「泰助、わかっている。二人とも、おまえの気持ちはわかっている」
斎藤が泰助をなだめつつ、自分のほうにひきよせる。
「申しておけ。これ以上、自身の体躯のことで周囲を欺くな」
俊冬はそういいながら、肩にある副長の掌に自分の掌を添える。
大丈夫だというように・・・。
俊春は、また相貌を地面に向ける。
体躯のこと?耳以外に、まだなにかあると?




