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「俊冬のやつ、やけに左方からちょっかいをかけているな」


 永倉のつぶやきで、意識してみる。

 たしかに、なにげに左からの攻撃がおおいようである。


 一方、俊春は右腕のみならず、いろんな傷の影響からかいまいち勢いがない。どちらかといえば、防戦一方って感じである。


 もう何十度目か斬り結んだ後、両者はまた遠間の位置で対峙しあう。


「舐められたものだ・・・」


 俊冬は対峙する弟を睨みつけ、憎々しげにつぶやく。


「臆病者めが。おまえは、命じられねば人間ひとひとり殺れぬ弱虫だ。否、偽善者でもある。人間ひとを殺るごとに、いちいち思い悩む偽善者だ。これまで、どれだけの人間ひとを屠ってきた?いまさら迷いをもち、眼前の敵すら攻撃できぬというのか?」


 俊冬の意図はよめない。が、俊冬のいまの言葉だと、俊春に勢いがないのは、怪我のせいではなく兄に遠慮してだということになる。


「やはり、いまのおまえにわたしは殺れぬ。それどころか、傷一つつけることはできぬ」


 叩きつけるように告げる。


 正眼の構えから、剣先がゆっくり上方へとあがってゆく。


 上段の構え。その剣先は右方に傾いている。またしても、俊春の左側を攻撃するというのか。


 刹那、俊冬が遠間の位置から襲う。おおきく踏み込むとともに、そのまま振り下ろす。

 が、俊春も動いている。上段から振り下ろされる腕が、まだわずかしか動いていない間に、すでに左下方から斬り上げている。そのすさまじい斬り上げは、確実に俊冬の腕一本をもってゆくであろう。


 俊春のほうが、動きも勢いも俊冬のはるか上をいっている。


 だが、それは中途で止まってしまったのか?みえないので、そうとしか思いようがない。

 兎に角、俊冬の腕は、吹っ飛ばなかった。


 そんな俊春の攻撃など、俊冬はお構いなしのようだ。突如、かれの斬り下げの軌道がかわった。

 右掌を柄からはなし、左掌首をひねって俊春の右半身を襲う。


 そのまま斬り下げるのではない。右からそのまま突いている。


 そのありえない攻撃もまた、みえるわけがない。あくまでも想像である。推測の域をでないが、兎に角、すごいことにかわりはない。


 顔面を狙ったその突き技。


 当然、俊春は、その切っ先をつまむかはさむかで防ぐはず。


 しかし・・・。


 女性たちのいくつものちいさな悲鳴がおこり、男性たちのいくつものうめきがおこる。


 両者の顔面や道着に、血が飛び散っている。朱色の点が、いくつものしるしを刻んでいる。


「関の孫六」が、顔面をカバーした俊春の掌を貫いたのである。切っ先は、手の平から数センチ飛びだしている。


 その状態のまま、二人は2、3秒フリーズする。


 俊春の頭越しに、俊冬の無機質な表情かおがうかがえる。それが怒りのものへとかわるタイミングで、俊春の掌から刃が抜かれる。


 容赦もまったもなし。俊冬は、抜いた得物を構えなおそうと・・・。


 俊春の左掌一本で操られる「村正」が「関の孫六」の刀身を追い、そのまま弾く。

 と、表現すれば「パンッ」と軽くっぽい。が、実際は、掌から得物が吹っ飛びそうなほどの勢いである。


 俊冬の剣先が、わずかに左へ開く。それがかえってこぬうちに、「村正」が俊冬の左手首を打つ。そう認識するよりもはやく、「村正それ」が俊冬の左半身をすべるようにして上方へとあがり、喉元を突く。


「そこまでっ。やめよ、二人とも。もう充分だ」


 局長が、叫びながら二人にちかづく。


 その姿勢のまま、フリーズしている双子。


 俊冬の喉頭部から、一筋の血が伝い落ちてゆく。

 かれの左掌首は、ちゃんとついている。


 俊春は、俊冬の左掌首を峰で打ち、喉元も皮膚にあたる瞬間にとめたのである。それでも、切っ先の圧で、俊冬の喉頭部の皮膚はわずかに傷ついた。


 すべてがはやすぎる。そうであったと推測した瞬間、衝撃が体をはしった。


 俊春の技は、親父の十八番おはこなのだ。



 剣道に、小手打ち面という技がある。小手を打ち、すぐさま踏み込んで面を打つという技である。ほかに、小手胴、面面、突き面などの二段、小手面胴などの三段といった連続技がある。


 親父はそれらの技ではなく、小手から突いた。相手は、小手をかわすとたいてい面がくると想像する。ゆえに、腕を振りかぶって面を防御する。間に合わない場合は、上半身をのけぞらせて竹刀が面縁や面金にあたって面をとられないようにする。


 いずれにせよ、喉はがらあきになる。


 親父は、そこをうまくついた。まさしく、衝いた(・・・)のである。


 剣道のなんらかの大会で、親父の対戦相手は、親父の十八番おはこをしっていても、かならずひっかかっていた。


 この親父の十八番おはこは、小手から突く腕の動きだけではなく踏み込みもかなり難しい。


 おれも練習はしているが、会得できないでいる最強の技である。


 まさか、こんなところで出会えるとは・・・。


 はっとすると、局長だけでなく、副長や組長たちも二人をわけている。


 局長が中心になってなだめ、二人はようやく構えをといてはなれる。


 俊冬は、懐から手拭いをとりだす。 

 それで「関の孫六」の刀身を拭ってから、鞘に納める。それから、かれはその手拭いを、弟に投げつける。


「汚らわしい血で、道場を穢すな」


 そう厳しく告げると、片膝ついて佐藤に詫びる。


「見苦しき立ち合いにて、誠に申し訳ございません。道場を穢してしまいましたことも、お詫び申し上げます」

「い、いや。正直、よくみえなかったが、驚きの連続であった。それよりも、はやく傷の手当てを」


 佐藤が気遣うと、俊冬は面をふせたまま、再度つぶやくように詫びる。


「局長、副長、申し訳ございません」


 そして、局長と副長に詫びてから立ち上がる。


「ゆくぞっ」


 俊冬は、原田に掌の傷を手拭いで巻いてもらっている俊春の肩をむんずとつかみ、そのままひきずるようにしてでていってしまった。


「かっちゃん、あとのことは・・・」

「わかっている、歳。はやくいってやれ」


 副長が、追うぞとアイコンタクトをとってくる。


 副長と組長たちと、双子のあとを追う。


「おいっ、新八。俊冬を、また殴るんじゃないぞ」

「ああ?まったく・・・。おれは、おまえに一生そのことで嫌味をいわれつづけるんだな。ったく」

「そうとも。どこにいようとな」


 競歩もびっくりなほどはやくあるきながら、永倉と原田がいいあっている。


 どこにいようとな・・・。


 その一言が、胸にささる。


 いつもだったら、「やかましい。だまってついてきやがれ」と、注意する副長。そして、さわやかな笑みを浮かべる斎藤。


 どちらも無言であるが、同様にその一言に思いをはせているにちがいない。


 そのとき、いつもの定位置にいる相棒が、うしろへ鼻面を向けようとしていることに気がついた。

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