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最強と最強

 双子の正体をしっているのは、幹部など数名。ほとんどの隊士たちは、すっげー強くてかっこいいなんでも屋、というくらいしかしらぬはず。


 そして、ここにいる大多数が、新撰組に雇われている小者と認識しているはず。ゆえに、得物を帯びて剣術を披露するということじたい、サプライズなわけである。それなのに、双子が対峙しているだけで、この場にいる全員が気にのまれ、緊迫感が漂いまくっている。


 なにがおこるのかという、期待感もある。


 まずはいつものように抜刀せず、腰をわずかに落とし、腕はわずかに曲げた状態でだらりとおろす。


 抜刀術で、様子見をするのであろうか。


 両者の抜刀術は神速の域をこえているため、正直、抜刀しているのかどうかすら感覚でしかつかめない。


 でおえるのは、永倉と斎藤がぎりぎりであろう。


 どこかから、梟かみみずくの鳴き声が流れてくる。そして、犬の遠吠えも。相棒は、そういったものに反応することなく、ただ一心に双子をみている。その集中力は、臭跡のときと同レベルかもしれない。


 睨みあい・・・。

 すさまじい集中力である。しかも、おなじ体勢のまま微動だにしない。それこそ、眉一つ動かしても、眉間に皴を一つよせても、ソッコーで均衡が崩れそうである。


 

 だいぶんとあたたかくなってきてはいるものの、朝夕は気温が落ちる。道場内は人がおおい。みな、冷えよりも試合に集中しているために寒さをまったく感じていないのかもしれない。


 遠間の位置での睨みあい。小柄な二人である。たがいに摺り足から思いっきり踏み込むか、ちいさく踏み込んだのちにもう一度踏み込むかしないと、剣先は届いても致命傷をおわせることはできない。


 剣道のことになるが、「四戒」なるものがある。

 これすなわち、「一眼二足三胆四力」である。


 一眼とは、剣道で一番大事なことで、相手の思考動作をみる眼力と洞察力のことである。二足、これは技の根元の足を示す。足の踏み方や使い方が重要なのである。三胆とは、胆力、度胸のこと。ものに動ぜぬ胆力と、決断力が求められる。それすなわち、不動にあたる。四力は、技術、つまりわざのことである。


 剣道を学ぶ者は、たいていこの「一眼二足三胆四力」を最初に教えられる。 

 おれ自身は、それを親父から学んだ。


 親父から、言葉で学んだわけではない。すべて、稽古をとおして伝えてくれた。


 ここでもそうであるように、親父から伝えられたことをつねに念頭においてはいる。が、そうはなかなかうまくゆくものではない。だからこそ、研鑽をつむ。それでもやはり、上には上がいる。


 そんなことを思っていると、俊冬が「関の孫六」の鯉口をきる。しかも、同時に軽くまえのめりになり、脚はまえへ。つまり、俊春のほうへとわずかにすすめている。


 鯉口のきられた「関の孫六」の柄が、まえのめりになった俊冬の左腿へとすべってゆく。俊冬はまえのめりのまま、遠間の位置からおおきく踏み込んでいる。地を這う、すさまじい踏み込みである。しかも、まったく上半身がうごかない。通常、おおきく踏み込むと、上半身が多少上方へ跳ね上がってしまう。それがまったくないのである。まるで、猫科の獣が小動物に襲いかかるときのようである。たった一度の踏み込みで、俊春の近間にはいる。


 俊冬は、「関の孫六」の刀身が三分の一ほど鞘から滑り落ちるタイミングで、四本しか指のない左掌でその鍔ちかくを上から握ってそのまま抜き放った。って感じた瞬間には、すでに左掌首を返している。あの位置から掌首を返すなんて、どんだけ掌首それがやわらかいんだって声を大にしていいたい。


 俊冬の超神速の横薙ぎが、俊春の左顔面を襲う。


 もちろん、これらはすべて、瞬きする間のできごとである。そのほとんどが、推測の域をでない。


 見物人たちがどよめいた。


 俊冬のとんでもない超神速の技による刃。俊春は、その刀のふくらを親指と人差し指でつまんで止めたのである。


 技を放った俊冬。それを受け止めた俊春。二人は、そのままの状態で睨みあっている。


 見物人たちはざわめいている。当然である。どちらの技も、すでに人智をこえている。


 一発目から、いきなりかましたといっていい。



「あ、あれは?あれはなんだ?」


 問う佐藤の声が、震えを帯びている。


「日の本一の剣士たちだよ、彦五郎(あに)


 鼻高々に応じる副長。まるで、自分の弟子みたいにエラソーである。



「関の孫六」のふくらをつまむ俊春の指先に、力がこもる。


 さすがは業物である。しっかりとその圧に耐えている。


 俊冬は、自分の刃を無理に俊春の指先から抜こうとしない。弟を睨みつけている。そして、弟もまた、兄を睨みつけている。


 しばしの後、指の間から刃が解放された。刹那以下ののち、俊春の左腰から「村正」が解放される。右掌一本で抜き放たれた神速の居合。俊冬の右側からその胴を薙ごうと宙に軌跡を描く。


 おつぎは俊冬の番である。右掌の親指と人差し指で、つまむようにして受け止めた。


 見物人から、いくつもの嘆息がもれる。


 俊冬は、いつまでも「村正」をひきとめやしない。すぐに開放した。おまけに突きを添えて。すさまじい速さの突きが、俊春を襲う。その喉を喰い破ろうとでもいうように。


 俊春は、三本しか指のない左掌の人差し指と中指で、それをはさんで受け止める。


「関の孫六」の切っ先は、俊春の喉元紙一重の位置に迫っている。そのタイミングで指ではさんで止めるって、どんだけ動体視力がいいんだって思ってしまう。


 いや、みるのではなく、感じているのであろうか。


 って、思う間もなく、今度は俊春が突く。「村正」が、真正面に立つ俊冬の喉のあたりにくりだされる。

 が、俊冬は、弟とおなじように右掌の人差し指と中指の間に、それをはさんで受け止める。


 刃は相手の指間にとらわれ、相手の刃を指間にとらえる。


 そして、ふたたびにらみあう。


 そっと周囲をみまわしてみる。


 そのほとんどが剣術の経験者であるがゆえに、緊張と興奮が表情かおにでている。

 弾左衛門とその手下てかや博徒や侠客たちも、同様に興奮した面持ちでみつめている。


 まぁ、「異世界転生」の剣士どうしの戦いみたいなものである。レベルがちがうどころか、創作の世界でさえもありえぬ技を目の当たりにしているようなもの。


 これが誠の剣術試合、なんて思われたら、おれなどお子さまのちゃんばらごっこよりお粗末なレベルになる。


 それは兎も角、二人は睨みあいから同時にたがいの刃を開放した。そして、たがいの近間よりうしろへひいた。


 八双。いや、新陰流の燕飛の構えの俊冬。対する俊春の構えは・・・。


「平晴眼・・・」


 局長のつぶやき。


 平晴眼とは、「天然理心流」の基本の構えである。


 つぎは、俊春がさきに動く。神速の踏み込みと同時に、「村正」が蛇の攻撃みたいに俊冬に迫る。俊冬はそれを、たいを左へひらいてかわそうと・・・。刹那、俊春がまた踏み込む。すでに二打目の突きが、たいをひらいた俊冬の喉元を襲う。俊冬はそれを「関の孫六」をすり上げ、切っ先の軌道をそらそうとするも・・・。なんと、すり上げている中途で、俊春がまた踏み込む。すでに三打目は、「関の孫六」の刀身を弾いている。弾かれた勢いで、俊冬の左掌首ががらあきになる。そこに、三打目の突きが喰らいつく。


「総司の「三段突き」・・・」


 局長は、沖田がそれを放っているかのように、涙ぐみつつみつめている。


 局長だけではない。副長や組長たち、隊士や子どもらだけでなく、近親者である沖田一家や佐藤や松五郎、の不自由な為次郎まで、そこに沖田を感じている。


 俊春・・・。


 沖田と勝負をしたとき、目隠しをしていた。なのに、あれだけ完璧に遣いこなせるなんて、さすがとしかいいようがない。同時に、これだけの人々に、沖田を感じさせるいきなはからい。そのやさしさに、感動してしまう。


 だが、その三打目の突きが俊冬の左掌首に喰らいつくまでに、弾かれた勢いを逆に利用して掌首を返した一刀で防がれてしまった。


 俊春もさすがであるが、俊冬もさすがである。


 そして、両者またそれぞれの構えで睨みあう。

 つぎは、両者とも正眼の構え。


 一つ間違えれば死んでしまう。いくら二人ともが最強最高の剣士の称号をもっていようとも、掌に握っているのは人間ひとでもなんでも容易く斬り裂いてしまう刃なのだから。


 常人のおれには、二人の生命いのちのやりとりを視覚で確認することはほぼできない。感じるしかない。


 どちらも、たがいの技をくりだし防ぐたびに、道着や袴だけでなく、皮膚に裂傷をつけてゆく。


 見物人たちは、固唾を呑んでみつめている。正直、この鬼気迫る攻防がだんだん怖くなってきた。


 どちらかが死ぬまで、つづけられるのではないか・・・。


 そんな錯覚すら抱いてしまう。


 いつも笑顔で愉しむはずの双子が、なにゆえかこの世のおわりをむかえそうな勢いで、相手をつぶそうとしている。

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