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だれの犬?そして、対戦

「外の犬は?」

「ああ、おれの犬です。おそらくですが」


 一瞬、自信をなくしてしまう。自分でも、可笑しくなりながら。


「兼定っていうんだ、為次郎あに。おれの愛刀とおなじ名だ」

「そうか・・・。このあたりの犬より、鼻がずいぶんとながいな。おっと、すまない。さわらせてくれるっていうんで、勝手にさわってしまった」

「え?為次郎さんまで、犬の気持ちがわかるんですか?」


 驚いてしまう。その回答がイエスなら、相棒の代弁者として右耳には俊春が、左耳には為次郎が、それぞれ囁いてくることになる。


「いや、そんなごたいそうなもんじゃない。ただ、なんとなくだ」

「よかった」


 つぶやいた瞬間、周囲にいる新撰組うちのメンバーがにやりと笑う。


「あ、いえ。はい。兼定は、異国、ドイツの犬なんです」

「為次郎あにさん。兼定は、だれかさんよりよっぽどなんでもできるし、有能です」


 斎藤のジョーク。みな、そのレアなジョークに声をあげて笑う。


 そのとき、子どもらが騒ぎだした。

 借りたのであろう。道着と袴姿に得物を帯びた双子が、道場に入ってきたところである。


 が、二人とも、いやにかたい表情かおである。


 あのあと、熊による怪我のことで、またいいあいにでもなったのであろうか。


 双子は局長や佐藤のまえにくると、片膝をついて控える。


 みれば、林太郎に芳次郎もいる。それから、喜六や井上松五郎も。


「俊冬、俊春。おれの一番上の兄為次郎だ。為次郎あに、おれたちを助けてくれている俊冬と俊春だ」


 副長は、俊春の注意をひいてから紹介する。


「餓鬼どもは、二人が大好きでな。おれたちより懐いちまってる。しかも、おれたちのいいつけよりもよくききやがる」

「泰助が、二人のことをずーっと話つづけていた。ゆえに、二人以外の話をきかせてくれと申したが、「さあ」と答えるではないか。笑ってしまった。叔父のことすら、話せぬとは」


 松五郎が、苦笑しつつ語る。


 とくに泰助は、双子にべったりである。双子のことばかり話すとは、じつにかれらしいと思う。


 それはなにも、亡くなった叔父のことをないがしろにしているわけではない。亡くなった叔父のことは、おいおい語るはず。いまはまだ、語るには悲しみのほうがおおきいのであろう。


「為次郎あに、どうした?」


 副長は、無言でいる為次郎の腕に掌をかけて問う。


「ああ、すまぬ。なんでもない。「バラガキ」とだったら、どっちが強いのかと思ってな」


 思わず、ふきだしてしまう。


「歳は目録です。二人は、皆伝です」

「いや、近藤さん。それ以前の問題だろう?「天然理心流」目録にあるまじき汚いをつかっても、到底勝てやしない。剣術でも喧嘩でも、ついでに高尚な趣味でも、この兄弟に勝てっこない。なぁ?」


 永倉は、みなをみまわす。副長には申し訳ないが、正論なので無言でうなずいておく。


「ちっ、なんで高尚な趣味ってところまで取沙汰しやがる?」


 副長はクレームをつけるが、双子なら「異世界転生」で俳人として全国行脚しているはず。当然、句作も玄人以上にやってのけるにちがいない。


「皆伝?流派は?」

「佐藤様、われらはあちらこちらの流派を盗みみては遣っております。元の流派は、名のれぬほど穢しております」


 佐藤の問いに、俊冬はそのように応じる。

「柳生新陰流」とは、すすんでいいたくないのであろう。 


「真剣でやるのか?二対一で、おれが胸をかしてやってもよかったがな」


 ごまかすかのように、おちゃらける副長。


「副長、このつぎにおかりすることにします・・・。局長、本来なら、子どもたちに剣術の愉しさをみせたきところでございますが・・・。あたらしく加わってくださっている皆様に、誠の生命いのちのやりとりをおみせしたく」


 俊冬は副長のジョークに如才なく応じてから、意外なことを申しでる。


 かれにしては、めずらしい。兄の横顔をみつめている俊春の表情かおが、ますますかたくなる。


 局長と副長が、相貌かおをみあわせる。


「いっさい、手を抜くな。ついてきたくば、わたしを殺るつもりでこい」


 俊冬は相貌かおを局長と副長に向けたまま、口の形だけで弟に告げる。


 たしかに、そうよみとれた。おれだけでなく、みな、それをよみとった。どの相貌かおにも、驚愕の表情が浮かぶ。


 ただ一人、それを告げられた当人は、無言のまま相貌かおを伏せてしまう。


「なにをしている、弱虫め。さっさとまいれ」


 俊冬の挑発。かれが立ち上がると、俊春もそれにならう。局長たちに同時に頭を下げ、それから神棚にも一礼し、道場の中央に向かう。



「また、鍛錬か?それにしては、様子がおかしいよな」

「ああ。俊冬は怒っているみたいだし、俊春は怯えている感じだ」


 永倉と原田が小声で話している。斎藤も島田も、不安な表情かおで、双子に視線を送っている。


 局長と副長もまた・・・。


 やはり、さきほどのことなのか・・・。それにしては、俊冬の怒りの沸点が高いのが気にかかる。


「みな、こちらへきなさい」


 局長は、向こうのほうでみている子どもらを手招きする。特等席でみせてやろうというよりかは、子どもらが怯える展開にでもなったら、すぐにフォローできるようにであろう。


 外からのぞいている人々もあわせて、何人くらいの観客がいるであろう。のぶさんやみつさん、泰助の母親ら女性陣も、道場内にははいらずに外からみている。


 遠間の位置で対峙する双子。弟を睨みつけ、マウンティングする俊冬。俊春は、いじめられっ子のようにうつむいている。


 いつもとはちがう空気。めずらしく、俊冬から気を感じる。しかも、攻撃的な気を。


 さきに俊冬が一礼する。あわてて一礼する俊春。


 道場内が緊張に包まれている。


 入口のほうをみると、そのすぐ外でお座りしている相棒が、じっと双子をみつめている。



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