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土方為次郎

「林太郎。あちらの二人は、俊冬と俊春。わけあって、助けてもらってる。こいつは、相馬主計。こいつにもいろいろ助けてもらってる」


 副長の紹介で、一礼する。


「本来なら、秋月邸にご挨拶にうかがわねばならなかったのですが・・・」


 林太郎は、恐縮しきりで説明する。


 新徴組は、庄内藩お預かりである。鳥羽・伏見の戦いの後、庄内藩もばたばたしている。藩主の酒井忠篤さかいただずみは、即刻本国に戻るといいだし、新徴組も同道することになった。その準備に追われ、時間がとれなかったという。

 

 そして、向かう途上で遠回りをし、追いかけてきたらしい。


「いや。こっちこそ、総司のことで会いにいかねばならなかった。だが、新撰組うちとかかわりあいがあるってのも、迷惑だろうからな」


 副長が苦笑すると、林太郎は笑う。


「みつが、たいそう気にかけております。労咳ときいていましたが・・・」


 全員が、みつさんに注目する。


 それはそうだろう。

 まだ子どものころ、口減らしのために泣く泣く天然理心流宗家に住み込みで弟子入りさせたのである。 

 心配で心配でならなかったにちがいない。


「総司は、俊冬と俊春の身内のところで養生している。信のおけるところだし、平助やほかの仲間もいる」


 局長が説明する。が、詳しい場所までは告げない。


 万が一にも漏れることがあれば、官軍がほおっておくわけはない。それに、林太郎たちもしらぬほうが、追及を逃れられるはず。


 だれにとっても、いいにきまっている。

 ゆえに、案ずる必要がないという意味でも、ぎりぎりのところまで告げたのである。


 みつさんが嗚咽をもらし、「申し訳ございません」と謝罪する。

 両脇から夫と子が、やさしく肩を撫でている。


 よかった・・・。

 心の底から思う。




 天然理心流日野支部といったところか。佐藤家の道場は、立派なものである。

 双子の剣術をみようと集まった人々は、なかにはいりきれず、入り口や窓の外からのぞき込んでいる人もおおい。


 弾左衛門とその手下てかもいるし、博徒や侠客もいる。

 もちろん、新撰組うちのメンバーも。


 あとは、このあたりの住人や理心流を学んでいる人たちも。


「そうか・・・。もう剣は振れぬのか・・・」


 道場のすみで、佐藤はさみし気にいう。そのまえで、局長は笑顔でうなずく。


「なあに、本格的にはという意味です」


 局長・・・。無念にちがいない。


為次郎ためじろう義兄にいさん」


 佐藤が呼びかけ、場所を譲る。副長が、杖をもつ男をともなってきたからである。


 土方為次郎・・・。


 副長の一番上の兄で、土方家を継ぐはずだった土方家の長男である。が、眼疾を患っていることから、家督は次男の喜六きろくに譲られた。副長は、十人兄妹の末っ子である。はやくに両親を亡くしているため、事実上は、喜六夫妻に養育された。


勝太かつたか。うちの「バラガキ」が、世話になってるな」


 為次郎は、まるでみえているかのように局長の腕をつかんで勢いよく振る。


「為次郎あにさん」


 組長たちも、笑顔で挨拶している。


「おお、新八に左之に一だな。おまえたちも元気そうだ。うちの「バラガキ」が、迷惑かけちゃいないか?」


 やはり、みえているかのうように組長たちをみまわし、それぞれの肩を叩いている。


 次兄の喜六もきているが、みな、喜六よりも為次郎にたいしてのほうが愛想がいい。


 この為次郎。嵐の日に、川を渡るという豪快な逸話を残している。性格は、いたってさっぱりしているらしい。


 なにより、かれもまた生きることを愉しんでいる。そんなふうに感じられる。


「いやぁ、為次郎あにさん。土方さんは、あいかわらずです。かわっちゃいませんよ。喧嘩しながらでも、ここまでやってこれたって感じです」


 永倉が苦笑しつつ告げると、為次郎はそのごつい肩をぽんと叩く。


「新八、すまんな。左之、一、みな、これからも「バラガキ」を助けてやってくれ」

「任せておいてください、為次郎あにさん」


 原田が応じる。


「為次郎あに、おれたちを助けてくれてる島田に相馬です」

「歳三の兄の為次郎です。馬鹿で恰好つけしいの弟が、いつも世話になって」


 茶目っ気たっぷりのその挨拶に、島田もおれも思わず笑い声をあげてしまった。


「島田魁です」

「相馬主計です」


 名乗ると、為次郎のほうから掌を差しだしてきた。


 心中で驚いてしまう。田舎の人が、異人の習慣をしっていることに。


「ああ。ほら、がみえぬゆえ、噂話ばかりきいてしまう。なんでも、異人さんはこういう挨拶をしているらしいってな」


 島田につづき、おれも握手する。


 握力が半端ないほど強い。身体的なハンデをものともせず、前向きに生を愉しんでいる。自信に満ち溢れた力。


 心から尊敬できるひとである。


 副長はこの為次郎に懐き、頭が上がらなかったという。


 おおいに理解できる。

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