沖田一家
酒宴は、翌朝がはやいということもあってはやめにおこなわれた。いろんなところから、大勢の人が集まってくれた。
日野からあらたに加わる、春日隊のメンバーもいる。
さすがは、異世界転生の料理人である。双子の采配で料理が饗され、参加した全員の腹を満たし、満足感と幸福感とを享受した。
熊の肉も山鳥の肉もほとんど臭みがなく、めっちゃ旨かった。
これがジビエ料理か。
ずっと未来に流行るトレンドを、さきどりする優越感にひたる。
もちろん、酒もある。が、みな、自然とセーブしているようだ。日野をすぎれば、いやでも戦が間近になる。
緊張や不安などで、心から堪能する気になれないらしい。
そして、日野で新撰組からはなれる子どもらのたっての願いに、このあと双子がこたえることになる。
酒宴は、おわった。厨で佐藤家の人々と後片付けをしていると、俊冬が俊春の右腕をあらっぽくつかむなり詰問しだした。
「これは、なんだ?」
俊冬は、俊春の粗末な着物の袖をまくりあげる。二の腕に包帯が巻かれていて、血がにじんでいる。
「うわっ、大丈夫なんですか、俊春殿?」
相棒も、厨のそとから様子をのぞきこんでいる。
「どういうことだ?」
俊冬の声はちいさいものの、苛立ちと怒りがこもっている。
「目隠しをして、熊に相対いたしました」
なんと、なんの武器ももたずに相対するだでも尋常ではないのに、目隠しまでしてって・・・。
どんだけストイックなんだ、俊春?
双子は、にらみあっている。たがいの心中を推しはかるかのように・・・。
ややあって、俊冬から口から舌打ちの音がもれる。
「このあとの剣術は、刀でやる。心せよ」
いうなり、俊春の腕を無造作にはなす。それから、さっさと厨をでていってしまった。
「怒ってましたよね?俊春殿、あまり心配かけないほうがいいと思いますけど。傷、みましょうか?ちょうど裏側だし、ご自分では手当しにくいですよね?」
俊春がわかるよう、口の形と手話で話しかける。が、かれは兄が去っていったほうをじっとみつめている。
「俊春殿?傷、みましょうか?」
触れられるのはいやだろうと、視界の隅で指を振ってかれの注意をひく。
「い、いや。案ずるな。自身で傷を焼くゆえ。主計、ありがとう」
「え?焼くって・・・。ずいぶんとあらっぽいんですね」
かれは心ここにあらずといったていで、後片付けをつづける。
ちょうどそのタイミングで、市村が呼びにきた。
「俊春先生、ついでに主計さん。局長がお呼びです」
「ついでって・・・。鉄、ずいぶんとひどいいい方だな」
その文句を平気でスルーし、市村は俊春にわかるよう、注意をひいてからいいなおす。
まったくもう・・・。
子ども相手に大人げない態度もどうかと思うので、案内されるまま、佐藤家の母家へとゆく。
すでに、組長や俊冬もきている。
居間っぽいところで、旅装姿の男女と少年がいる。
俊春は、片膝ついて庭に控えている俊冬の横に並び、おれは縁側からあがって部屋の片隅に座す。
案内の市村は、相棒といっしょに去っていった。
「そろったな。俊冬、俊春、あがったらどうだ?なにもそこまで・・・」
「ありがたき言の葉なれど、われら、着物が汚れておりますし、獣臭く、これにてお話をうかがいたく」
副長の言葉に、俊冬が如才なく応じる。
「わかった。俊冬、俊春、それから主計。こちらは、沖田林太郎殿と奥方のみつ殿、それから、ご子息の芳次郎殿だ」
うわっ・・・。
大河ドラマでは、女優の「沢口O子」がその役を演じ、かなりインパクトがあった。そのイメージが強すぎて、思わず女性のほうをガン見してしまう。
いやなにも、胸とか相貌の造作をみているわけではなない。あしからず・・・。
沖田総司の実姉とその夫、それから長男である。林太郎は、沖田の義兄となるわけだが、白川藩の脱藩者である。みつと結婚することで、沖田の姓をつぎ、沖田家は存続しているわけである。
林太郎自身は、新徴組の小頭をつとめているはずである。
その子の芳次郎も新徴組の隊士で、子母澤先生の作品では、十四歳で父親の手下の切腹の介錯を立派に務めたというエピソードがある。それが事実なら、かなりの手練である。度胸もすわっていることになる。
みつさんは、ドラマとは正反対でおしとやかな大和撫子って感じである。
本来なら、江戸にもどった沖田の看病を任され、林太郎の庄内藩ゆきに同行し、死に水をとれぬことになるはずだった。
林太郎は、精悍な相貌で、もつ気もたいそうなものである。もちろん、かれも天然理心流の遣い手である。
笑うと笑窪ができ、人好きのするよさげな男みたいだ。
そして、しょっちゅう妻子のことを気にかけている。強いだけでなく、家族をしっかり護る父親って感じがする。
二人の子の芳次郎もまた、うちの子らと比較してもしっかりしている。たしか、15歳か16歳だろうと記憶している。
なにより、沖田の雰囲気がある。母親似の相貌である。沖田にどことなく似ていて当然であろう。




