自然の恵み
酒宴に、山鳥と熊料理をだすという。そのため、双子の采配でおれたちが手伝うことになった。っていうか、子どもたちも隊士たちも、双子の料理の虜になっているので、それを食べたさに率先して手伝うという図式ができあがっている。
「なら、おれたちは薪割りでもするかな。昔、姉さんにいわれてやったもんだ」
組長三人がいままさに厨からでてゆこうとしたタイミングで、副長が入ってきた。
さすがは、日野宿本陣である。たいそうご立派な厨である。
さきほど、厩にもいってみた。安富と沢と久吉の三人が、馬体を藁で拭いているところであった。厩もまた、立派なものである。
「なんだ、土方さん?あんたまで手伝いか?人手は足りている。せっかくの凱旋だ。ゆっくりすればいい」
永倉が提案するも、副長は眉間に皺をよせたままなにも答えない。
「厨は、うちの者だけか?」
「ああ?みりゃわかるだろうが、土方さん。隊士と餓鬼どもと偉大なる料理人と兼定の散歩係だけだ」
「ちょっ、原田先生。ひどいじゃないですか」
ゴボウをささがきながら、クレームをつけてしまう。
「ならいい。どこへゆく?」
「薪割りだ。昔、よくやったろ?鍛錬にもな・・・」
「歳っ!」
永倉にかぶせ、女性のするどい声が・・・。
まさか、また副長の元カノ?
「あー、副長・・・」
「わかってる。なにもいうな、斎藤。くそっ!せっかく避けてたってのに・・・。兼定、吠えろ。吠えまくれ。否、兼定の散歩係の主計、身をていしておれを護れ」
「え?ええ?どういう意味・・・?それに、散歩係って・・・」
副長の謎指令もだが、その勢いに困惑してしまう。
「歳っ!何様のつもりなの?ろくに挨拶もせず。そんな無礼な子に育てた覚えはありませぬ」
厨の入り口にあらわれたのは、副長の実のお姉さんののぶさんである。
前回のお芳さんのパワーが、トラウマになっているのであろう。厨のすぐまえでお座りしている相棒が、尻尾を巻いてすごすごと場所をあけるではないか。これは、あの熊本のゆるキャラ、「くOモン」以来のびびりかたである。
厨内にいる全員がそれぞれの作業の掌をとめ、入り口に注目する。
「あ、い、いや、かようなつもりでは・・・。ほら、彦五郎兄に挨拶したりとか、忙しいからよ」
すごい。あの「鬼の副長」が、しどろもどろになっている。
「問答無用です」
腰に掌をあて仁王立ちで弟を叱るその姿は、まさしく「鬼の副長」の「鬼の姉」っぽい。
大人も子どもも、にやにや笑いながら副長をガン見している。
「新八さん、左之さん、一さん。あななたち、ちゃんと見張っていてくれたのでしょうね?」
矛先が自分たちへ向けられた瞬間、組長たちは最敬礼の姿勢をとる。
「無論です。ですが、おれたちの諫言をきいちゃくれません。昔のまんまです」
「新八っ!」
突如、裏切る永倉。
「ああ、ちっともかわっちゃいないですよ」
さらに、原田まで。
「さようです。副長は昔のまま、なにもかわっていません」
さらに、斎藤まで。
「そうですか・・・。それをきいて安心いたしました」
のぶさんの声が、急にやさしくなる。
「三人とも、ありがとう。それと、おかえりなさい。歳、あなたもおかえりなさい。お疲れ様でした」
その涙声でのいたわりの言葉に、思わずぐっときてしまう。
組長たちは、照れ笑いを浮かべている。
「よっしゃ!しばらくはいけるほど、薪割りをやりますよ」
「われこそはってやつは、ついてこい」
「薪割りならば、わたしは負けやしない」
「はあ?なにいってやがる、斎藤。おまえ、昔はへっぴり腰でちゃんと割れなかったであろうが」
「それは平助です、新八さん」
わいわいと騒ぎつつ、組長たちと隊士数名がでていってしまう。
「副長、ゆっくり話をされたらいかがですか?」
「あ、ああ。そうだな」
島田のすすめもあり、副長はのぶさんとでていってしまった。
そしておれたちは、また作業に戻る。
山鳥は、焼き鳥と炊き込みご飯に。ささがきごぼうと細かく刻んだ里芋を入れ、味付けは濃いめ。白米にもち米をまぜ、竈で炊き込む。
熊は、しっかりあくをとった昆布だしをベースに味噌、醤油、少量の砂糖で熊の肉と内臓を煮込み、そこにささがきごぼう、豆腐、ねぎ、きのこをくわえる。
残念ながら、熊の掌は下処理だけで一週間はかかるとのことで、俊冬が佐藤家の料理人に伝えることになった。
中国では、「周の八珍」の一つとして珍重されている熊の掌。かなり高価な食材である。
喰ってみたかったな。
紐で縛って取りだした熊胆は、板材の間にうまく吊るし、日陰に干す。完全に乾燥させればできあがり、消化器系の不調の際には、削って粉にして服用する。ただし、超絶苦いので、現代だったらオブラートに包んで呑むのがいい。
常備薬として、家庭に一箱置いてあったりするこの熊胆。今回のように仕留めた熊から取りだしたものは、このようにしてつくるが、中国などには熊農場なるものがあるらしい。熊を養殖したり、熊を狭い檻に入れ、生きている熊に管を差し込んで、直接胆汁を絞りだすらしい。虐待というよりかは拷問である。それを死ぬまでつづけるという。熊は、肉体的には疲弊し、精神的はおかしくなり、みずから生命を絶ったり、仔のいる母熊は、仔に地獄の苦しみを味あわせたくなくて仔を殺してしまうそうだ。
人間の病を治すために、熊を犠牲にしている。人間は喰うことも含めて、おおくの生命によって生かされている。
TVで熊農場の特集をみたとき、なんともいえぬ気持になったのを覚えている。
ちなみに、中国にはそういった熊を助けるための団体があるらしい。
双子は、熊胆の効能、これからの手順、服用の仕方などを佐藤家の人々に丁寧に伝える。
「石田散薬」は、打ち身や切り傷に効くという風の噂であるが、熊胆は確実完璧に消化機器系を治してくれるのである。




