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クマーッ!!

 相棒と厨のちかくにいってみると、俊冬が厨のまえで鳥をさばいている。雉であろうか。毛をむしられた山鳥が、木の枝に何羽も吊るされている。


「まさか、このわずかな時間で狩ってきたなんてことないですよね?」


 ちかづいて尋ねると、俊冬が掌をとめこちらへ視線を向ける。


「われらは、猟もやっておった・・・」

「はいはい、わかってますよ。この間の猪だってそうでしたよね?俊春殿は?」

「弟は、まだ狩りの最中だ。うまくゆけば、猪にありつけるやもしれぬ」

「ってか、鉄砲で?誘ってくれたら、相棒とともにいきましたよ」

「兼定は、猟犬ではなかろう?それに、鉄砲ではない。鳥は弓で。猪は素手で・・・」

「素手?猪を素手で?」


 思わず、相棒と視線を合わせてしまう。


「ふんっ」


 あいかわらず、相棒はツンツンとつれない。


「うわっ!すっごーい、俊春先生」

「おっきーい。さすがは俊春先生」

「うわーっ!俊春先生、つよーい」


 向こうのほうから、子どもたちの歓声がきこえてくる。


 相棒と俊冬が、同時に鼻を宙に向ける。


「ほう・・・。大物を仕留めたようだ」


 俊冬は、着物にまとわりつく山鳥の毛を払いつつにんまり笑う。


 え?子どもらだけでなく、おおぜいの人々がこちらへやってくる。その先頭にいるのが俊春であるが、かれは背になにかこんもりしたものを負っている。


 相棒の尻尾が、これでもかというくらいに振られる。


 ちぇっ!おまえの相棒は、だれなんだよ?ジェラシーチックになってしまう。


 幕末こっちにきた当初、おれになにかあっても相棒が生きてゆけるよう、子どもらや副長など、だれかに託せたらとマジに考えていた。ゆえに、子どもらにハンドリングを教えたりしていた。


 結局、それは杞憂におわった。おれが生きていて、死ぬ予定がないからではない。相棒が、みんなに従順だからである。ってか、だんだんおれ以外のみんなに、って気がしなくもない。

 もしもいま世紀末がやってきて、この世におれと相棒だけになってしまったら、正直、二人っきりでやっていく自信がない。


 それほどまでに、相棒はみなになれてしまっている。


 おれはもう必要ない、とまでマジで確信してしまう。


 などとネガティブ志向に陥っている間に、俊春がすぐそばまでやってきている。うしろの人々は、このあたりの人々や新撰組うちの隊士、弾左衛門の手下てかや侠客らもまじっている。


「げええっ!な、なんですか、それ?」


 俊春の背のこんもりしたものをみ、衝撃がはしる。尋ねつつ、あとずさってしまう。


「熊、と申す。しらぬのか?」


 俊春は、赤ん坊をあやすかのように背の熊をあやしつつ問い返してくる。


「しってますよ。そういう意味ではありません。鳥を狩りにいったのではないのですか?」

「熊のにおいがぷんぷんしておったからな。冬眠明けで、木の芽や山菜などをたらふく喰っている。そこそこの肉になるであろう」

「そ、それにしてもでかいですね・・・」

「そうであるな。おそらく四十貫(約150キロ)はくだるまい」


 人々がどんどん集まってくる。まるで、村一番のマタギが猟から戻ってきたみたいである。


「どうした?うおっ」


 さわぎをききつけ、局長たちもやってきた。みな、俊春の背の熊をみてひく。


「あれ?弓矢はどうしたんです?」


 弓矢どころか、なんにももっていなさそうである。懐に、小刀とか武器をもっているのであろうか。


「弓矢?かようなもの、必要ない」

「必要ない?なれば、どのようにしてかような大物を仕留めるのだね?」

「掌でございます、佐藤様」


 佐藤に問われ、「ゴキブリを掌でつぶしました」的に答える俊春。


 ちなみに、ちっちゃいゴキちゃんならつぶせる。だが、さすがに顔面にむかって飛んできたら恐怖するレベルのゴキちゃんは、つぶせない。


「掌・・・」


 新撰組うちの関係者以外のどよめき。


 いや、マジで異世界転生で、「北O神拳」の継承者をやっていたにちがいない。


弾丸たまにしろ刃物にしろ、獲物に傷をつけるのはよろしくありませぬ。掌ならば、傷をつけずに毛皮も肉も得られます」

「よし、さっさと解体をおこなうぞ」


 俊冬は、自分の七つ道具っぽいものから鉈のようなものを二本もってきた。佐藤家の人に頼み、廃棄してもいい筵をいただいて地面の上にひろげる。


熊送りイオマンテだな」


 筵の上に熊をおろしつつ、俊春がつぶやく。


 熊送り(イオマンテ)とは、アイヌの儀式のことだ。死んだ熊の魂であるカムイを、神々のもとへ送りかえすのである。


 みながみまもるなか、またしても双子の玄人はだしの解体がはじまった。


 さすがに、熊の解体ははじめてみる。


 双子ともに、子どもらに視線をはしらせた。が、生き物を殺し、その恵みをありがたく享受するといことも大切だと判断したのであろう。すぐに作業に入った。


 熊を仰向けにし、股間部から首に向けて体の中心にそって刃を入れ、丁寧に皮を剥いでゆく。手足の皮も剥いでしまう。手首と足首の関節の部位で、手足をはずしておく。

胃や腸を傷つけぬないようにして、肛門から腹部を開いてしまう。胸部は、肋骨があるため、根元を鉈で開く。

首から食道をとりだし、外にひきずりだす。横隔膜は骨にそってきりとったのち、残りの内臓をひきずりだす。血抜きをおこなう。ここまでの所要時間は30分もかかっていないのではないだろうか。一刻もはやく血抜きをしないと、肉に臭みが残ってしまう。血生臭い肉になってしまう。


 すべての血を抜くことはできないが、ある程度血抜きがおわると、肛門のまわりをくり抜き、鉈で骨を割ってそれをとりだす。

 熊の胆、つまり、熊胆は、肝臓の脇にある。これは、干して乾燥させて漢方薬になる。消化器系に効能がある。目薬にもなるらしい。熊胆は小刀で慎重に剥がし、胆汁が漏れないように胆管をひもできつく縛ってからきりとってしまう。


 脂は軟膏として、あかぎれや切り傷に効き、痔にもいいそうだ。骨は、湿布薬になるらしい。


 捨てるところのない熊。現代で流行っている、ジビエである。


 閲覧注意のフラグがたつこの作業。女性陣は、途中でいなくなってしまったが、男性と子どもらは、最後まで見学した。


 かなりグロテスクで衝撃的ではあったが、いい経験をさせてもらった。

 

 生き物の生命いのちを奪うという倫理は兎も角、せっかくの自然の恵みである。ありがたく頂戴することが、死んだ熊にたいしてのたむけになるのであろうか。


 アイヌの熊送りイオマンテの意義が、理解できるような気がする。


 もっとも、アイヌの知識は、漫画「ゴールデO・カムイ」からなのはいうまでもない。

 だって、年をとった副長と永倉がでているのである。みないわけにはいかなかったのだ。



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