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錦を飾る

 昼すぎには、佐藤家に到着した。


 この日は、日野宿本陣でもある佐藤家に宿泊する。


 局長も副長も、なにをさきにしても泰助と組長たちを連れて井上家を訪問した。死んだ井上の実家である。


 おれと双子も、同道させてもらった。


 井上松五郎いのうえまつごろうは、死んだ井上とは六歳ちがいの兄だと記憶している。泰助の父親である。泰助は、松五郎の次男にあたる。


 相貌かおはあまり似ていないが、どことなく雰囲気は似ている。

 八王子千人同心の世話役を務めており、京に二度ほどいっているはずである。


 天然理心流の皆伝である。

 井上と同様に小柄でよく陽にやけ、人のよさそうな笑顔でおれたちを出迎えてくれた。



「母上」


 泰助は庭の奥のほうに母親をみとめ、思わず駆けてゆきそうになってその脚をとめた。


「泰助、母上に挨拶してまいれ」


 局長がそうと気がつき、うながしてやる。


 かれは元気のいい返事とともに母親に駆けより、その華奢な体に思いっきり抱きついた。


 母親はおしとやかな感じの女性で、こちらに深々とお辞儀をしてからわが子をしっかりと抱きしめた。


 しばしの間、それを感慨深い思いで眺めた。


 ここにくるまでに、副長が俊冬に告げた。


「源さんの死にざまは、泰助ら餓鬼どもに語ったとおなじことを語ってほしい。おまえがとどめをさしたってことは、告げる必要はねぇ」


 もちろん、俊冬に異論があるわけもない。頷き、了承した。


 泰助は、しっかりと甥としての役目をはたした。いまにも泣きだしそうな表情かおと声で、きいたことを語り、形見の懐刀と遺髪を父親に渡した。


 小者姿の俊冬が、死に水をとった者として泰助の話を補足した。


 松五郎は、ただ静かに話をきいていた。


 もしかすると、気がついたかもしれない。語られたことが真実ではないということを。それでも、なにもいわず、表情一つかえない。


 さすがは、井上源三郎の兄である。そして、この兄にして弟あり、ということもよくわかった。


「松五郎あに。泰助は、新撰組の隊士として立派に働いてくれた。だが、これからは本格的な戦になる。しかも、逆賊として帝にたてつく戦だ。泰助は、お返しする。無論、泰助だけじゃねぇ。日野ここの出身の餓鬼どもは、全員、離隊命令をだす」


 副長は、しずかに告げた。いまは、大人しかいない。

 泰助は、厨にいる母親にべったりくっついているのであろう。


「すまなかったな、四代目。それから、歳。わがまま放題で、ずいぶんと迷惑をかけたであろう?」


 松五郎は、庭のほうへと視線を向けた。


 相棒が、お座りしている。その横で、小者をよそおう俊春が片膝ついて控えている。


「弟のこともすまなかった。お役に立てなんだな、四代目」


 四代目とは、局長のことである。局長は、天然理心流宗家四代目なのである。


「いえ。源さんは、わたしたちにとっては兄もおなじこと。どれだけ助けてもらったことか。みな、いまだに立ち直れずにいます。泰助も、われわれにとっては大切な仲間。ほかの子同様、ささくれだったわれわれに、いつも笑顔を思いださせてくれました。これが戦でなくば、ずっとともにいてもらいたいところではありますが・・・。泰助もほかの子らも、理心流を学ばせてやってください」


 局長と副長のうしろに居並ぶおれたちは、なんともいえぬ気持ちでそのやりとりをみつめている。


 井上のことを思いだして悲しくなり、これから訪れる別れを思うとつらくなる。



 また夕刻の酒宴で会おうということで、井上家を辞すことに。


「いやです。ぜったいにいやです」


 泰助に残るよう命じたのは、副長である。


 門などない。庭もどこまでそうなのかわからない。っていうか、どっからどこまでが井上家の敷地なのかもさっぱいわからない。そんな広さである。


 母屋や納屋、厨、厠、厩、その周囲に、田んぼや畑がひろがっている。


「連れていってください。わたしは、叔父上にかわって戦いたい。叔父上の仇を討ちたいのです」


 素直にうんというわけはない。そりゃぁ、まだ11、12歳である。ひさしぶりに母親に会えば、甘えたいだろう。

 だが、かれもいまや新撰組の隊士。離隊しろといわれて、喜んで承諾するわけもない。

 ある意味、新撰組ここにも家族がいるのだから。


 副長、それから局長が、ことをわけて説得した。そして、父親と母親も。


 泰助は、ついに泣きだしてしまった。


「くそっ!戦などくそくらえだな。戦さえなければ、ずっとともにいられるんだ」


 永倉が、ぽつりとつぶやいた。

 原田と斎藤も、説得する者とされる者を、悲しげな表情かおでみつめている。


 そしてついに、局長と副長は匙を投げ、双子にすがった。

 局長などは、泰助とおなじように泣きながら説得していたのである。


 俊冬は、告げた。


 ともにいることだけが、隊士としての役割ではない。ともにいて死んでしまえば、隊士としてお役に立てない。亡き叔父上も、それは本意ではない。誠にお役に立ちたいのであれば、日野ここに残り、剣術や学問をしっかり学び、立派な大人になって新撰組の精神こころを、一人でもおおくの人々に語り、つなげるのだ。それこそが、隊士としての立派な役目である。


 子どもの心中はよみにくいといいながらでも、俊冬はうまく語った。聞いているこちらまで、残ってもいいと納得してしまったほどだ。


 泰助は、泣きながら納得した。ただし、最後に双子先生の剣術がみたい、とリクエストをつけて。


 この調子で、ほかの子たちも説得した。もちろん、双子がである。


 その甲斐あって、日野の出身でない市村と田村をのぞき、子どもらは新撰組を卒業することになった。

 まさしく、卒業することになったのだ。


 佐藤彦五郎もまた、ほぼwebの写真どおりの人である。写真がいつの時分ころかはわからないが、写真よりかは肉がついているかなといった感じか。写真では、頬がこけて相貌かおがシャープな感じであるが、頬に肉がついている分全体的にふっくらしているようにみえるだけかもしれない。


 小柄ではあるが、自宅に出稽古用の道場をつくるあたり、剣術の熱意だけでなく、かなりの手練れであることが感じられる。

 もっとも、義弟とちがい、ちゃんとした天然理心流の剣士であることはいうまでもない。


 そして、性格もまた豪胆であり、こまやかで気配り上手でやさしいという男前なもの。父親から名主の職を継いではいるが、それが継いだというだけで務まっているわけではない。その証拠に、この戦で逃げかえり、官軍から隠れねばならなかったが、ほとぼりがさめると地元の有志たちのお蔭で名主に復帰している。


 つまり、それだけ『ひと』であるわけだ。


 永倉や原田や斎藤が、いまだに彦五郎あにさんと呼んで慕っていることからもそれがわかる。


 紹介してもらった際、佐藤は相棒ともども歓待してくれた。

 副長を育てたといってもいい人である。会えたことに、感動してしまったのはいうまでもない。



 弾左衛門らあたらしく加わった者たちは、すでにそれぞれのときをすごしている。新撰組うちの隊士たちのおおくも、ゆっくりしている。


 局長と副長、そして組長たちは、佐藤家の人々とすごしている。


 相棒とぶらぶらしていると、俊冬が佐藤家の小者たちにまじって厨で働いているのにでくわした。


 なんてこった。ガチで小者である。っていうか、どこからどうみても料理人である。かなり自然なので、まったく違和感がない。


 それをみつつ、剣術がみたいという子どもらと双子の約束に思いをはせた。


 また双子の剣がみられると思うと、子どもらよりわくわくしているかもしれない。

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