原田の爆笑の未来
「主計、弟の申すことをきいておったか?」
俊冬が、しずかにきりだした。視線をそちらへ移すと、その瞳になんともいえぬ光が宿っている。
「弟は、『すぐそばにいるかぎり、まったくどこのだれやもしれぬ他者によって』、と申したのだ。井上先生は、わたしが殺した。わたしが、殺したのだ」
またしても、視界のすみで副長たちが嘆息した。
しってはいるが、あらためてつきつけられるときついものがある。
「主計、すまぬ。おぬしを追い詰めるつもりはなかった。だが、わかってほしい。われらを信じてくれるなら、二度と自身を責めないでほしい」
俊春が俊冬をチラ見し、つぶやくようにいった。
「主計、副長に告げたほうがいい。永倉先生と原田先生もまた、みなをなにより大切にされていらっしゃる。局長と副長のことはとくにだ。両先生は、今後いまの話が枷になるであろうし、負い目にもなる」
俊春のいうとおりである。未来に伝わっている内容をしってしまった以上、二人は局長と副長にたいして負い目を感じるであろう。
その永倉と原田をみた。二人もこちらをみている。
アイコンタクトで、了承を得た。
副長に話すしかないということを、二人もわかっている。
あらためて、副長に告げた。
「そうか・・・」
副長は、ききおわると穏やかな表情で嘆息した。
「かっちゃんらしい。それから、おまえららしい。かっちゃんが、『新八と左之は、おれといるより歳、おまえといるほうが、というよりかは新撰組にいるより、ほかで自由に活動するほうが性にあっているであろう。それを、ずっと付き合わせてしまている』っていって溜息をついていた。そんときには、『おれはそうは思わぬ』なんて笑い飛ばしたが・・・。かっちゃんは、あんときすでに頭んなかでおまえらを新撰組から追いだす算段をしてたんだな」
穏やかでいて、どこか寂しさをともなうその副長の言葉に、永倉も原田も無言のまま視線を布団に落としている。
斎藤も、ずっとともにやってきた仲間を思ってかうなだれている。
「くそっ!」
永倉がやっと口を開いた。
その一言が、かれの心情のすべて物語っていた。
「近藤さんがそのつもりなんだったら、おれたちは去ったほうがいい・・・。おれたちや土方さん、あんたの気持ち如何にかかわらず。そうであろう?」
副長は、原田の問いに穏やかな表情のまま頷いた。
「それで?新撰組からはなれて、おれたちは宇八っちゃんと行動するんだな?」
原田に確認され、ドキリとしてしまった。だが、いっておかねば。
「原田先生。なにもおっしゃらず、新撰組から離隊したのち、丹波にいっていただけませんか?」
いままさに口をひらこうとした瞬間、俊春がきりだした。
かれは原田をみず、視線をだれもいないほうへと向けている。その隣に座す俊冬は、弟に視線をはしらせたが、すぐに原田へとそれを向けた。
「なにい、丹波?なんでおれだけ?丹波つったら、戦とはまったく関係なかろう?」
「戦には関係なくとも、かの地には沖田先生たちがいらっしゃいます」
原田に視線をとどめ、俊冬が告げた。
それで、原田は悟るであろう。
丹波には、死ぬはずだった者ばかりがいるのだから・・・。
原田だけではない。副長も永倉も斎藤も、驚愕の表情で原田をみている。
存外、原田は豪胆なのか。あるいは、実感がないのか。かれは全員をみまわし、両肩をすくめた。
「なるほど。なるほどな。だが、新八を残して、おれだけ逃げろっていうのか?」
「ちがうのです、原田先生」
思わず身をのりだし、伝わっている内容を告げた。
「そりゃ面白れぇ」
「うけちまう」
「左之さんらしいといえば、左之さんらしい」
途端に、副長と永倉と斎藤がふきだした。原田本人も、肩をふるわせ笑っている。
「おまさ会いたさに?しかも、おまさのいる大坂でなく、敵のいる江戸で死ぬ?」
原田はひとしきり笑ったのち、表情をあらためた。
「おまさには二度と会えねぇ。おれの妻だってだけで、詮議を受けるはず。かようななかで、会いにゆけるか?いくらおれでも、これ以上妻子に迷惑をかけるようなことはしたくねぇ。もっとも、死んだってことになりゃあ、それ以上の詮議はねぇだろうし、おまさもあきらめがつく。悲しい思いはさせちまうがな。下手に生き残るよりかは死んだってことにしたほうが、おまさにとっては・・・。なるほど、そういう手段があるか・・・」
原田は自分でいいながら、その内容を吟味している。
たしかに。おまささんは、実家ではなく従兄弟かなにかのもとに身をよせたと記憶している。そののち、新政府軍によって何度か尋問されている。
原田が死ねば、新政府軍もそれ以上の詮議はしないだろう。
だとすれば、原田はそこまで考え、永倉とも袂をわかったのか?だが、なにゆえ江戸に?戦死をよそおうだけなら、わざわざ江戸にゆかずともほかでもよかったはず。戦いは、江戸でだけではない。それに、永倉と一緒にいても偽装はできたはず。永倉も、理解を示して掌をかすだろう。
かえってそのほうが、噂はひろまりやすいはず。単独行動だと、死んだという報がちゃんとひろまるかどうかもさだかではない。
「総司に会いにいったんじゃないのか?」
副長が、ぽつりといった。
「本来なら、総司は江戸に戻ってたんだろう?左之は、江戸に残っている総司に会いに戻ったのではないのか?」
「おお、土方さん。冴えてるな。たしかに、もしも総司が一人で江戸に残っているんだったら、会いたいって思っちまうかも」
「ちょっとまちやがれ、左之。だったらおれは?おれより総司をとるっつうのか、ええ?」
突如はじまった痴話喧嘩。原田、沖田、永倉の三角関係だ。
「いやいや、そうじゃない。おれは、もともと宇八っちゃんが苦手でな。新撰組から放りだされ、おまえにあわせてセイヘイ隊だっけか?それに入ったものの、最初から気に入らないんじゃそうながくはもつまい」
まるで後世の歴史研究家のように、みずからのことを語る原田。
「そりゃ、死んでないわ。ほかのやつのこったな」
そして、そう結論付ける本人。
またしても、沈黙が流れた。ラップ音すらおこらない。
なんか、真面目に悩んで損をした気がする。俊春も、そう思っているにちがいない。
「なんだか、おれもそう思えてきました。なにせ、ご本人がそうおっしゃるんです。ちなみに、原田先生には生存説があります。下関から日本海を渡って釜山へ。そこから大陸へ渡って馬賊になったと。そういえば、そういった漫画、いえ、草双紙もあったな・・・。まぁ兎に角、馬賊になり、そのずっと後に故郷の伊予でご家族に会い、「大陸にかえるわ」といって去っていったという説があります」
みな、それを頭のなかで咀嚼しているのが感じられる。
そのわずかのち、全員で大爆笑しだした。
眠っているおおくの隊士たちを起こしてしまうのではないか、というほど笑いまくった。
副長はもちろんのこと、ふだんはさほど派手なリアクションをせぬ双子も大笑いしていた。




