将来(さき)にあること過去にあったこと
副長は視線を組長たちへ、それから布団をさけて部屋のすみに座っている双子へと視線をはしらせる。最後に、こちらをみおろしてその視線がとどまる。
「まだ話をしているのか?明日の朝もはやい。とっとと寝ろ」
いつものような勢いがない。
副長と瞳をあわせたまま、冷や冷やしてしまう。
「あ、ああ。すまない、土方さん。うるさかったか?」
永倉が、それとなく尋ねる。さきほどまでの会話がきこえていたのかどうか、確認しているのである。
局長と副長の部屋は、すこし奥にある。その間に二部屋ある。話し声はかなりおさえていたので、きこえているとは思えない。だが、副長は地獄耳なので侮れない。
「いや。かっちゃんの鼾がうるさくてな。寝そびれちまった。外の空気を吸おうとしたら、まだ灯が灯ってたんできてみたってわけだ」
「おれたちも、もう寝るところだ。みなで、主計をからかってた」
「だから、もうやめておけっていったろう、新八」
永倉と原田の表情がかたい。ついでに、声も。
副長が、気がつかないはずはない。
なにせ、副長の第六感は、双子にひけをとらないのだから。
しかも部屋に入ってき、おれのまえに膝をおって目線をあわせてきた。
「主計、またからかわれてたのか?」
「あ、いえ、ええ。ああ、そうです」
必死でいじめを隠しいてる、いじめられっ子である。
「鬼のひと睨み」・・・。
ひいいいいいいいっ・・・。
心中で、悲鳴をあげてしまう。
同時に、視線をそらしてうつむいてしまう。
みんな、こちらをガン見しているではないか。
「これからのことについて、おれ抜きで話し合ってるってか、主計?」
「へ?い、いえ、そんな・・・。そんなことないです、はい。ねぇ、先生方?」
副長のドスのきいた声にビビってしまい、たまらず組長たちに助けを求めてしまった。
うわっ、みんなめっちゃ睨んでるーーーーーっ。
「主計の馬鹿たれが。だから、表情にでてるっていってるだろうが」
「新八の申すとおり。でまくっているぞ」
「さよう。誠にわかりやすいやつだ、おぬしは」
「おれに、おしつけないでくださいよ」
永倉、原田、斎藤に訴える。
副長は、その間に障子を閉めて戻ってくると、おれの横に胡坐をかいた。こうなったら、なにを話していたのか意地でもききだすつもりだろう。
「土方さん、勘弁してくれよ。もう寝るところだといったろう?」
「斎藤、いままできいたことをすべて話せ」
永倉の抗議をスルーし、斎藤に命じる。
副長の懐刀ともいうべき斎藤である。その命に従わざるをえない。それでも、おれたちに気をつかって視線を順にはしらせる。
「くそっ!わかったよ、わかった。斎藤は、ある意味関係ない。主計は、おれと左之に伝えたいことがあった。それだけだ」
「土方さん。おれたちは、あんたや近藤さんをないがしろにしているわけじゃない。できれば、最善の策をうち、あんたたちにしらせたほうがいい、と考えていた」
永倉と原田が、うまく取り繕ってくれる。
いや、まだ伝えきれていない。本当は、原田自身の将来のことについて、話がある。それがまだなのである。
「殊勝なこったな。えっ、主計?今後一切、おれ抜きで話し合うな。おまえらも、いいな」
副長は、全員をみまわしながら命じる。俊春には、あらためて口の形をみせて伝える。
「ああ?土方さん、なんであんたにいちいち報告せにゃならん?おれたちの将来のことだ。あんたの将来のことじゃない」
副長のあまりのタカビーなものいいに、永倉がキレた。
怒鳴ると同時に、マッスルな両腕を伸ばして副長のシャツをつかむ。
「新八、やめろ」
「新八さん、やめてください」
原田と斎藤がなだめるも、永倉はシャツを握る掌に力をこめてはなそうとしない。
「新八。おまえの将来は、おれの将来でもあるんだよ。おまえだけじゃねぇ。ここにいる全員、おれの将来だ。だれ一人、死なせねぇ。傷つけさせねぇ。ゆえに、おれには将来をしる必要がある。それだけだ」
副長の眉間に、皺は一本もない。その表情には、穏やかな笑みさえ浮かんでいる。
声音もまた、穏やかでやわらかい。
「くそっ!」
永倉も、そこまでいわれればひくしかない。毒づくと、副長のシャツから掌をはなす。
風もないのに、灯火が揺れる。障子や襖、天井にうつる全員の影が揺らめく。
灯芯の燃えるチリチリという音が、耳に痛いほど響く。
俊春は、この音もきこえない。おれたちの声も、立てる音も。
ある日突然、きこえていた音がきこえなくなるというのは、どれだけつらいことであろうか。不自由なことであろうか。
情けないが、おれにはわからない。理解することも、感じることもできない。
かれとまったくおなじ状況に陥らなければ、なにもわからないのである。
誠に情けない。誠に不甲斐ない・・・。
「主計、申したであろう?わたしは、おぬしからさまざまなことを感じておる。おぬしが自身を責めるのは、わたしを責めるもおなじこと。ゆえに、自身を責めるな。わたしを責めてくれるな。わたしを理解したり感じたりするのではなく、おぬしのことを理解させよ。感じさせよ」
俊春がこちらに瞳を向け、しずかに告げる。
傷だらけの相貌には、副長と同様穏やかな笑みが浮かんでいる。
「もし、逆の立場だったら?あのとき、おれになにかあったら?俊春殿は、ご自身を責めませんか?」
副長も組長たちも俊冬も、しずかにおれたちの会話をきいている。
俊春は、おれから視線をそらす。
「責めぬ。主計、おぬしが怪我をしようが死のうが、なにゆえ、わたしが自身を責める?わたしのしったことではない」
ソッコーかつきっぱりすぎるその答えに、副長や組長たちがぷっとふきだす。
「そ、そんな。ちょっとくらい、責めてくださいよ。冷たいんですね」
ここまできっぱりと断言されれば、苦笑するしかない。
「われらは犬。否、獣である。ゆえに、人間のようにいつまでも自虐の念にとらわれたり、落ち込んだりということはない。それは兎も角、主計、わたしがすぐそばにいるかぎり、おぬしがまったくどこのだれやもしれぬ他者によって、傷をつけられたり死ぬことはない。それは、この場にいらっしゃるすべての方々も同様。なぜなら、副長と副長が護りたいものすべて、われらが護りぬく。ゆえに、わたしが自身を責めることはないというわけだ」
かれの瞳が、またこちらへと向く。
その瞳に宿る光に、なにゆえかぞっとしてしまう。同時に、違和感も。
久々に感じるそのなんともいえぬ瞳に、たじろいでしまう。
おれの動揺は、俊春はもちろんのこと俊冬にも察知されているはず。
以前、よく感じていたものである。
いまになってまた、性質の悪い病のようにぶり返すとは・・・。
以前、相棒や副長から感じられたあの感覚。それをいま、俊春によって呼び覚まされてしまった。
「すごい自信ですよね?まるで、神様か仏様みたいだ。だったら、井上先生は死なずにすみましたよね。すくなくとも京では死なず、帰郷して病で死んだはずですよね?」
動揺したあまり、理不尽なことを叩きつけてしまう。視界のすみに、副長や組長たちが嘆息するのがうつる。
いってから、後悔してしまった。
だが、言葉にだしてしまったものは仕方がない。




