未来に伝えられていること
「これからのことなんですが・・・」
「まってくれ、主計」
永倉は、マジな表情でにじり寄ってきた。
「おれはこれまで、主計のしっている「起こりえること」ってのを、しりたいとは思っちゃいなかった。ある意味、興味がなかった。おれが死のうが怪我をしようが、どうでもいいってな。まっ、妻子のことを考えたときだけ、ほんのわずかしっておいたほうがって思うことはあったが」
「新八・・・。そうだな、おれもおんなじだ。おれだけってことになると、どうでもいいっていうか、仕方ないっていうか。全身全霊をもって迎えるもんなら、悔いはない。まぁおれになんかあっても、近藤さんも土方さんも、妻子のことはちゃんとやってくれるってこともわかってるしな」
「わたしは独り身ゆえ、それも案ずる必要はないが・・・。しかし、自身以外のこととなると、しっておいたほうがいいのではないかと。否、しっておかねばならぬのかと、いまはそう思っている。新八さんも左之さんも、それを申されたいのでしょう?」
斎藤に問われ、永倉と原田がおおきく頷いて同意した。
その三人の思いをきかされると、どこまで話していいのかわからなくなってしまう。
「この戦は負けます。進軍しますが、すでに甲府城は敵の手に渡っております。われわれは、さして戦火をまじえることなく敗退し、てんでばらばらに江戸へ逃げかえります」
「だろうな」
永倉がいい、原田と斎藤も頷いた。
「新撰組の隊士で数名、死者がでます」
「くそっ!かようにくだらぬ戦で死者がでるだと?ちっ、浮かばれねぇよな」
「なれど左之さん。言の葉は悪いが、それで数名というのはまだ・・・」
「ああ。だがな、斎藤。人数じゃない。仲間のだれかが死ぬってことじたいが、耐えられないんだよ。ああ、ああ、わかってる。これは戦だ。だれもかれもが無傷ですむわけじゃない。わかってるつもりだ」
永倉の表情は、にがりきっている。
原田の気持ちも永倉のそれも、よく理解できる。
「加賀爪さんと上原さんだったと、記憶しています」
「うちの加賀爪と上原?くそったれ」
永倉の手下である。
加賀爪は、もともと六番組であった。そして、上原は局長附人数で、戦のおこる直前に隊士に昇格して七番組に配属された。どちらも、再編されて永倉の直下になったわけである。
「おれのそばにおいてといっても、ほかのだれかが身代わりになるってこともあるよな?」
「ええ。だれであっても、死なせたくないというのが本音です。ですが、おれたちにはおれのしらない、歴史に残っていない強みもあります。その強みを最大限にいかせば、もしかすると・・・」
いいながら、双子をみた。むこうも、こちらをみている。そのおれの視線を追い、組長たちも双子をみた。
「なるほど。われらに加賀爪殿と上原殿の身代わりとなり、死ねと?」
「ち、ちがいますよ、俊冬殿。なんで、そこはよまないんです?そんなこと、これっぽっちも考えてないですよ」
俊冬に、肩幅くらいに両掌をひろげてみせる。
「めちゃくちゃ考えておるではないかっ!」
怒りの声でささやく俊冬の横で、俊春が泣きそうな表情をしている。
「いやなやつだな、主計。おまえには、自己犠牲という精神はないのか?」
「新八の申す通り。他人に「死ねや」って平気で申せるのって、土方さんくらいだぞ」
「左之さん。副長は、平気で申されているわけではありません」
永倉、原田、斎藤が、おれへのツッコみからの副長ディスりとフォローをした。
「ほんのジョーク、戯れです。兎に角、俊冬殿と俊春殿は、おれたちにとってキーパーソン。もとい、強みです。しかも、最高最強のです。戦死者のことも、なんとかなるような気がします」
「つまり、われらにどうにかしろと?おぬしは高みの見物で、われらで知恵をふり絞り、身を粉にして働け、と・・・?わかった・・・」
俊冬・・・。そんなつもりではないのだが・・・。
なんか、途中のムダな間が気になる。
「お願いします。この通りですから。ぶっちゃけ、お二人に頼るしかないのです。ほら、相棒も頼んでいます」
庭をみる。
え?いない?
「さきほど、もう眠ると申して厩のほうにいってしまった。寒くなってきた。障子を閉めるぞ」
相棒の代弁者、俊春。立ち上がって、さっさと障子を閉めてしまった。
相棒、おれにもしらせてくれよ。
「それで?まだあるのであろう?」
「ゴーイングマイウエイ」俊冬。さきほどのお願いをスルーし、さきをうながしてきた。
「ええ。その後のことも重要なのです。江戸に逃げかえったのちですが、勝先生と西郷さんの会談が成功し、敵が江戸にやってきます。幕府側のほとんどがそれに反発し、江戸からでてゲリラ活動、つまり小規模で戦います。新撰組も同様に、江戸からでてゆきます」
「そうであろうな。だまって敵のいいなりになる、などということはありえぬ」
斎藤が頷きつつ断言した。
「江戸からでてゆくまでに、新撰組を去る人たちがいます」
「なんと・・・。かような不届き者が?ゆるせぬな」
またしても斎藤。さわやかな笑みも、いまはまったくない。
さきほどから、永倉と原田がだまりこくっている。
視線が、永倉とあった。
「斎藤のいう不届き者とは、おれと左之か?」
穏やかな声での問い、というよりかは確認である。
「そいつはだれだ」とか、「だれかいってみろ」ときかれるかと思っていた。そして、その名を告げると、「それはありえん」とか、「馬鹿を申すな」とか怒りだすだろうな、とも。
原田がおおきなため息をつき、掌をうしろについてのけぞった。
「なにゆえ、わかったのです?ああ、またしても表情にでてましたか?」
「だから、わかりやすいっつってんだろうが。それだけではない。おまえ、「去る人たち」っていったろ?隊士だったら、そういうはず。人つったら、格上の者だ。斎藤は、まず考えられんからな。なら、おれと左之しかいないだろうが」
そんなに推理しなくっても・・・。
「あらかた、近藤さんがおれたちを怒らせ、新撰組から追いだすんだろう?」
のけぞり、天井をみつめたまま、原田が問うた。いや、これもまた確認である。
「おれもそう思う。土方さんは、なんだかんだつっても寂しがり屋だからな。たとえ死ぬことがわかってても、おれたちに傍にいてもらいたいはず。だが、近藤さんはああみえてしっかりしてる。自身が悪く思われようがなんだろうが、おれたちを護るために遠ざけちまう。まっ、どっちがいいも悪いもないがな・・・」
永倉、そして、原田・・・。
どちらも、局長と副長をしりつくしている。わかりすぎている。そして、たがいに思いやりすぎている。
「まったくもっておっしゃるとおりです。史実では、今後の活動について、局長とあなた方との間で意思の相違があり、あなた方が袂をわかつと。創作かもしれませんが、あなた方の提案したことに対し、「家臣になるなら従ってやる」みたいなことを局長がいったことにより、あなた方が激怒するのです」
室内に訪れた静寂。
斎藤はただ呆然としているし、双子は静かにきいている。
「ははっ!笑えるな、ええ?やはり、創作だな。笑える、笑っちまう」
永倉は笑いながら、拳を布団にたたきつけた。鈍い音がし、布団に拳の跡がくっきりついてしまった。
「この調子なら、ずっと昔、おれたちが近藤さんのことを会津に訴えたってことも、伝わってるんだろう?いくら創作でも、突拍子もないところからかような馬鹿な話しができるわけがない。その件があったから、勝手に想像されちまうんだ。新八、おまえにいたっては、芹澤さんのこともある。『永倉は芹澤の暗殺で不満をもち、近藤の増長に我慢がならなかった。そしてついに、近藤から家臣になるならといわれて怒り心頭に達し、新撰組をみかぎった』ってな感じか?」
「やめろ、左之」
永倉は、原田のジョークともマジとも判断のできぬ話にイラついている。
「会津に駆けこんだのは、おれだけじゃない。なんで、おれだけが?たしかに、芹澤さんのことはわだかまりがある。だが、あれに関しては、芹澤さんは粛清されてしかるべきだった。あんだけ悪事を繰り返してちゃぁな・・・。それを決めたのは、土方さんだ。近藤さんじゃない。近藤さんは、お人よしだ。いい意味でも悪い意味でもな。暴力よりも、穏便にことを運ぶはず。そして、暗殺をする面子からおれをはずしたのも、土方さんだ。同門だから、だ。おれのためを思ってな。近藤さんは、反対しただろうよ。同門だからこそ、加えるべきだとな。近藤さんは、よくわかってるから・・・」
原田も斎藤も、だまってきいている。
芹澤一派暗殺にくわわったのは、このなかでは原田だけである。斎藤は、局長や永倉、藤堂とともに「角屋」にいつづけたのである。
「その件で、おれがわだかまっているとすれば、それは近藤さんじゃない。土方さんだ。それに、訴えたってのも誤解だ・・・」
その瞬間、双子が合図を送ってきた。廊下を、だれかがちかづいてきている、と。具体的には、副長がきている、と。
それからしばらくし、障子がすっと音もなくひらいた。
障子に一番ちかい位置にいるおれの瞳に、月を背に立つ副長が映った。
双子の狼ではないが、副長もまた、勇ましく美しい想像上の獣のようにみえてしまった。