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馬フェチと犬の散歩係

 内藤新宿は、甲州街道で日本橋からかぞえて最初の宿場町となる。廃止やら再開やらという歴史をへ、十九世紀の初頭には旅籠が五十軒で茶屋が八十軒と、品川宿につづいての繁栄ぶりをみせている。


 双子は幕閣たちの様子を探るとともに、日野へ駆けて先触れをして戻ってきた。すさまじい活動量である。


「副長からの文を、佐藤様にお渡しいたしました。それはもう、たいそうなお喜びようでございます」


 局長と副長の部屋は、隊士よりかはひろい。そこに、組長三人と島田、蟻通、尾関、安富が集まった。

 局長と副長を上座にし、左右にわかれて座している。


 俊冬の報告に、副長の眉間に皺がよる。


 佐藤とは、佐藤彦五郎さとうひこごろうである。副長の姉の夫であり、局長とは盃をかわした義兄弟にあたる。


「彦五郎あには、なんかいってなかったか?」

「『有志を集い、春日隊を結成した。みな、此度の出陣にはなみなみならぬ闘志をもっておる。やっとお上のお役に立てそうだ』、とおっしゃっておられました」

「おお、さすがは彦五郎殿。頼もしいかぎり。のう、歳?」

「ああ。そこはわかった。おれがききてぇのは、そっちじゃねぇ」


 副長は局長をスルーし、双子をにらみつける。


「それ以外に、なにかいってなかったか?」


 俊春が口の形でよみとれるよう、ゆっくり尋ねる。


「・・・。いえ、なにも」

「まちやがれ、俊冬。なんだ、いまの間は?」

「副長のお話など、なに一つうかがっておりませんが」

「きいてんじゃねぇか、俊冬?ええっ?」

「いえ、なに一つ。副長の女子おなご遍歴とか武者修行ぶりとか、いっさいなにも」


 さらりとかわす俊冬の相貌かおに、やわらかい笑みが浮かぶ。その隣で、俊春がうつむき笑いをこらえている。


「彦五郎あにさんのことだ。たいそう語ったにちがいない」

「ああ、新八の申すとおり。彦五郎あにさんは、日の本中の人に語るだろうよ」

「左之さん、それはおおげさな。せいぜい関東一帯ってところでしょう。わたしたちも、さんざんきかされました。懐かしいな」


 永倉、原田、斎藤は、うんうん頷いている。


「ちっ!この分じゃぁ、うちの隊士たちにもあることないこと語ってくれるだろうよ」

「そのようなことをいうのではないぞ、歳。彦五郎殿は、おまえのことが自慢なのだ」

「ああ、わかってる」


 苦笑する副長。

 

 副長は、自宅にいるより義理の兄の家にいりびたっていたらしい。のぶというお姉さんと仲がいいからであるが、義理の兄のことも大好きだからであろう。


「幕閣は、新撰組われわれが進発したということで、胸を撫でおろしております。会津藩邸にもまいりましたが、すでに本国には報せているとのことでございます」

「会津にもずいぶんと世話になっている。本来なら、かような義理はないはずなのに。いつか、なにかで返さねばならぬであろう」


 局長の言葉に、俊冬は頷いた。


 そのとおりである。新撰組は、最初こそ会津藩お預かりの組織であったが、いまや幕臣。幕府直下の組織。かならずしも、会津藩が資金等を援助する必要はない。しかも、会津藩もたいへんな時期なのにだ。


「おまえら、すこしは休んでくれ。いまだかつて、おまえらの寝姿ってのをみたことがない・・・」

「ちいさいのに、よく体力がもつものだ」


 島田が副長にかぶせ、心底感心しているようにつぶやいた。


「ちいさいは余計なお世話だ、なぁ?小柄ってだけではないか」

「いや。それはおなじ意味だ、勘吾」


 蟻通。それから、尾関である。


「よいではないか。馬も、馬体がちいさいからと申して駆けられぬというわけではない。すぐにへばるだけのこと」


 きわめつけは、馬フェチの安富。


 残念ながら、いまのはフォローになっていない気がする。


「馬といっしょにするな。それに、すぐにへばっちまったら、つかいものにならぬであろう」


 永倉も苦笑している。


 最近の安富は、超絶マックスにテンションが高い。馬といっしょにいられるからである。 


 あたらしくきた乗馬用の馬に、荷車を曳く馬たち。


 局長と副長の騎馬は、「豊玉」と「宗匠」とネーミングされた。当然である。

 そして、組長三人の騎馬には、「梅」、「恋」、「月」とネーミングされた。


 副長のイタすぎる句で詠まれた、代表的な題材である。


『まるで、総司がつけそうな名じゃねぇか』


 馬たちの名をきいた副長は、苦笑したという。


 名付けたのは、安富である。


 昔、京の屯所にきていた猫たちに、沖田が名付けていたのを拝借したのだとか。


 つまり、間接的には沖田が名付け親である。


 副長の推測は、あたっていることになる。



 それは兎も角、五頭の騎馬たちへの安富の溺愛ぶりは、こちらがひくほどのものである。馬フェチぶりは、今後ますます過熱してゆくにちがいない。


 馬たちは、安富がメインで久吉と沢も面倒みている。


「ちいさき馬体でも、騎手の技量でへばらずはやく駆けさせることができますゆえ」


 俊冬は、安富をみてから局長と副長へと視線を向けた。


 操る者の能力・・・。


 俊冬は、それを局長と副長にあてはめている。つまり、双子自身を自在に操ることができる局長たちこそ有能な騎手であるといいたいのだろう。



「副長、お気遣い痛み入ります。われら、体力だけは人一倍ございます。それに、眠るにも要領がございます。ただ長時間眠ればいい、というわけではございませぬ。みじかき間でも、要領をえた眠り方をすればよいのでございます」


 俊冬のいうことはもっともである。かくいうおれも、昔は仕事柄、睡眠時間がすくなかった。しかも、とぎれとぎれにしかとれない。たとえ数十分でも、つど深い眠りについていた。夢など、みたこともない。起きたとき、さっぱりとした気持ちで起きれたものである。


 ただし、いまはちがう。隊務がなければ、NETやTVやBDがない。まぁ、書物や草双紙はあるが。それはべつにしても、ほぼ眠るしかない。それを繰り返すうちに、ある程度眠らないとつらい。そして、長時間眠っているにもかかわらず、ムダにだるいときがある。


「体力だけは、って。体力以外でも他人ひとの三倍も四倍も、否、それ以上にすごいのにな。なかには、その体力だけでも他人ひとの半分以下って者もおるのに」

「ちがいない」


 蟻通の指摘に、数人が同意した。なにゆえか、そのみんなの視線がこちらへ向いている。


「ちょっ、それ、どういう意味ですか、蟻通先生?おれも体力はあるつもりですよ」

「そういや、よくぶっ倒れてたよな、主計?」

「なにをおっしゃるんです、原田先生。あれは、体力のせいではありません。斬られたり、全力をだしきったからです。それに、よくってほどじゃありません。数回ではないですか」

「おまえって、なんかいっつもぶっ倒れてる気がするがな」


 永倉の言葉に、みな、うんうんうと頷いた。


「先生方。主計も、兼定の散歩係としてがんばっております。そこは、評価いただいてもよいかと」


 俊冬のフォローに、みんなまたうんうんと頷いた。


 ってか、マジで散歩係ってことに納得している?散歩をがんばってることを納得してる?


 ってか、その散歩も、子どもらがやってくれている気がする。

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