衆道
突然だが、おれはノーマルである。
これまでの人生のなかで、同性に恋心を抱いたことはおそらく、ない。
尊敬している、あるいは、惚れたというのはあっても、それはあくまでも剣術がすごかったり、仕事で素晴らしかったり、としたときである。
それをいうなら、異性にすらそれを抱いたことはほぼない。
きっと、人間そのものがあまり好きではないのである。
だからといって、「犬しかダメ」というヤバい系でもない。
そこは、はっきりと宣言しておく。自分自身の為に。
生きてきた世界が、よほど特殊だったのだ。周囲にも、そういった者はいなかった。
いや、おれが気が付かなかっただけで、もしかしたら、いたのかも?
正直、そういう点はかなり鈍い。
なんにせよ、昨今流行のLGBTという者は、接したことがない。
あぁそういえば、情報屋にいたかもしれない。あの男は、Gだったかも。よくわからないが。
兎に角、そんなないないづくしでも、坂井の色っぽさには面喰らう。
武士の世界に、衆道があることはしっている。
これはなにも、武士の世界だけではない。仏門、つまり、僧にもみられることである。
男ばかりの世界、致し方ないといえばそうなのか。
たしか、薩摩藩などはそれが盛んだ、ときいたことがある。
そこではきっと、GであろうとBであろうと、さして違和感なく受け入れられるのであろう。
新撰組でも盛んだった時期があると、web上のなにかの資料でよんだ。
このまえ捕縛した武田、元参謀の伊東は、それを隠そうともせず、おおっぴらに隊士に手をだしていた。
かれらにカミングアウトなど関係ない。しかも、かれらはGではなくBである。
伊東は、江戸に妻子がいるのだから。
かれらに、GやBであることに対しての苦悩、などは無縁なのである。
それとはべつに、自分自身の性欲も、さしておおきくも濃くもないと思う。
そうなると、男としてどうか、のレベルになるかもしれない。
たぶん、打ちこめるものがあるからだ。たぶん・・・。
あぁこうして列挙し、自分自身を振り返ってみると、おれがかわってるような気がしてくる。
そう思わせるだけのものを、坂井から感じる。
そういう方面には疎いとはいえ、一応社会人として、あるいは、職務上での知識はある。
web上でそういう漫画やら小説やらを読み、世界観は知っているつもりだ。
坂井は、いわゆるBLワールド全開、という表現がぴったりな男である。
いいわけめいたことをいい連ねたが、これらはすべて、坂井が「これぞBL」と強調したかったが為である。
その坂井から発散されているBLワールド。
もちろん、相手あってこそのBL。
その相手の一人の臭気が、相棒の鼻センサーにひっかかった。
いや、手拭のにおいから、BLワールド満載の坂井がひっかかった、といったほうがいい。
「主計ってさ、男っぽいよね?」
耳に囁かれ、正直、驚いたし不快になる。
あぁきっとBL的には、かれの熱い吐息が、すでに興奮をあらわして・・・、みたいになるのであろう。
あきらかに受けっぽい容姿の坂井からそういわれたということは、おれが受けになるのか?このおれが受けに?
それとも、みた目に反し、坂井は意外と攻なのか?
「犬が大好きなんだって?そうか、獣とは、さすがにないな・・・」
ひいてしまう。宇宙の彼方か、地球の裏側にまで・・・。
これはなんだ?
助けを求めようと、庭の向こうの方で子どもらの素振りを指導している野村、それから、山崎に永倉、原田をそっとうかがう。
かれらも、そうとはわからぬように、庭の隅にいるおれたちをみている。
あきらかに、面白がっている。
そう、追い詰められている。
ひとむかしまえに流行った壁ドン。いままさに、それをされている。
斬っていいか?斬っていいか?斬っていいか?
幾度も幾度もそれを呟き、耐える健気なおれ。
隊務とはいえ、もしかすると、このままBLワールドに引き摺り込まれてしまうかもしれない。
これまでにないピンチに、焦燥は募るばかりである。