「人類みな兄弟」
俊春は、朝餉の下準備があるからと厨へと去っていった。
副長は、その背をみ送ってから嘆息する。
「あいつらをみていると、兄弟っていいなとつくづく思っちまう」
「土方さんのところは、年齢がはなれてっからな」
原田の言葉に、また苦笑する副長。
「ああ。兄貴って大変なんだとも思っちまう」
「そうだよな。死ぬほど殴られたり、責められたり」
「おいおい、まだ申すのか、左之?俊冬にいわれるんだったらわかるが、なにゆえ、おまえに嫌味をいわれつづけにゃならん」
「きまってるだろうが、新八。俊冬が申さぬから、かわりにいってやってるんだ。まぁ、それは兎も角、弟とおれたちの板ばさみで、あいつが一番大変だわな」
原田は腕をのばすと、斎藤の頸にそれを巻きつける。
「にぶいやつだな、斎藤。めずらしく、他人に関心をもってるなと思いきや、あれか?」
「ええ?意味がわからぬが、左之さん」
なんちゃってヘッドロックをかけられながら、斎藤がささやき返す。
「おれも、わかりませんが。なにがおっしゃりたいんです?」
どうやら、副長と原田はなにかに気がついている。あ、永倉もか?三人を順にみると、副長と永倉は肩をすくめる。そして、原田はなんちゃってヘッドロックをかけつつ、これみよがしに嘆息する。
「これだから、経験のすくないやつはよ」
経験?なんのスキルなのか?なんのスキル不足で、わかってないのか?
さっぱりわからん。
「左之さん、苦しい・・・」
ついに、斎藤がギブする。原田が斎藤を開放するのを眺めつつ、いまいちど尋ねてみる。
月を隠す雲はなくなったようで、明るいくらいの月が空に浮かんでいる。
「他人の弱点をしって悪用するなどとは、みさげはてたやつであるな、主計?」
「ググッググッ」
右耳にささやかれたばかりか、口を掌でおおわれてしまった。
「じゃ、弱点?弱点かどうかすら、想像もつきませんよ、俊冬殿」
掌が口からはなれてから、うしろに立つ俊冬にクレームを入れる。
「うまく入手いたしました」
さすがは「ゴーイングマイウエイ」、俊冬。問いをスルーし、掌にある風呂敷包みをかかげてみせる。
「入手って、革をか?かような時刻に?」
「ええ、永倉先生。知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの商家にお邪魔し、わけていただきました」
そ、それって、まったくのあかの他人じゃないか。それに、こんな真夜中にお邪魔してだって?押し入って、の間違いでは?わけてってのも、脅して奪ったってやつじゃないのか?
「失礼なことを申すな、主計。知り合いの知り合いの知り合いの知り合いは、みな知り合い。つまり、兄弟である。それと、お代についてはきちんと話をつけておる。なにせわたしは、なにもせぬ高給取りのおぬしとはちがい、薄給だからな」
「笹O良一」の、「人類みな兄弟」的なことをのたまう俊冬。
ってか、なんでおれが高給取りなわけ?
「おれは、そんなにもらってませんよ。しかも、なにもせぬって・・・。ちゃんと犬の散歩や買い物、食事を運んだり食器を洗ったり・・・。ほら、ちゃんとお手伝いをしているじゃありませんか」
いい返してから、はっとする。
なにこれ?お母さんのお手伝いか?
これで給料アップや休日について、労使交渉にのぞめるのか?
いやいや、「お母さん、お小遣いアップしてよ」って程度ではないのか?
「あっぱれ、主計君。ほめてつかわす。されど、もっと隊士らしきことをしてもらいたいものだ」
副長のお褒めの言葉が、背に突き刺さる。
「主計は放っておいて。俊冬・・・」
「副長、ついからかってしまいました。貸しのある商人を吉原でみかけましたゆえ、とって返して会ってまいりました」
主計は放っておいてとか、ついからかってとか、扱いがひどくね?って涙が浮かぶ。
「泣くんじゃねぇ、男だろうが」
「泣くほどのことか?おおげさな」
ソッコー、みなにツッコまれた。
いやだ、この人たち。みんなして、心をよんでくる。
「薄給って・・・。俊冬殿と俊春殿は、いつも金子がないっていってますよね?副長、ただ働きさせてるんですか?」
無理くりに話題をかえた。なんかこういうのが、パターン化してる気がする。
「なわけがねぇだろうが」
ふんっと副長。
「それで、さきほどの意味は、左之さん?気になって眠れそうにない」
もう一人いた、「ゴーイングマイウエイ」が。
斎藤である。さわやかな笑みも、この深更いろいろありすぎたこともあって疲れてる感ぱねぇ。
「ちょっと、俊冬殿。またおれのをよんでますよね?斎藤先生をよんでください」
気味が悪いほど静かな俊冬に、クレームをつけてみた。すると、かれはおれをみてから斎藤へ視線を向けた。しばし、二人の視線があった。
「できぬ」
俊冬は、きっぱりすっきり宣言した。
「ええ?斎藤先生のもよみにくいと?副長みたいに?なにがどう複雑なんです?」
「そこではない。斎藤先生は、永倉先生とおなじく真面目でまっすぐな性質ゆえ、どちらかと申せばよみやすい。が、それがために、よめばこちらが申し訳なくなってしまう。ゆえに、よめぬ。否、よまぬと申したほうがよいな」
「ちょっ、それじゃぁ、おれのは申し訳なくないってわけですか?」
「無論」
「む、無論って」
絶句する背に、原田と副長の会話が・・・。
「なぁ、土方さん。主計って誠に面白いよな。いっそ、弾左衛門にうりつけて、寄席でもさせちゃぁどうだ?」
「そりゃいいな、左之」
「ちょっ、副長。いくらなんでも、おれは落語は無理です。漫才は、やはり二人いないと・・・。ってか、そんな問題じゃないですよね?」
向き直って主張した。すると、おつぎは永倉と斎藤の会話が・・・。
「みていてあきぬ。最高だな、主計」
「以前、おぬしよりも女子のほうがいいといってしまったこと、心より謝罪する。おぬしでよかった、主計。女子では、これだけいじることができぬゆえ」
ああ、「近藤四天王」の二人に褒められた。おれも、たいしたもんだ。
「斎藤先生、弟は役にたたぬのです。できぬというわけです。昔、いろいろございまして。さいわいにも、弟はそういうことにうとく、わたしの嘘八百を信じ込んでおります。馬鹿がつくほど素直なのですな。童の時分、受け身でおれと申せば、ずっとそれをつづけております。よもや、この年齢になっても信じておるとは・・・。わが弟ながらあきれてしまいます。それは兎も角、いずれにいたしましても、男であろうが女子であろうが、人間とまじわることじたい好まぬ性質。ましてや、好いたりなどということもございませぬので、不便はありませぬ」
あまりにもサラッと暴露するものだから、斎藤もおれもわからなかった。
「副長、主計のせいで眠るときをうしなうも不本意でございましょう?」
「あ、ああ、そうだな。とっとと眠るとしよう。俊冬、おまえも俊春も、すこしはやすんでくれ」
「承知」
俊冬は一礼し、風呂敷包みを大事そうに抱えて門のうちに消えてしまった。
「なんと申せばいい、土方さん?」
「おれにきくな、左之。斎藤、主計、これでわかったろう?満足か?」
やっと理解できたのは、斎藤も同様。
なにをいっていいのか、こういうことは繊細すぎる問題なので、正直、わからない。
「女とやるよろこびを、ぜひともわかちあいたいもんだが」
「左之、馬鹿なこといってんじゃねぇ。おめぇは妻子もちじゃねぇか。それ以前に、そんなもんは、それぞれだ。主計みてぇに、八郎やおねぇのほうが好きってやつもいるんだしよ」
「副長っ!だから、ちがいますって。八郎さんは兎も角、おねぇは断然ちがいますから」
「またはじまったか?あー、眠い。おれはもういくぞ」
永倉が伸びをしつつ、門のほうへとあるきだす。
「土方さん。あいつらに、給金をちゃんと渡してんのか?」
ふとあゆみをとめ、さりげなく問う。
「いや。受けとりゃしねぇ。厳密には、京にいた時分から、死因にかぎらず、死んだ隊士の家を調べ上げ、家族に送ってる。ゆえに、おれとかっちゃんも、ともに送ってもらってる」
「あいつららしいな。なら、おれのも頼まぁ。おやすみ」
「あ、おれのもな。まてよ、新八」
「わたしのもお願いします、副長」
三人の組長もまた、門のうちへと消え去る。
「主計、なにをしてる。ゆくぞ。ああ、おまえはいい。おまえからもらうほど、渡しちゃいねぇからな」
「副長・・・」
「その気があんなら貯めておけ。いつの世も、金子はあって邪魔になるものでも無駄になるものでもねぇ。そうであろう?」
たしかに、おっしゃるとおりです、副長。
副長の背に、一礼した。