世にも気の毒な襲撃者たち
「つまらぬ使嗾にのり、生命を落とすこともあるまい?だれもおぬしらの成果に期待などしておらぬ。なぜなら、おぬしらがへまをすることがわかっているからだ」
俊冬は、屋根の上から地上へと言葉を落とす。その声は、耳に心地いい。まるで、子守唄でもきいているかのようである。
襲撃者たちも、ドラマチックにあらわれた双子を、声もなくみあげている。
また月が雲に隠れ、地上が闇におおわれた。必然的に、視力が奪われてしまう。
どこかでくぐもった音がしたような気が・・・。それもすぐに止み、無音状態になる。
そしてまた、月がでてきた。
屋根の上へと視線を向ける。さきほどとちがうのは、俊冬の横に俊春が立っていて、二人ともなにかをもっていることである。
「スミス・アンド・ウエッソン。六発の回転式拳銃だな。拳銃をもっていた五名は、すでにつかいものにならぬ」
はっとして視線を落とす。
拳銃をもっていた五人が、地面に転がっている。
死んでいるのか?いや、失神しているのか。
闇が訪れたあの一瞬に、俊春があて身を喰らわし、拳銃を奪って俊冬のもとへ?
俊春、どんだけすばやいんだ?
俊冬は、両掌にある拳銃を西部劇にでてくるガンマンのごとく、クルクル回転させている。
じつは西部劇も大好きで、ガンプレイなるものに憧れていた。警察学校時代、もちろん、実弾入りではない拳銃で、ひそかにクルクルまわしたことがある。が、リボルバー式ではさまにならない。しかも、クルクルというほどもまわせない。
きけば、試した同期はすくなくなかった。
俊春もまた、拳銃を両掌に握っている。かれもできるにちがいない。
「われらは、十間(約18m)さきにおいた輪切りの大根を、菊に飾り撃ちすることができる。ぎりぎり、扇の形にもできるであろう」
飾り切りならぬ、飾り撃ち?
そもそも、そんなことを試す必要などあるのか?
「いえ、そんな弾丸の無駄遣い。無意味ですよね?」
お笑い隊士としては、そうツッコまずにはいられない。
新撰組サイドから、笑声がもれた。副長まで、ぷっとふいている。
俊冬は、肩をすくめただけだ。
「さて、六発で五丁。おぬしらは、さきの五名をのぞいて二十五名。弾丸は、充分にある。選ばせてやろう。眉間に一発でらくに逝くか、心の臓に一発で、しばらくの苦しみののちに逝くか」
襲撃者たちは、じりじりとあとずさりはじめる。つまり、こちらへとあとずさっている。
俊冬のいう、究極の二択。できるはずもないし、したくもない。
「おおっと。背に、気をつけろ。虎の爪牙に、斬り裂かれるぞ」
俊冬のアテンションである。
数名が、はっとしたようにこちらを振り返る。
そのタイミングで、おれたちはそれぞれの得物で重圧をかける。
「逃げるのであったら、地に転がる仲間を忘れるな。それと、詫びのしるしとして所持している弾丸を置いてゆくのも忘れるでないぞ」
俊冬は、襲撃者たちの戦意喪失をいちはやく感じている。
そういってやると、襲撃者たちは柵を解き放たれた家畜のごどく駆けだした。四つ角の、だれもいない方角へ。
一番ちかくにいる数名が、地に転がる仲間を両脇から抱え、その懐から袋をとりだし投げ捨てて必死に駆けて行ってしまった。
「すごいな。誠の狼にみえてしまった」
斎藤のつぶやき。
おれだけでなく、みんなにもそうみえたんだ。
二頭の狼・・・。
月光の光をうけ、銀色に輝くふさふさした毛にがっしりとした肢体。
ファンタジーの壮大さをこえ、神話のカテゴリーになりそうなほど荘厳だった。
「刃傷沙汰にならず、誠によかったですな。弾丸も、無駄遣いせずにすみました」
双子は、屋根上からひらりと飛び降りた。俊冬はまっすぐこちらへやってくるが、俊春は連中が投げ捨てていった袋を集めている。
「結構な量をもっていましたぞ、兄上」
そしてこちらにやってき、掌にもつ袋の一つをふってみせる。
「じゃらじゃら」と、袋のなかで金属のぶつかり合う音がする。
中身は、弾丸である。連中、几帳面に置いていってしまった。
そう思うと、おかしくなってきた。
「まったく・・・。そそのかされ、その気になったらしいですが・・・。さきに吉原にいった隊士をみ、呼び集めたのでしょう。われらがいかなかったら、あの者たちは寒空のなか徒労におわったところです」
「おまえらしいいい方だな、俊冬」
副長は、苦笑した。
襲撃者のことを気にかける俊冬に、おれたちも苦笑するしかない。
「旗本の子弟でございます。どこぞの隊に入隊し、敵軍を迎え撃とうという気概もない連中のようです」
すごい。さすがである。連中の心をよみ、そこまでわかるなんて。
「でっ、そそのかしたのは?」
「勝先生でございます。ご本人は、そういうつもりではないのでしょう。酒をすぎた連中が勝先生の屋敷を訪れ、噂にある新政府軍への対処を責め立てた。その際、勝先生は新撰組など好戦的な者こそが、此度の元凶であるとふきこんだようでございます。よくも悪くも、勝先生の舌は万人にうけます。連中も同様というわけです」
「ちっ、困った先生だ」
副長が、舌打ちとともにつぶやいた。
「なれどいまの幕府で、先生ほど力と知恵のあるお方はございません」
「わかってる。新撰組も、頼るしかないってこったろう?どんだけ理不尽なことを突きつけられようが、されようがな」
「御意」
副長は、嘆息した。それから、おれたちをみまわした。
「やるしかねぇ。なにもかもな」
全員が頷いた。
「お蔭様で、いいものが手に入りました。これをお納めください。つかい方は、おいおい」
俊冬は、副長に拳銃を差しだした。
「おっ、こりゃぁいい」
西部劇に憧れている少年が、親から玩具の銃をプレゼントされたみたいなリアクションである。
「いや、おれはいい」
「わたしも」
永倉と斎藤。かれらは、根っからの剣士である。つかうつかわぬ以前に、それを所持するということにもこだわりがあるらしい。
「おれは、頓着しない。つかわせてもらうぞ」
そして、原田。原田は、頓着しないらしい。
受け取ってから、月光にかざしてためつすがめつした。
「主計、おぬしはつかえるのであろう?」
そして、差しだされる拳銃。
「ええ。一応、これなら」
かっけー。受け取りつつ、自分で苦笑した。自分もきっと、副長のリアクションとかわりないはず。
日本の警察の拳銃は、「S&W36」をベースにしている「SAKURA M360J」。つまり、カスタマイズしているものである。昔の銃身のみじかいタイプではなく、いま握っているS&Wによりちかい。
もちろん、現代のほうが精度も射程距離も抜群にいいのはいうまでもない。
とはいえ、日本の警察がドラマや映画のごとくバンバン撃ちまくるわけではない。撃てるわけもない。現役中に、ホルスターから手入れする以外で抜くことのない警官や刑事がほとんどである。
それが一番である。つくづく実感する。
「拳銃嚢はいかがいたしますか、兄上?京ならば、なめし皮がございましたが」
俊春の問いに、俊冬はにんまり笑った。
「心あたりをあたって入手しよう。革さえ入手できれば、われらでつくれる」
そうだ。相棒の革製の首輪は、俊春がなめした鹿の皮でつくってくれたものである。
「つくる?やっぱできた男はちがうな。なぁ?」
原田は、みなをみまわした。みな、無言で頷いた。
副長が無言でうながし、仮の屯所へとあるきだした。
いや、マジでよかった。出陣のまえに、ムダに血を流さずにすんだ。




