ピンチ カモーン!
「申し訳ございません。わたしのせいですね。わたしが足手まといになったゆえ、みなさまに気をつかわせてしまいました」
俊春のささやきに、おれもふくめて笑う。
その俊春の一言で、副長は俊春とおれに気をつかってきりあげたんだということに気がついた。
それにしても、妓楼で足手まといって・・・。
その表現に、なにかほっこりしてしまう。
「おいおい俊春・・・」
副長も苦笑している。
「不甲斐ない弟を、どうかお許しいただきたく」
俊冬まで、そんなことをいう。
組長たちも、苦笑とともに双子に注目する。
そのタイミングで、それに気がついた。
双子が合図を送ってきている。
『つけられています。どうやら、襲撃の機会をうかがっているようです』
俊冬が、口の形だけで伝えてくる。
『数は、三十名ちかく。火薬のにおいがいたします。銃を所持しているかと』
そして、俊春も口の形と掌で伝える。
『このまま、気づかぬふりであゆんでください』
ふたたび、俊冬。
「まったく、おおげさなことを申すな。新八ではないが、女子と眠るより、朝がはやいと思うと独り寝のほうを選んじまう」
「土方さん、あんた、もうしまいだな」
「なんだと、左之?しまいなわけがなかろうが。くそっ!くだらねぇこといってる間に、とっとと戻るぞ」
さりげなく、そんな会話をする。あゆみだそうとするタイミングで、月がまた雲に隠れてしまった。
月明りになれていたせいか、つぎはびっくりするくらいの闇が地をおおう。
横をみると、双子が消えている。まるで、その闇に呑まれてしまったかのように。
襲撃者はそこそこの腕の持ち主なのか、それとも、闇討ちになれているのか・・・。わずかでも酒が入っているとはいえ、尾行けられていることにまったく気がつかなかった。
相棒もいないので、双子がいなければどうなっていたことやら。って、呑気にいっている場合ではない。
気を集中し、気配をさぐる。たしかに、背後にいる。そう指摘されると、たしかに、わずかながらの気配を感じる。
妓楼でのことを話しながら、「之定」の鯉口をきる。
まえをゆく副長と永倉、左右にいる原田と斎藤も、それぞれの得物の鯉口をきっている。
「きます」
おれたちのなかでは一番感覚のするどい斎藤が、アテンションする。
ふりむいたときには、それぞれの得物を抜きはなっている。
月は雲に隠れたままである。しばらく時間が経っているので、闇に瞳がなれた。
襲撃者は、いずれも和装である。全員が、時代劇にでてくるような目出し帽タイプの頭巾をかぶっている。
俊春の報告通り、三十人ちかくいる。うち、五名が拳銃をもっている。残りは、抜刀している。
しかも、笑える。幾人かは、腰に携帯用の提灯をくくりつけている。
素人の集団じゃないか。
素人すぎて、逆にその気配を感じられなかったってわけか。
「新撰組だな?」
一番まえにいる男が、尋ねてきた。心なしか、声が震えている。
「ああ?おめぇら、わかってて尾行てんだろうが?これで、人形町の和菓子屋の職人つったら、笑っちまうだろうが、ええ?」
でたー。副長の十八番。強烈な斬り返しである。
言葉の暴力、嫌味の爆撃だー。
おれたちはにやりと笑ってしまったが、返された襲撃者代表はショックを隠しきれない。
「ご丁寧に拳銃まで準備しやがって。この糞寒いなか、ご苦労なこった。てめぇら、いくら江戸が喧嘩の町つっても、新撰組に喧嘩うってただですむと思うなよ。きいてんのか、ええっ」
襲撃者たちは副長の言葉の暴力に屈しかけているのか、銃を構えることも刀を構えることもなく、その場でフリーズしている。
「おいおいおい、なにだまってやがる?やるんなら、さっさと襲ってきやがれ。こっちはこれからかえって眠らにゃならねぇ。朝がはやいからよ」
副長は、笑う。その笑い方がまた、ラスボス感ぱねぇ。
「てっ、天誅だ」
代表者が、きこえるかきこえぬかの声でいう。
「ああ?きこえねぇぞっ!丹田に力入れやがれっ」
「てっ、天誅だっ!貴様らがいるせいで、この江戸の町が・・・」
「馬鹿いってんじゃねぇっ!」
気の毒に。必死に覚えた台詞を棒読み中に、かぶされたばかりか馬鹿呼ばわりされ、代表者はたじたじになっている。かれだけでなく、それ以外の者もびびっているにちがいない。
「おまえら、きいたか?敵が攻めてくるのが、新撰組のせいだとよ。笑っちまうよな?盛大に笑ってやれ」
命じられ、笑うおれたち。
うーむ。ますますラスボスと、その手下って感じがする。
「いっとくが、おめぇらが何者だってこたぁどうでもいい。きいたってどうせ答えやせんだろうし、そもそも、天誅するのに頭巾かぶってくる時点でおかしいからな。天誅なんてもんはな、白昼堂々とやってこそだ。おめぇらのは、飼い主に踊ってこいと命じられて踊ってる猿とおんなじだ」
副長の屁理屈に、襲撃者たちはあきらかに気勢をそがれている。
副長の屁理屈は、あながち的外れではないだろう。かれらは、何者かに雇われているのか。あるいは、何者かに嘘八百を吹き込まれたり信じ込まされたりして、ムダに正義感を燃え立たせているのかもしれない。
「だ、だ、だまれっ!江戸の、江戸の町のため、し、死んでもらうぞ」
おおっ!やるじゃないか。なけなしの勇気をふりしぼったようである。どもり、噛みまくったが、キメた。
時代劇の王道である。襲撃者たちは、それぞれの得物をいっせいに構える。
「なんてこった」
永倉の歓喜の声。さすがは『トラブル』、『デンジャラス』、『ピンチ』、カモーンの永倉だけのことはある。めっちゃうれしそう。正眼の構えから、愉しんでやろうというオーラがでまくっている。
「ちぇっ、槍をもってくりゃよかった。まぁいっか。刀でも、よゆーだわな」
原田もうれしそうである。
「副長、殺っていいのでしょうか?それとも、死んだほうがマシという程度にとどめておきましょうか?」
ははは・・・。斎藤もさすがである。サイコパス的なことを、さわやかな笑みをたたえて尋ねる。
「撃てっ!なにをしている」
刀グループが、拳銃グループをせっつく。自分たちのまえへまえへと、心太のように押しだそうとする。
拳銃をもつ五名は、おれたちのまえに並ぶ。いや、並ばされた。
おずおずとかまえる。夜の静寂に、カタカタと小気味よい音がきこえるのは、五名ともが震えるその共振音である。
「おめぇら。闇討ちに明かりを持参してくるってところで、すでにおわってんだよ。撃つなら、しっかり狙えよ。おめぇらが拳銃と刀を向けてるのは、虎だ。それから、お粗末なおめぇらの生命を狙ってるのが、狼だ」
そのタイミングで、月がまたその姿をあらわす。まぶしいくらいの月光が、地上の生きとし生けるものにひとしく降り注ぐ。
そこでやっと、襲撃者たちは気がついた。
自分たちの頭上に、二頭の狼がいることに・・・。
対峙する人間をみおろす、気高き狼。頭上の月の光を浴び、獣の王、いや、獣の神が静かに佇んでいる。
ファンタジーをこえ、神憑り的なものすら感じられる。
左側の民家の屋根上には俊冬が、右側には俊春が、あらゆる気も気配もさせずに人間をみおろしている。
そっと仲間へ視線を向ける。永倉も原田も斎藤も、夢でもみているかのようなぽーっとした表情で、屋根上の双子をみつめている。
そして、副長は・・・。
満足げな表情・・・。誇らしさと慈愛が、ないまぜになったような。たとえていうなら、りっぱに成長したわが子をみるような、そんな表情・・・。
その副長の表情をまのあたりにし、ショックを受けてしまう。




