ドッキドキのひととき
女性たちのほとんどが、呼出というランクらしい。
太夫は18世紀のおわりごろに姿を消し、そのランク名もかわってしまった。いまは、呼出というランクが最上位らしい。
「土方様」
「土方様、またいらっしゃってくれたんですね」
「まぁ、こちらの方も男前」
「こちらの方も、男前」
女性たちが、副長と原田、双子をみて狂喜乱舞する。
うーん、やはり合コンするなら呼びたくないなぁ。やるなら、永倉と斎藤と三人でやるべきだ。
副長は、一番年季のはいっていそうな女性を呼び寄せると、その耳になにかをささやく。
で、横についてくれた女性は、まだ未成年っぽい。
こ、これは児童買春・ポルノ禁止法に抵触するのでは・・・。
い、いや。そもそも、問題はそこではない。
俊春のほうをみると、おなじように未成年っぽい娘さんがはべっている。しかも、俊春はうつむいたままフリーズしてしまっている。
再起動をかけても、復旧しなさそうなフリーズっぷりである。
俊春を殺ろうとおもったら、女性の刺客をさしむければいいのか?
義母や腹違いの姉といった身内はのぞいて、女性そのものが苦手なのであろう。
視線を感じるのでそちらを向くと、真向いの俊冬がこちらをみている。視線があうと、かれは苦笑する。
副長も永倉も原田も斎藤も、そこそこになれている。酌をしてもらって、機嫌よく呑んでいる。
俊冬は、俊春を気にかけつつしずかに呑んでいる。
ってか、杯をなめている。
「あの、どうぞ」
「ああ、ああ、すみません」
18歳か19歳くらいか?白粉をぬりたくり、化粧をしているのでそうみえるだけで、もっと若いのかも。
まさか、JK?
だとしたら、まずい。これは、マジでやばい。
とはいえ、すすめられてことわるのもどうかと思うので、とりあえずは酌をしてもらう。囮捜査官時代につちかったスキルを利用し、杯をなめる。
まぁ、これだけ密着されていたら、それもバレバレだけど。
チラみすると、かわいい娘さんである。化粧などしなくても、かわいいはず。この娘さんなら、制服着て高校に通って部活したり友人とだべったり、そんな高校生活を送っていそう。
「新撰組の方ですよね?」
声もきれいである。すきとおってる。唄とかうまいんだろう。
「ええ、ええ。一応、隊士です。相馬主計っていいます」
「相馬主計様。いいお名前ですね。橘です。よろしくお願いします」
よろしくっていわれても・・・。
スナックやバーすらいかなかったので、横に娘さんにはべってもらうことじたいない。
ここ数年、隣にいるのは相棒である。
「ささっ、ぐっと」
「い、いえ、すみません。下戸なもので。ああ、そうだ。橘さんもどうぞ」
酌をしてあげると、杯に口をつけてからこちらへ微笑む。
「わたしも、つよくないのです」
かわいい・・・。
小説や時代劇みたいに、惚れこんでしまって金をつぎこんだ挙句に逃避行するとか、そんな男の気持ちがわかるような気がする。
俊春のほうに視線を向ける。
杯をあげず、あいかわらずフリーズ中である。
その俊春のかわりに、原田が自分の相手とともに俊春の相手をひきうけている。
なれまくっている原田は、女性二人を笑わせている。
橘さんと、ぽつりぽつりと会話する。
出身地のこととか、好きな食べ物とか・・・。
情けないが、そんなことくらいしか話題がでてこない。
それでも、いっとき(約二時間)はすごしたであろうか。
「もうおそい。おれは戻るが、おまえらはゆっくりしてゆけ」
そろそろ、そういう雰囲気になってきた。そのタイミングで、副長がそんなことをいいだす。
「ええ?土方さん、泊ってかないのか?」
「ああ、やることがまだ残ってる。新八、おまえらは愉しめ」
永倉と原田と斎藤が、たがいの相貌をみあわせている。
俊冬は当然のごとく立ち上がり、俊春をうながしている。
「いや、俊冬、俊春・・・」
「一人ではあぶのうございます。それに、弟はすでに限界でございます」
なにが限界なのかはわからないが、兎に角かえるという。
それに便乗し、おれも立ち上がる。
もちろん、橘さんにお礼を述べてからである。
「なら、おれらもかえるわ」
「そうだな。朝がはやい。寝坊するわけにもいかんだろう」
「さよう。新参者もおりますし、しめしがつきませぬ」
永倉、原田、斎藤も、立ち上がる。
「おいおい、気をつかわんでも・・・。そうだな。よし、みなでかえろう」
副長の苦笑。
吉原デビューは、ある意味いい経験になったかも。もっとも、一夜限定である。デビューしてすぐに引退だが。
ちなみに、野村をふくめた隊士は、ちがう部屋でしっかりお泊りしたようである。
「としとった証拠かな?なーんか、以前ほど女子を抱きたいって思わなくなってる」
仮の屯所までの道中、永倉が声を落としていう。
深更である。周囲の民家は、当然のことながら寝静まっている。
負傷していた隊士たちが復帰したことで、組長三人も酒を呑みだした。とはいえ、以前よりかはずっとすくない。今宵も、以前のような勢いはなかった。
とはいえ、三人ともその分、喰う量は増えている。双子のつくる飯のほうが、飲酒よりもいいというわけか。
「ああ?なにいってやがる、新八。かような年齢か?」
「土方さん。新八は、もてないことを年齢のせいにしているだけだ」
「なんだと、左之?そりゃぁ、土方さんやおまえにくらべりゃ、みてくれは悪いがよ・・・」
「もしかして、小常さんのことを?」
永倉の背に問う。永倉が歩をとめ、こちらに向き直る。
小常さんは、永倉が落籍せた島原の芸妓である。病で死んでしまった。かれは、その死に水をとれなかった。
かれは、原田のように妻子を語るような男ではない。それは、愛していないとかではない。
心から愛し、大切にしていた。
小常さんの亡くなった夜、かれは呑んで呑んで呑みまくった。泣くのを必死に我慢していた。
てっきり、「馬鹿野郎」とか「なにいってる」とか、怒鳴られるかと思った。が、かれはただ、ごつい肩をすくめただけである。
しばし、視線をあわせたままになる。
永倉は、ずいぶんと軍服姿がさまになっている。最初こそ、馬子にも衣裳って感じであったが。
みな、歩をとめて永倉をみている。
「主計、いらぬことを申すな。しめっぽくなったであろうが」
雲間から月があらわれた。
夜目がきくので、「三浦楼」の忘八が提灯をというのを断ったのである。
当然のことながら、街灯もネオンも窓からもれる明かりもない。
月光が、明るいくらいに降り注ぐ。ちょうど四つ角である。角の建物は、四軒ともなにかの店のようである。看板がかかっている。
「すみません」
永倉をみたまま、素直に謝罪する。月明かりのせいで、かれの相貌がほんのり赤くなっているのがわかる。
「いや、いいんだ」
永倉は、また肩をすくめる。
永倉だけでなく、原田と斎藤も相貌が上気している。副長も多少酒をたしなんだらしく、ほんのり赤くなっている。
月は、それがわかるほど明るく地上を照らしている。
そして夜気は、あいかわらず身をきるほどの冷気を含んでいる。