焦らしまくり
「それで、ここまで延々と引き延ばされても、まだおききになられたいと?」
「あたりまえじゃねぇかっ!」
「当然だろうがっ!」
「無論だっ!」
「もっちろんですよ!」
俊冬は、傷だらけの相貌に悪意ある笑みを浮かべる。
刹那、副長、永倉、斎藤、おれがいっせいに突っ込む。
「仕方がないですな。このまま気になって気になって夜も眠れず食事も手につかず、苛々悶々とすごされるほうが、生きるのにはりがあってよいかと・・・」
「んなわけがなかろうが、俊冬。おれも、これまでずっと我慢してきたんだ。いわないのなら、おれがいうぞ。いいたくていいたくて、口唇がむずむずしている」
原田の相貌をガン見する。比喩表現ではなく、たしかに唇がむずむずしている。
正直、かれからききたくない。優越感満載で語るだろうし、そのあとも、優越感かたまり野郎としてふるまうであろうから。
「いえ、原田先生。それは、なりませぬ。やはりここは、兄たるわたしでなければ。かような大事なことは、わたしでなくば・・・」
「そうか?いいにくかったら、おれがいってやるぞ。遠慮すんな」
向き合い、いい合う二人。
「おまえら、わざとだろう?わざと、おれたちを焦らしているだろう?」
永倉が、キレる。
「焦らす?」
「焦らす?」
永倉に問うのも体を向けるのもシンクロする。
「焦らすのは、女子だけで充分」
「焦らすのは、女性でございましょう」
さらにシンクロする二人。
ついに、副長が口をひらきかける。
「弟は・・・」
それに気がついた俊冬。ついに、核心を・・・。
「まて、俊冬。斎藤、外を確認し、引戸につっかえ棒をしておけ。もうこれ以上、何人たりとも邪魔はさせねぇ。つぎに邪魔しにきたやつは、問答無用で切腹だ。かっちゃんであろうと餓鬼どもであろうともな」
でたー!「鬼の副長」の鬼対策。
「承知」
すぐに命にしたがう、斎藤。
「よし、これでいい。これで、邪魔するやつはいねぇ。俊冬、心おきなく話してくれ。おれたちも、心おきなく耳朶をかたむけるからよ」
副長の満足げな表情。
これで、忍びの者か「ジェームO・ボンド」や「イーサO・ハント」といったスパイか、妖怪か霊でないと、ここには入り込めないであろう。
俊冬は、ちいさくため息をつきつつ、弟以外の全員をみまわす。
「天変地異がおこったら?たとえば、大地震がくるとか・・・。どうされるつもりですか、副長」
俊冬は、マジな表情でそうきりだす。
「大丈夫です。今日、この日、この時刻、大地震がおこったという記録はありません」
断言する。ちいさな地震はあったとしても、関東大震災級の地震は起こっていない。
「ならば、神の鉄槌がごとき雷にうたれる、とか」
「それも大丈夫です。今日、この日、このメンバー、もとい、面子が落雷で死んだとしたら、ちゃんと伝わっています」
「ならば・・・」
「どれもこれも大丈夫です。この日、この夜、いかなるささいなことも起こっていません。安心して、いってください」
「天変地異はということであろう、主計?ならば、卒中とか癪とか・・・」
「それも大丈夫です。病気、もとい、病でどうのこうの、という記録も残っていません」
「主計。おぬし、誠に愉快よのう」
俊冬は心底おかしそうに、ってか、呆れかえって笑う。
「兄上、オイタはほどほどになされよ」
「おお、そうであった。つい、いじってしまう。わたしは犬ゆえ、仕方なし」
犬ゆえ?謎理由に、あっかんべぇをしてしまう。
「この三人、トリオっていうんだったか?みていて面白いよな。息もぴったりだ」
永倉が、ほめてくれた。うれしくもなんともないが。
組長三人が、にやにや笑っている。
いまはこの面子であるが、一昔まえは永倉に原田に藤堂の三人でトリオを結成、もとい、三人でつるんでいたのである。
「新八、三人ってのはちがうぞ。おもに、俊冬と主計。俊冬が主計をいじり、いじめ、いびる、で、いばる、ってわけだ。二人は、コンビだったか?兎に角、俊春は、たまーにだ。なぁ、俊春?」
副長は、相棒を撫でている俊春の背に問いかける。
が、それをスルーする俊春。
俊冬は、浮かべている笑みをひっこめてしまう。その視線が、原田へとはしる。
無言でうなづく原田。
俊冬は、そのうなづきに背をおされたのであろう。背後からではなく、側面から弟にちかづくとその華奢な肩にそっと掌を置く。
かれらが調理等雑用をする際に着用する着物。その粗末な着物に尻端折りという姿のときこそが、新撰組にとっては平穏にすごせるという象徴なのである。
そんないらぬことが、頭をよぎる。
「俊春?おいおい、新八にいっしょくたにされて怒ってんのか?」
「ああ?土方さん、なんでおればっか悪者にする・・・」
永倉が、副長にクレームをつける。が、その途中に言葉がとまってしまった。
俊春の肩に置く俊冬の四本しか指のない掌に、力がこもる。
そういえば、将軍警固の際に副長から責められたときである。原田が、おなじように俊春の肩に掌をおいていた。副長がなにかいうたび、その掌に力がこもっていたことを思いだす。
俊春は、その俊冬の掌に三本しか指のない掌を添える。もう片方の掌は、相棒の頭を撫でつづけている。
「案ずるな」
俊春が、俊冬にか相棒にか、そうつぶやく。
それからゆっくり立ち上がり、こちらを向く。
その瞳は、自分の脚元に向けている。