抗争
「覚悟せいっ!」雨音に混じって怒鳴り声がきこえてきた。おれは茂みのなかで両瞳をこらした。合羽を通してやなやジョギングスーツに雨滴が滲んでいる。庇からぽたりぽたりと滴が顔面に落ちていた。
一人の男を数名が囲んでいる。一瞬時代劇の撮影かと思った。が、周囲にそれらしきスタッフの姿も機材もない。土地柄、たしかに撮影現場に遭遇する。スタッフに警備員、そしてさまざまな機材、とじつにものものしいのが撮影現場だ。
なにもない。抜き身を握った数名の男たちだけの撮影現場などお目にかかったこともない。
そして、それ以上にこの臭気は・・・。
まだ小学生だった頃、同級生と子犬や子猫を拾っては段ボール箱に入れて隠し飼っていたろものだ。それぞれが両親に飼いたいと懇願するがにべもなく突っぱねられる。ゆえに仕方なく「飼い主をみつけるまで」の大義名分の下、こっそりと面倒みるのだ。みなでミルクやパンを持ち寄った。夜間、こっそり自宅を抜けだし会いにいった。雨の日、子犬や子猫がダンボール箱ごと濡れた。それらの臭いにミルクの混じった臭い。おれはいまだに雨の日になるとあのときの臭いが思い出として甦る。
いまも同じだ。違うのはその臭いに金臭いものが混じっていることだ。それは紛れもなく血の臭い。囮捜査員だった頃にさんざん嗅いだ臭い・・・。
小さく短い唸り声におれははっとした。相棒がおれの顔を覗き込んでいた。それからおれの背にある業物を包んだビニール袋を銜えた。そしてそれをぱっと放すと号令を待つ姿勢を取った。標的に向かって伏せたのである。
「本物、なんだな?いったいあれはなんだ?極道の抗争か?それにしては古風すぎる」
おれは相棒に、というよりかは考えをまとめる為に自分自身に問いかけていた。
「だめだ相棒、おれが先にいく。ここで待て」
おれは相棒をなだめながら愛刀を縛る紐の結び目を解いた。それから背から刀を外した。すばやくビニールの包みから取り出した。合羽を脱ぐと「之定」をジョギングスーツの左腰のベルト通しに差した。
後の手入れが大変だ。
相棒の様子がいつもとまったく違うのが気がかりだ。いつも冷静で命じることに従わないことはなかった。おれよりよほど警官としては向いているだろう。だが、いまは違う。やけに殺気だっており、茂みからいまにも飛びだしていって男たちに攻撃をしそうな勢いだ。
「いいな、相棒?ここで待て」おれは念を押した。
そしておれは茂みから飛びだした。
勤務時間外で警察手帳も腰道具もなにも所持していないがそんなことはどうでもよかった。
おれはビニールの包みを小さく折りたたんで警察手帳らしく頭上に掲げながら男たちに怒鳴った。
「京都府警だっ!動くなっ!」