妄想暴走
「かちかち、やろうぜ、主計」
原田と視線があう。
かちかち?かちかち山の狸?なんだったけか?
「えっ?それ、いったいなんでしょうか?」
「ほう、かちかちは伝わっていないのか?」
原田とのやりとりに、斎藤が絡んでくる。
「あるかもしれませんが、おれはしりません」
「花札だ。花札、しってっか?」
原田は、にやりと笑う。
花札?そういえば、そんな名の遊びがあったっけか。
しまった。トランプはまだなくても、日本には花札なるものがあったんだ。
「ざ、残念ながら、かちかちどころか、花札そのものをやったことがありません」
「なら、教えてやる。うちの組は、強ぇやつがおおくってな」
「左之、七番組だった田部もやるぞ」
「新八、ありゃ玄人だ。なにせ、賭場で親やってたらしいからな。あいつは、賽をふらせてもうめぇ」
元極道だから、スキルは充分ってわけか?
「いいかげんにしねぇか。朝になっちまうだろうが、ええ?」
そして、副長の雷が落ちる。
「山崎先生が・・・。看病しているときに、気づかれたのですな。弟は小心者ゆえ、山崎先生が大怪我をされたときにもたいそう動揺しておりました。心の乱れも、相手を感じる邪魔をいたします」
さすがは俊冬。なにもなかったかのようにつづける。
かれはため息をつきつつ、弟へと視線を向ける。俊春はそれを感じていても、相棒を撫でつづけている。
いまので、隠しごとが俊春についてだということはわかった。
「弟は・・・」
ついに、ついに核心に・・・。ってか、やっとここまでたどりついた。
「ばんっ!」
おおきな音ともに、厨の引戸がひらいた。
全員、飛び上がるほど驚いたのはいうまでもない。
高鳴る心臓。心臓がどきどきしている。
「あーっ、お天道様がぐるぐるまわっているー」
ふらふらと入ってきたのは、なんと局長である。しかも、あるきながら袴の紐をほどいている。
さらに、全員が仰天する。
「かっちゃん、なにやってんだ?」
「近藤さん、乱心か?」
「面白いぞ、近藤さん」
「きょ、局長。いくらおおきくても、みせびらかすのはどうか、と」
副長、永倉、原田の叫び。原田のはどうかと思うが、最後の斎藤の苦言に、え?っとなる。
『いくらおおきくても、みせびらかすのはどうか』
斎藤、局長のおおきさをしっていることのほうがどうかと思うが・・・。
「局長、こちらは厨でございます。厠ではござりませぬ。案内いたしますゆえ」
さすがは俊冬である。いちはやく、局長の勘違いに気がついたらしい。
「弟よ。局長を厠へお連れしろ。局長の部屋に、冷たい水を準備しておくゆえ」
「はい、兄上」
俊春が介護人のごとく寄り添い、局長を連れてでてゆく。同時に、俊冬も井戸に水を汲みにでていってしまう。
酔っぱらった局長は、厠と厨を間違えたわけで・・・。
斎藤の発言は置いておくとして、どんだけ引き延ばされてるんだ?
これでしょーもない、どうでもいいようなことだったら、ぶちギレてしまうかも。しかし、山崎が気がついて、あの原田が沈黙をまもりとおしたくらいである。しょーもないってことはないはず。
(じつは、俊春は女性とか?)
あ、これはおれの希望か?いやちがう、断じてちがう。
いやに静かである。原田をのぞき、おなじようなことを推測し、それをもとに妄想でもしているのであろうか?
このまえの創作についての論議を思いだしてしまう。女の子が男装して入隊するっていうストーリーである。
いや、でもなー。おれと三人の組長は、俊春の上半身裸をみている。距離はあったが。
そうだ。おれだけは、間近でそれをみている。
銃創だらけの上半身。たとえ俎板にゴマってほどの貧乳であっても、あれだけ間近ではごまかしようもない。
いや、おれは貧乳であろうと、はちきれんばかりの豊乳であろうと頓着しない。相貌とおなじである。
人間のよさは精神、ひとえに精神である。
「パチこくな。ぺちゃぱいより、ボインをチョイスするだろう?と、申しておる」
「きええええええっ!」
右耳にささやかれ、示現流の猿叫もかわいくきこえるような奇声を発してしまう。
「なななな、そ、そんなことないぞ、相棒っ!胸なんか、気にするものか。女性の胸に、視線を送ったことすらない」
相棒をみおろし断言したのちに、いやまてよ、あったか?あったかな?あったかも?と、心中でつけたす。
「兄上、わからぬ言の葉がたくさんでてきましたな。いったい、どのような意味なのでしょう」
無心に問う俊春。
「主計、主計、鼻の下を伸ばすでない。副長、永倉先生、斎藤先生まで、そのにんまりとした表情をあらためていただきたい」
あいかわらず、俊冬は、弟の健気なまでの問いをスルーする。
いや、いまのはそれでよかった。答えられたら、またしても炎上ものだから。
「ふむふむ。パチこくなは、嘘をつくな。ぺちゃぱいは、胸のないこと?ボインは、胸が豊か・・・」
相棒、きたーーーーっ!
俊春が、相棒のまえに片膝をついてつぶやいている。しかも、真実が暴かれるたびに声がフェードアウトしていってる。
「いやらしい奴だな、主計。そういうの、むっつり助兵衛っていうんだっけか?」
「新八さんの申す通り。ありえぬことをそこまで思い描くとは、男児としてはずかしいかぎり」
「主計、上役として情けねぇよ。「局中法度」に、『一、いやらしい想像』もくわえねばならぬのか、おれは」
永倉、斎藤、そして、副長。
「なにいってんですか?あなた方も目糞鼻糞的に、想像しましたよね?」
躍起になって斬り返す。そう、文字通り、斬り返す。
「それに、そんな法度が追加されたら、切腹祭りになりますよ。子どもたちの数人が残るだけで、ああ、俊冬殿と俊春殿もいるかも。兎に角、子どもたちがストリートチルドレンになってしまいます」
真っ向斬りに、ぐうの音もでない三人。
「はいはいはい。まったく。「俊春は・・・」の一言で、そこまで想像できるんだ。四人とも、お役御免になっても物語でも書いて喰ってけるな」
原田・・・。あんたは、真実をしってるからだろう?そうでなきゃ、あんただって、いや、あんただったら、胸だけでなくお尻だってことこまかに描写するだろう。それだけじゃなく、R18指定なことまで妄想しまくるだろう。
「もしも弟がみなさまの想像どおりだとして、想像どおりのことをされたのだとしたら、わたしは兄として、みなさまのアレを愛刀「関の孫六」で両断し、菜種油で炒めるか、あるいは茹でるかして、明朝、朝餉に添えねばなりませぬ」
俊冬・・・。マフィア映画のボスみたいに、アレをソテーするかボイルするかっていってる。
おれもふくめ、息も声も呑んでしまう。
俊冬ならやる。絶対にやる。
アレを掌でおおいたくなる。いや、そこまで想像していないし、ましてや妄想もしていないのに・・・。
相棒が俊春に撫でられながら、「世紀のド変態」をみるような瞳でこちらをみている。
痛いまでの沈黙。火鉢か七輪かのなかで、炭が爆ぜる。そんなささやかな音でも、飛び上がってしまいそうになる。