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よみやすい人よみにくい人

「先生方は実戦の際、なにに重きをおかれていますか?」


 俊冬が、組長たちに問う。

 おれの横に立ち、体ごと三人の組長に向けて。


 俊春はお座りしている相棒にちかづくと、そのまえに片膝ついて相棒の体を撫ではじめる。


「どういう意味だ?なにに重きをおく?」


 永倉がいい、組長たちはたがいの視線をみあわせる。


「それが剣術においての実戦ってんなら、そうだな・・・。あれこれ考えず、無心でいるってことかな」

「なにいってる、新八。あれこれ考えるってことが苦手なだけだろうが」

「なんだと、左之。おまえだって、そうだろうが」

「おれは、考えてないなかでも考えてる」

「ああ?意味わからぬぞ」


 二人がやりあっているのを横目に、斎藤がさわやかな笑みとともにいう。


「わたしは、すこしちがうかな。まだ未熟ゆえ、考えずというよりかは考えられない、考える余裕がない、というわけだ」

「おいおい、斎藤。やけに謙遜するんだな」


 永倉が苦笑する。


「主計は?」


 俊冬がふってくる。


「うーん。おれも、斎藤先生とおなじですね。実戦となると、頭のなかが真っ白になってしまって、考えるなんてこと、とてもではないですができません」

「ふんっ、おめぇらは、修行がたりないんだよ。おれは、こうやったら敵がいやがるとか、驚くとか、つねに考えてる・・・」

「で、なにゆえ、かようなことを尋ねるんだ?」

「おい、新八っ。おれのありがたい講釈、きいてるのか?」


 副長をスルーする永倉。副長は頬をふくらませ、クレームをつける。


「だれも、あんたにきいてないだろうが?だいたい、あんたのは戦いじゃない。喧嘩だ」


 うまいこという。たしかに、副長のは餓鬼の喧嘩っぽい。いい意味でも悪い意味でも。


「さすがです、先生方。副長は、そうですな。句と同様、独創的で稀有な戦いっぷりです」

「おいおい俊冬。句と同様って・・・。そりゃぁほめてんのか、けなしてんのか?」

「副長は、策士でいらっしゃいます。個の武勇ではなく、衆の才知。大軍を動かすに、その才がいかんなく発揮されるでしょう」


 俊冬は副長のをまっすぐみ、副長が調子にのってしまうようなことをいってのける。


「そうか?おれがか?」


 厨内の灯火ですら、副長のイケメン力のまえでは漆黒の闇に感じられる。


「なんだ、俊冬。このあとのことで、土方さんに気をつかってるのか?いいんだよ、かような気遣い。土方さんは、なんだかんだいっても遊び代はしっかりもってくれるから」

「いえ、原田先生。わたしは、真面目に申し上げております」

「誠かよ・・・。土方さんがねぇ」


 俊冬がいうと、それっぽくきこえるから不思議である。


 じつのところは、可もなく不可もなく。蝦夷に渡るまでの副長の戦績は、ぱっとしない。だが、陸軍奉行並になったり、ちゃんと勝ってる戦もあるのだから、そこそこの才能はあるのであろう。すくなくとも、大鳥やほかのおおくの軍人のように、兵法や戦術戦略の類を師について学んだわけではないのである。もって生まれたセンスが、備わっているといえる。



「われらは戦いの場において、つねに感じております。耳朶で感じ、鼻で感じ、精神こころで感じる。一対一さしや少数を相手なら、相対する者たちの心中こころを感じます。それらは、みることよりも重要です。そのうえで、体躯が勝手に動きます。弟は、世に存在するあらゆる獣よりも感覚がするどい」


 俊冬のいっていることは、抽象的である。が、ここでの戦いを経験しているおかげで、なにをいいたいのかは理解できる。


 剣術の技とかルールとか、実戦ではほぼ役に立たない。どちらかといえば、練習でつちかわれたそれらが体にしみついていて、そういう場に立てば勝手に体が反応してくれる、ということ。


 組長たちは、練習プラス経験から、さらにすごい感覚をもっている。

 そして、双子は未知数レベルの感覚である。


「みることは、その感覚を補うのみ。とはいえ、その一つがなければ均衡が崩れてしまい、感覚そのものがうまく働きませぬ。ゆえに、先日の忍びとの一戦も、弟は目隠しで暗闇に備えました。もっとも、相手が思いのほか実戦慣れしておりませんでしたので、暗闇にする必要もなかったのですが」


 俊冬は、みじかく笑う。


 いや、あれはそもそもレベルがちがいすぎる。演出など抜きにすれば、俊春なら正面からちかづいて一発殴って「はい、おわり」ってことになったであろう。

 相手が、飛び道具をつかおうが刀槍をつかおうが・・・。


 その俊春は、相棒をなでつづけている。相棒は、どこか心配げな表情かおで俊春の相貌かおをみつめている。


「原田先生、なにゆえ、われらがなにかを隠していると?否、わかったのですか?とおききしたほうがいいでしょうか?」


 俊冬に問われ、原田は納戸にあずけていた背をおこす。掌にある湯呑を洗い場にもってゆくと、戻ってくる。


「おれじゃない。山崎だ。山崎が気がついた。その山崎の様子がおかしかったので、おれが問い詰めた」


 思いがけずでてきた、山崎の名。副長も永倉も斎藤も、原田を驚いた表情かおでみている。


「そうでしたか・・・。井上先生の病のこともそうですが、われらはつねに人間ひとの心中をよむわけではありませぬ。相当な集中力と感覚が必要になるからです」


 いやまて、俊冬。だったら、なんでおれのはしょっちゅうよんでる?


「主計、おぬしはもれまくっておるからだ」

「はあ?」


 またしても、突っ込みがよまれてしまった。


「このように、よみやすい者とそうでない者がおります」


 いやまて。このようにって、おれのことか?


「さよう。主計のように、単純な心の持ち主はよみやすい」


 なるほど。純真で清廉で天真爛漫。赤ん坊のような心だと、よみやすいってわけだな。そうか、納得できる。


「曲解するでない、主計。いいように考えすぎだ。だれが純真で清廉だ?煩悩にまみれまくった赤ん坊など、末恐ろしすぎる」

「ちょっと、よみまくらないでください」


 俊冬は、クレームもどこ吹く風。副長たちは笑っている。


「単純、と申した。逆に、よみにくい人間ひともいる。子ども、だ。年齢としがすくないほどよみにくいし、気配を感じにくい。それと、そういった感覚にすぐれている人間ひと。複雑すぎる人間ひとも。じつは副長、あなたの心中もよみにくいのです。とはいえ、よむことじたい、そうあるわけではありません」


 そこは、納得。いや、そうしたら、なんでおれのだけはよみまくる?


「面白いからだ、主計」

「だから、やめてくださいってば」


「主計、おまえ、源さんに表情かおにでやすいっていわれたであろう。おまえの考えてることは、俊冬や俊春でなくっても、おれたちだってわかる。おまえ、誠に表情が豊かだよな」

「いや新八、主計のこといえぬぞ。おまえだって、わかりやすい」

「それなら、左之さんだってそうですよ」


 永倉、原田、そして、斎藤。


 このなかでは、斎藤だけがポーカーフェイスでわかりにくい。


 ってか、五十歩百歩じゃないか!


 以前は、こんなことなかった。いつだって、つくっていた気がする。大人として、社会人として、公務員として、刑事として、それぞれのシチュエーションにあわせ、仮面をかぶっていた。それだけではない。気持だっていつわっていた。我慢に我慢を重ねていた。


 それらが、フツーに生きてゆく、フツーな対応だと思っていた。


 それがいいのか悪いのかは別にして・・・。


 ストレス、たまるはずだ。


 幕末ここでは、周囲や相手にたいして迷惑をかけたり傷つけさえしなければ、いつわる必要はない気がするし、実際、頓着していない。つまり、感情のままであることが、フツーになっている。


 ストレス、たまらないはずだ。


 いまここで、ポーカーなどやろうものなら、おしまいだ。身ぐるみはがされてしまうだろう。




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