『Hot chocolate』
「おお、そうだ。忘れておった」
そのタイミングで、俊冬が掌をうって注目をあつめる。
「仏軍の士官より、「しょくらあと」なるものをいただいていたのだった」
納戸にちかづくと、紙につつまれた板状のものをとりだしてきた。
「ああ、チョコレートですね」
板チョコである。もっとも、現代のものとはちがい、数枚あるその板チョコは、どれも形が不揃いである。
チョコレートなるものをはじめて喰ったのは、伊達政宗の家臣支倉常長である。とはいえ、チョコレートが日本にもたらされたのが、いまぐらいの時期で、長崎の遊女が食したらしい。
ちなみに、日本国産のチョコレートが登場するのは、このもうすこしのちの1880年まえ。「風月堂」が発売する。たしか、「貯古齢糖」と、どこのゾクか?といいたくなるような当て字ででまわったかと記憶している。
「そうだ。松本先生より、チチをわけていただいたものを、つかい忘れていました。これで煮込みをすればよかった」
俊春は、外にいって戻ってくる。掌に、奇妙な形の瓶を握っている。
頼んで、においを嗅がせてもらう。
「あ、牛乳じゃないですか」
そうだ。松本法眼は、それを呑むのを推奨している。
チチ、なるほど、乳のことか。
「いいものをつくりましょう」
鍋をかりて牛乳をそそいであたため、そこにチョコレートを溶かす。
大人にはそのままで、子どもたちには砂糖を一つまみ加える。
ホットチョコレートのできあがり。寒い夜に、ぴったりの飲み物である。
これなら、牛乳に慣れていないこの時代の人でも呑めるはず。
「双子先生のお土産、おいしいね」
「うん、双子先生のお土産だもの。すっごく甘い」
「さすがは双子先生だよね。幸せだね」
いやいや、子どもらよ。つくったのは、おれなんだけど。
子どもらにおかわりをもたせ、部屋へと送りだす。
副長が「明日ははやい。いいかげんにして眠るんだ」、という言葉を背に投げつける。子どもらはホットチョコレートの入った湯呑を両掌でもち、厨からでていった。
「甘いもの好きの島田先生にもとっておきましょう」
俊冬がいう。さすがは気配り上手の双子である。
だったら、島田には砂糖をごっそりくわえてだしてやろう。
「利三郎のやつ、ぶっ飛ばしてやる。餓鬼どもに、嘘っぱちいいやがって」
「ああ?なにいってやがる、新八?ならばおまえ、今宵、いかないんだな?」
永倉の怒りにかぶせ、原田が問う。
「いまのきいたろう、土方さん?せっかく土方さんもちだっつーのに、新八は遠慮するってよ」
「まちやがれ、左之」
「ちょっとまて、左之」
同時に、突っ込む副長と永倉。
「だれがもつっつった?」
「だれがいかねぇっつった?」
またしても、かぶる二人。
「おい、斎藤、おまえはいくよな?」
「ええ、左之さん。わたしは、副長の護衛役ですので」
「おいおい斎藤、いつからおれの護衛役になった?」
「おいおい斎藤、都合のいいときだけ護衛役になるなよ」
さらにかぶる二人。
「それに左之、勝手にはなしをすすめるんじゃねぇ」
「それに左之、勝手に解釈するんじゃない」
さらに、さらにかぶる二人。
息がぴったりじゃないか。
ビターな感じのホットチョコレートをすすりながら、コメディタッチの寸劇を眺める。
うーむ、やはり解せん。なにゆえ、おれが除外されている?
そんなことを考えながら・・・。
ってか、どんだけ核心からずれまくってるんだ、おれたち?
「あの・・・。そろそろ、マジな話をしませんか?」
低姿勢できりだす。
「よし、このあと、全員でエッチなところにエロイことをしにゆく。土方さんの奢りでな。これで決まり」
なにゆえか、仕切る原田。
副長は、異論を唱えようとしたが口をとざす。
自分が双子の話をきくことを、無意識に引き延ばそうとしていることに気がついたのである。
なぜなら、おれたちもそうだから。その話の内容は、いいものではない気がしているから。
「すまねぇ。今度こそ、だ。もう邪魔ははいらねぇ」
副長は苦笑しつつ、ホットチョコレートをすする。
男七人はホットチョコレートを、相棒はミルクを、すすっているのはシュールすぎやしないだろうか?
犬は、チョコレートはタブー。ゆえに、牛乳をあたためたものをやったのである。
それは兎も角、ここまで引き延ばされると、もともとなんのことだったかか忘れてしまっている。
双子がみなのおかわりをつぎ、いよいよもってすることがなくなった。そこでようやく、話す覚悟をしたらしい。
副長だけ木箱に腰をおろし、組長たちは納戸に背をあずける。おれは火鉢の横にうんこ座りし、それに掌をかざす。
炭が、ぱちぱちと小さな音をたてている。
あったかい。さきほどのホットチョコレートは、体の内側をしっかりあっためてくれた。