エッチとエロ
夕餉は、鍋である。
双子が帰途に狩りをし、猪を仕留めたらしい。その場で解体し、もってかえってきた。
ボタン鍋である。
さすがは、異世界転生で狩人だっただけはある。
みなで鍋をつつき、酒を呑む。肉にくさみがなく、めっちゃうまい。
おとなも子どもも、だれもが心ゆくまで堪能した。
江戸でみながそろっての夕餉は、これが最後である。
これが、最後なのだ。
厨で、後片付けを手伝う。相棒は、厨の入り口でいつものようにお座りしている。
おれだけでなく、組長三人も手伝っている。さきほどの話が、気になるのである。
隊士たちは、それぞれ自由に過ごしている。子どもらは、双子のお土産の柿羊羹やら饅頭やらを寝室に持ち込んで、パジャマパーティーとしゃれこんでいる。
「土方さん、きたか?」
永倉の笑いを含んだ問い。全員が、厨の入り口に注目する。
副長が、相棒の頭を撫でてから入ってくる。
「かっちゃんは、すっかり酔って眠っちまった。怪我をおして、いろいろ動いてるからな。疲れてんだろうよ」
「そりゃあ、あんただっていっしょうだろうが、土方さん?」
原田が苦笑しつつ指摘する。副長は、それに苦笑でかえす。
「さっきは、とんだ邪魔がはいっちまった。正直、あの人らの話は頭に入らなかった。いろんな意味でな」
「ああ。大鳥さんの態度にぶったまげたが、おまえらの話のほうが気になってる」
副長と永倉がいい、全員が双子に注目する。
双子は片づけをおえ、マイ包丁と俎板を丁寧に所定の位置に置く。それをおえると、俊春が薬缶から全員分の白湯をいれて配ってくれた。
厨は寒い。竃の火は消えているため、双子が七輪や火鉢に火を入れてくれる。
入り口からもろに寒風が吹きこんでくる。壁からは隙間風が、こちらも容赦なく吹き込んでくる。双子以外、無意識のうちに自分で自分の身を抱きしめてる。
これまで、この寒さのなかを苦行のごとき恰好をさせられたこともあったが、軍服のシャツ一枚というのも、かなりの苦行である。
やっぱヒートテックだよなと、これでもう何十度目か実感する。
「兼定、おれが許す。入ってこい」
副長が厨の入り口にちかづき、相棒においでおいでをする。
「ちょっ、副長、不衛生です。入れてはなりません」
相棒として、ここははっきりしておかないといけない。
全員が、相棒も含めてであるが、奇妙な瞳でみてくる。
「不衛生?京の屯所で洗ってたじゃねぇか。あんときゃ、おれの相貌に傷つけやがって、もうすこしで婿にいきそびれるところだった」
「副長の相貌に傷?婿にいきそびれる?」
副長の嫌味に反応したのは斎藤である。
そうだ。かれは、そのときにはおねぇのところに潜入していていなかったんだ。
京にいた時分、相棒を洗ったことがある。レトリバー種でない相棒は、シャンプーが好きではない。いや、ぶっちゃけ大っ嫌いである。
非番だった二番組と十番組の隊士たち、組長や子どもたち、局長まで参戦し、犬一頭をシャンプーするのにてんやわんやの大騒ぎになった。
その際、副長が外出さきから戻ってきた。相棒をつかまえようとし、顔面から見事なスライディングをかましたのである。
そのとき、相貌に傷をこさえたのである。
もちろん、いまの双子ほどのものではない。ましてや、俊冬の右頬のおおきな刀傷ほどのものでは・・・。
ほんのかすり傷。その証拠に、数日のうちにはかさぶたとなり、数週間後にはきれいさっぱり消え去った。
一生残る傷、ではない。それを、嫌味ったらしくいうなんて。
「申し訳ございませんでした。あの件は、この主計の不徳のいたすところでございます」
目には目を。嫌味には嫌味でもってかえす。わざと深々と頭を下げ、おおげさに謝罪する。
「ありゃみものだった。いいじゃないか、土方さん。あんたも傷の一つや二つ、つけといたほうがクールだぜ。なぁ左之?」
「新八のいうとおり。超鬼っぽくなっていいかも」
永倉と原田の現代チックな表現に、思わず拳をうちあわせる。
どんどんアメリカ人っぽくなってきている。
「ねとぼけたこといってんじゃねぇっ!傷など必要ねぇ。おまえらの瞳は節穴か、ええ?傷などわざわざこさえんでも、この相貌は超絶マックス、ゴッドもびっくりなほどビューチフルなんだよ」
副長の反論。ビューチフルは残念だが、してやられた。
双子と斎藤が笑いだす。永倉も原田も、そして、副長自身も。もちろん、おれも。腹がいたくなるほど、笑う。
厨のなかにちゃっかり入ってきている相棒も、「ケンOン」笑いをしている。
このひととき・・・。このときが、ずっとつづいてほしい。
いじられたっていびられたっていい。このときが、つづくのなら・・・。
ひとしきり笑ったのち、いよいよ、双子の話をきこうと・・・。
おっと、そのまえに厨の引き戸を閉めようとちかづくと、子どもらが入り口からなかをのぞこうとしているのに気がついた。
「どうしたんだ、みんな?」
「菓子がなくなりました」
「喉がかわきました」
「もっと菓子がほしいです」
子どもらは、口々に要求をたたきつけてくる。
「外は寒いから、みんな、なかに入って」
とりあえず、厨のなかに詰め込んだ。
「兼定」
子どもらは、われさきに相棒に抱きついた。相棒は、慣れたものである。すました相貌で、子どもたちに抱きつかれている。
「ああ?利三郎はどうした?」
副長が、白湯を呑みつつ問う。
「エッチなことをしにいってくる、と。副長や先生方もエロイことをしにゆくはずだから、なにかあったら双子先生か主計さんにいえ、と」
「ぶふっ」
市村の報告に、口に含んだ白湯をふきだす副長。
エッチもエロイも、ここにいるメンバーはわかっている。
野村のやつ・・・。エッチにエロイだって?
「あの野郎」
永倉が、右の拳で左掌を殴りつつつぶやいた。
ちょっとまて。双子は兎も角、おれはエロイことをしにいくメンバーに入っていないってことか?
なにゆえだ、野村?
って、そこじゃないか。
「エッチにエロイってなんですか?」
泰助の純真無垢なまでの問い。
子どもたちは、厨の淡い灯火のもと、瞳をキラキラさせている。