オオトリケイスケ キターッ!
「おまえら自身がいいにくいんだったら、おれがいってもいいん・・・」
「いえ、原田先生。これは、まいりました。もしやとは思ってはいましたが。わたしから、話します」
「兄上・・・」
俊春が俊冬にいいかけたが、俊冬は頸を左右に振った。
全員が注目するなか、いままさに俊冬が口を開きかけた瞬間・・・。
「局長、お客人です」
トタトタという軽快な足音とともに、野村が入ってきた。
「ああ?客人だぁ?いま、たてこんでる。またせて・・・」
「えらいという噂の榎本さんと、オオトリケイスケって方です」
野村は副長の剣幕に気がついているはずが、ナイスなまでにスルーし、いいたいことだけいってしまった。
「利三郎っ、きいてんのか?」
副長の怒りはごもっともだが、オオトリケイスケって名に喰いついてしまう。
たしか、2000年になるまでに死んだんじゃなかったか?正直、リアルタイムではみたことないが、再放送などで漫才はみたことがある。
「おまちください。ただいま、打ち合わせ中にて」
「いいんだいいんだ、おれと土方君の仲だ。叱られやしないよ」
島田の静止をものともせず、あいかわらずの「副長LOVE」の榎本の快進撃。廊下をあゆむ音とともに、その姿があらわれた。
彼の髪と髭は、今宵も油ギッシュにてかてか光ってる。黒い軍服もあいまって、暮れなずむ空をバックに、脂ののった焼け焦げた秋刀魚みたいにみえる。
「榎本さん、あんたか?」
「おおっ、榎本さん。よくぞ参ってくれました。ささっ、どうぞ」
心底嫌そうな副長にかぶせ、局長がさっさとすすめた。
そのどさくさにまぎれ、双子が部屋からでていった。
副長の抗議の声。が、だれにでも好意的な局長の耳に、それは届くはずはない。
榎本とその連れは、それまで双子が座っていたところに腰をおろした。
その連れもまた、イケメンである。彼の晩年の写真は、もみ上げ八の字髭である。しかし、幕末期にはそれらがいっさいない。さっぱりとした醤油顔。目元も口元もすっきりしていて、軍服姿がさまになっている。
かれは、ひかえめにいっても多才である。赤穂の村医の息子として生まれ、西洋医学や漢学を学んだ。尼崎藩を経て旗本になり、歩兵頭、歩兵奉行になって伝習隊を結成。これよりのちは、蝦夷まで転戦する。
維新後は、現代でいうところの大蔵省や農務省、工部省でそれなりの成果をあげる。公使として、清国との外交にもたずさわる。
医学面では、コレラの研究をしている。面白いところでは、日本ではじめての金属活字や温度計、気球、蒸気船の模型を作成している。それだけでなく、漢詩や和歌にも通じている。
晩年のかれの人生は、あまり運がよくなかったという。地震で自宅が被災したり、息子にあいついで死なれたり・・・。
こんな多才で有能なかれであるが、用兵は超絶イケてないらしい。そんなかれが蝦夷の函館政権で、投票によって陸軍奉行に選ばれるのである。ちなみに、副長は陸軍奉行並である。
ただ、かれはよくいえば前向き。悪くいえばノーテンキな性格のため、用兵よりむしろカリスマ的な存在なのかもしれない。
あれこれいったが、かれこそが昭和の漫才師「鳳O介」と漢字ちがいの同姓同名大鳥圭介である。
「近藤さん。叔父貴から、明日出陣だってききましてね。こりゃぁ会って、激励したいと。なぁ土方君?」
「ああ?いらねぇってんだよ。こちとら、ひっそり出陣するつもりだったんだ」
「おいおい、歳。せっかくきてくださったんだ。かようなものいいは、あまりにも失礼であろう」
「なにいってんだ、かっちゃ、いや、局長。それならば、明朝、そこいらの家の路地から、こっそり見送るもんだろうが」
三人の副長とおれは、副長のあまりの剣幕に笑ってしまった。相棒も、庭で笑っている。
双子が、茶と茶菓子をもってもどってきた。
「これが、新撰組なんですね。でっ、あなたが近藤局長でしょうか。はじめまして。伝習隊隊長の大鳥圭介です」
小柄なだけあり、フットワークが軽い。中腰になり、局長と副長の懐のうちまで膝行すると、掌を差しだした。
「新撰組局長の近藤勇です」
「よろしくお願いします、近藤さん」
大鳥は、両掌で局長のおおきくて分厚い掌をがっしり握り、ぶんぶんと音がするほど上下にふった。
「でっ、きみが土方君?噂通りのいい男だね」
局長、組長たち、双子、おれは、ぷっとふきだした。
なんと、大鳥はみながみ護るなか副長にハグしたではないか。
われわれが思いっきりひいたのは、いうまでもない。
こ、これはまた厄介、もとい、ヤバイ、いや、ぶっちゃけ、いっちゃってる人があらわれた・・・。
大鳥は、英語をジョン万次郎から学んでいる。が、留学の経験はなかったはず。伝習隊はフランス軍兵制を導入し、フランス軍の協力を得て軍事訓練をおこなっている。
いくらフランス人が熱いといっても、初対面の同性にハグをするとも思えない。だいいち、局長とは握手だったし。
「おっおい、いきなりなにしやがる?もう充分だろうが。はなしてくれ」
副長が狼狽えている。それはそうであろう。ハグにしては、ずいぶんとながい。ってか、ぶっちゃけ、抱きついてる。
「ああ、すまない。きみのことは榎本君からきいていてね。だから、初対面だとは思えないんだ。きみは、ぼくと相性がいい。すえながく、よろしく頼むね」
なんてこった。これは・・・。
たしかに、大鳥も蝦夷までつかず離れず行動することになる。が、いきなりの「恋人宣言」。榎本をうわまわっている。
組長たちをみた。向こうも、こっちをみている。どの表情も、「これも、おねぇか?」ときいている。
いや、大鳥にもそんな噂はない、はず。
とりあえず、頸を横にふっておく。
「やぁ、俊冬君に俊春君。彰義隊の連中から、上様暗殺を阻止したってきいたよ。あらま、どうしたんだい?傷だらけじゃないか。まぁ、きみらも男前だからね。傷はかえって男らしくみせてくれるよね」
大鳥は、茶と茶菓子を配りおえた俊冬と俊春にもハグをした。二人とも、苦笑しながらハグを返している。
「永倉新八です」
「原田左之助です」
「斎藤一です」
「相馬主計です」
面倒臭そうなので、さらっと名乗った。
ありがたいことに、おれたちは局長と同格で握手である。
「あ、この犬が噂の兼定?抱いていいかい?」
大鳥はだれにともなく尋ねるなり、部屋を飛びだした。
えっ?抱いていいかい?
全員が、ぎょっとしたであろう。たしかに、薄暗くなりつつあるなかでお座りしており、ぱっとみただけではおおきさがわかりにくいかもしれない。だが、どう考えても小型犬にはみえない。
それを、「抱いていいかい?」、だって?
返事をする間もない。大鳥は、廊下から庭に飛び降りるなり相棒に抱きつき、そのまま抱っこしようとした。
いや、小柄なあなたじゃ無理でしょう?と、全員が心中で突っ込んだにちがいない。
「おや、びくともしない。重いんだ、犬って。そうかそうか」
相棒の体は、1mmたりとも地面から浮かなかったのではなかろうか。大鳥は、呆然としている相棒の頭をなでながら謎納得している。
(あきらめるのはやっ!)
全員が、心中で突っ込んだにちがいない。
大鳥は庭からひょいと廊下に飛び上がり、部屋に入ってこようとした。そのとき、自分が靴下のまま庭に飛び降りたことに気がついたらしい。
「失敬、失敬」
ぱんぱんと足の裏を掌ではらい、入ってきた。
なんかまた、「個性的なのがきたーっ」て感じである。
はやい話が、大鳥は新撰組と親交をもちたいらしい。っていうか、副長と個人的なお付き合いがしたいってことなのであろう。
組長たちとおれは双子の夕餉の準備を手伝い、その間、局長と副長と話をしていた。
しかも、ちゃっかりとゴージャスな夕餉を堪能してかえっていった。
榎本と大鳥・・・。
副長をめぐって、どのような戦いを繰りひろげてくれるのか?それとも、共同戦線をはるのか?
今後の展開が怖くもあり、愉しみでもある。
土方歳三、誠に罪な男である。