原田の謎「まった!」
夕刻、双子が戻ってきた。
みな、大喜びである。それはなにも、しばらくいい食事にありつけなかったから、というわけではない。
いまや双子もまた、新撰組になくてはならぬ存在になっている。
これだけいびられ、いじられ、玩具にされているというのに、双子の無事帰還がうれしいと実感している自分。
相棒も、「YOUTUBE」や「インスタ」でよくアップされているような、「何年かぶりに、ご主人と再会する飼い犬」みたいに、超絶マックスに喜んでいる。
「ご苦労だった、二人とも。でっ、どうであった?」
まずは局長の部屋に赴き、報告。
局長と副長が上座に並び、三人の組長、島田、蟻通、安富、中島、尾関、おれがそのまえ左右に居並ぶ。
上座に座す局長と副長のまえで、商人っぽい恰好をしている双子が頭を下げる。
「尾張にて宿陣しています西郷どんに会い、無事、約定をとりつけましてございます」
俊冬は、いったん口を閉じて苦笑する。
「無論、つかいの者としての口上以外、なにもしておりませぬ」
副長のほうをみ、そう付け足す。
苦笑する副長。
暗に「いかなるいかがわしいことはしていない」、といっているのである。
「覚えておいででしょうか?昔、われらは、遠島の西郷どんが本国に戻らざるをえぬよう、本国内にいる西郷どんの敵対者を始末したことがございます。もっともそれは、われらの標的がたまたまそれと重なっただけでございますが。そのうえ、先日の大坂城での強奪、もとい、幕府の金銀財宝の件もございます。もうすこしで薩長がいがみあうところを、われらがとめ申しました。それは兎も角、西郷どんは、いまだにそれを恩義にしています。せめて山岡先生と会い、その話をきいてほしいと頼みましたところ、二つ返事で引き受けてくれました。どうやら、公卿から、嘆願書などが再三送られているようです」
前半部分は、さすがといいたい。俊冬の弁舌は、坂本の上をゆく。相手の心中をよみつつ、変幻自在の話術を駆使するのである。
それでも、ときにはさらなる手段を講じる必要もある。
大坂城の強奪の件に関しては「おいおい、どの口がいうとんねん」、と突っ込みたいところではある。
そもそも双子が、薩長をぶつからせようと仕組んだことなのである。
それは兎も角、「公卿から」のというのは、和宮親子内親王のルートである。かのじょの伯父である橋本実麗が、「穏便に願う。助けてほしい」などと運動をしているわけである。
「戻りますまえに山岡殿の屋敷により、すでに伝えております。これで、勝先生にも貸しをつくることができました。まぁ山岡先生は、慎重派でございます。そして、勝先生の弁舌は、西郷どんの上をゆきます。お二人がよほどへまをせぬかぎり、どうにかなるものかと」
西郷は、口下手らしい。頭が悪い、というわけではない。
西郷の周囲には、「人」がいる。有能な人材がそろっている。それらはみな、西郷を神格化している。
西郷は、そういった人材をうまくつかうことに長けている。
いや、うまくゆく。山岡の勝との会談のアレンジ、勝との会談そのものも・・・。
バックに双子がいる。西郷は、そのことが気がかりなはず。
山岡の説得、勝の弁舌、公卿からの嘆願。これらよりも、双子の存在のほうが、よほどパンチがある。
「帰途、ついでといってはなんですが、敵の東山道先鋒軍をみてまいりました。その参謀、乾退助先生の祖先は、もともと甲斐武田の重臣板垣信方でございます。乾先生はそれを利用し、板垣へと姓をあらため、甲府へ向け進発。間者密偵を放ち、かの地でそれを吹聴しております」
局長と副長が、相貌をみあわせる。
副長には、この戦で敗走することをまだ伝えていない。
「その吹聴に、天領である甲府の民が耳朶を傾けるとは思えぬが・・・」
局長の楽観論に、副長の眉間に皺が寄る。そして、双子も・・・。どちらの双眸も、細められる。
「局長、それは反対かと」
そう口をひらいたのは、尾関である。
「天領にて、幕府の圧政に苦しんできた民も大勢おりましょう。甲斐の武田家は、よく領土を護り、発展させました。その重臣の子孫が、「幕府から解放し、あたらしき世で不自由なくすごせるぞ」と申せば・・・」
「雅次郎、わかってる。甲府には、すでに間者を潜入させてる。状況は、わかるようにしてある」
副長が、途中でさえぎってしまう。尾関は、口をつぐむほかない。
なにゆえ、副長は尾関の進言をさえぎったのか・・・。
「二人が戻ってきたんだ。今宵は、うまいもん喰って、そのあとは自由だ」
副長は、ことさらあかるく告げる。
「島田先生、大垣で柿羊羹を買ってまいりました。のちほど、おだしします」
「おお、誠か?」
立ち上がりかけた島田に、俊冬が告げる。
島田は、生まれは美濃国方県郡、現在の岐阜市だが、大垣藩の藩士に養子になったのだ。
そうか、大垣は柿羊羹が有名なのか。
島田らは部屋をでてゆき、局長と副長のほかには、組長三人と双子、おれだけになったところで、局長が副長にいいかける。
「歳、雅次郎の話だが・・・」
「かっちゃん、わかってる。あいつの申す通りだ。だからといって、いまさら、出陣をとりやめることなんぞできるか?このことがひろまれば、そうそうに離脱者がでちまう。もっとも、隠しきれることでもねぇ。おいおいしれわたり、脱走者が続出するだろうがな。そのときを伸ばしてるだけだ。出陣し、せめて故郷に錦を飾る。そうだろう、かっちゃん?」
その言葉は、副長らしくないと感じた。とくに、最後の故郷に錦を飾る、というところに。フツーなら、負けることがわかっている戦に、人員も装備もままならぬまま、のこのこでてゆくわけもない。副長なら、「やってられるか!」の一言で、一蹴する。それがたとえ、幕府のお偉いさんからでた命令であろうと。
おおくの仲間を、みすみす死地に放り込むわけがない。
それとも、双子がどうにかしているとでも思っているのか?奇跡を願っているのか?
それとも、局長の死期を第六感で感じているのか?ゆえに、故郷に錦を、と?
「あ、ああ、そうだな」
局長は、そう答えるしかない。副長のことを信じているから。頼りにしているから。
「では、われらも夕餉の支度を・・・」
双子も立ち上がりかけたところに、「まってくれ」と、原田がまったをかける。
「左之、なんの用だ?」
副長は、この話題をこれ以上つづけたくないのか、ちょうどいいとばかりに尋ねる。
「なぁ、また傷がふえてないか、俊春?」
原田は副長の問いはスルーし、俊春に問う。その指摘に、俊春はうつむいてしまう。
「鍛錬ってやつ、まだつづけてるんだろう?土方さん、あんた、鍛錬やってるのは、忍びに対する備え、みたいなこといってたよな?餓鬼からきいたんだが、江戸までの艦でもやってたらしいじゃないか」
「なにがいいたいんだ、左之?」
副長の眉間に、また皺がよる。
「俊冬、なんかあったら、また新八に死ぬほど殴られることになる。いっておくことがあるんだったら、いまのうちにいっとけ。おまえらをみていると、自身が情けなくなるし、このあたりが痛んで仕方がない」
原田は、いいながら自分の胸のあたりをさする。
まだなれずによほど苦しいのか、シャツの第一ボタンどころか第二ボタンまではずしている。
「なんだと、左之?おれが殴る?ああ、あれは悪かったと思ってる」
永倉がくさる。そのがっしりとした体ごしに、相棒がお座りしてこちらをじっとみつめているのがみえる。いや、厳密には双子をみている。
秋月邸の奥の間のちいさな庭である。おおきいほうの庭は、これぞ「お屋敷の庭」、枯山水である。もっとも、ずいぶんと荒れているが。いや、おれたちが荒らしてしまったのかもしれない。
このちいさな庭は、ちいさな池に苔むした岩がいくつか配置されている。池には鯉が数匹いて、子どもたちがよろこんで麩をやっている。
新撰組がいなくなったら、鯉に麩をやるはのだろうと、どうでもいいことを考えてしまう。
「土方さん、あんたもうすうす気づいてるんじゃないのか?それから、主計も。兼定は、わかってるみたいだが。まぁ動物は、そういうのには敏感だからな」
さらなる原田の謎々。思わず、副長と視線を合わせてしまう。
「いえ、すみません。おれには、なにがなにやら。あっ、もしかして俊春殿だけでなく、俊冬殿も経験がないってことですか?」
「そんなわけ、ないだろうがっ!」
「無礼千万。手討ものだぞ、主計!」
原田と俊冬がかぶる。
なにもそんなに怒らなくっても・・・。
斎藤もわけがわからぬといったていで、副長と原田と双子を順にみている。