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兼定 強盗犯を追う

 この日、会津藩から出陣の準備金として二千両いただいた。

 会津藩も、そのほとんどが会津へかえってしまっている。残っているのは、古くから江戸に詰めている古参ばかり。京にいたメンバーもいない。

 それでも、会津候がいいおいてくれていたのであろう、新撰組われわれによくしてくれる。


 もっとも、双子の影響もあるのかもしれないが。


 明日に出陣がきまった。いよいよ、甲州へと出立するのである。


 みな、緊張のなかにも、江戸での最後の日を思い思いにすごしている。


 本日は、休暇を与えられたのである。


 先日、幕府より出陣の支度金が配られた。とくになににつかいたい、というものはない。


 組長三人と野村、子どもたちと、ぶらっと江戸の町を巡ってみることにした。


 双子がいない為、ついでに食事でもというわけである。


 調子にのって浅草まで脚をのばしてみた。



 おーっ、これが雷門か!って、雷門がないいいいっ!


 すっかり忘れていた。雷門は、1866年の火災で焼失、1960年、某家電メーカーの創業者の支援によって現代の形態になる。それまでは、仮の姿っぽいものである。


 現代でみたことはあるが、浅草の顔ともいうべき雷門がないと、やっぱ物足りない。


 ちなみに、正式名称は風雷神門である。



 浅草寺を訪れる人はおおい。けっこうな人でである。


「強盗だっ!」


 人ごみのなかで、ひときわおおきな怒鳴り声が。

 どこからか?と探す間もなく、人ごみのなかから複数人の男たちが飛びだし、逃げてゆく。そのすぐあとに、追手であろうか、数名の男たちがつづく。


「鉄、綱をはずせ。相棒、追え(ゴー)!」


 その動きを、じっとで追っている相棒。

 俊春メイドの首輪から綱がはずされたと同時にダッシュした。


「追うぞ」


 永倉の号令で、大人も子どもも駆けだす。


 浅草寺詣の人々が、あわてて脇へどく。


 強盗犯おどりこたちは、五輪のランナー並みの脚力である。ぐんぐんその背が遠ざかってゆく。



 強盗犯おどりこたちを追ってる集団は、そうそうにその脚力がにぶっている。


 一方、おれたちは日頃から体を動かしている。

 たぶん・・・。

 子どもたちですら、おれたちにしっかりついてきている。


 追手たちを、余裕で追い越す。相棒は、強盗犯おどりこたちの背に迫りつつある。


 風景がかわる。一般の家屋が居並んでいる。神域をでたのである。


 そろそろ、息があがってきた。


 相棒に指示をだしたいが、強盗犯おどりこたちがどのような武装をしているかわからない。刀なのか、小刀どすなのか。まさかの拳銃チャカなんてことも、可能性としてはなくもない。


 わからないままに指示をだせば、相棒を危険にさらすことになる。


 が、このままではらちがあかない。


 そのとき、野村が一人、猛然とダッシュしはじめた。


「おさきに」


 陽光の下、さわやかな笑みを浮かべて掌までふる。ずいぶんと余裕をぶちかましている。


「利三郎、相棒と強盗犯おどりこたちを追って追っておいまくれ。強盗犯おどりこたちをマジでお疲れションさせるんだ」

「りょ!」


 野村は二本指で敬礼し、あっという間に駆けていってしまった。


「なんてこった。利三郎のやつ、かように脚が速かったのか?」


 永倉が急停止し、息を整えつつ苦笑した。


「そういや、「韋駄天利三郎」って呼ばれてるんっす、っていってたな。嘘っぱちだと思っていたが・・・」

「意外な取り柄だな。もっとも、そのことがいまここでわかったところで、隊務の役には立たぬが」


 原田、それから斎藤である。二人もまた、苦笑しつつ息を整えている。


「この方角だと、隅田川のほうへ抜けるはず。舟を準備してるやも。よし、先回りしよう。こっちだ」


 さすがは永倉。機転がきく。ここらあたりは、かれらのテリトリー。裏道近道、なんでもござれってわけである。


 子どもらも、まだまだ駆けられそうだ。この辺りににほっぽりだすのもよくないだろう。というわけで、同道させることにした。


 そして、またひたすら駆ける。


 永倉は、どういう子ども時代を過ごしたのであろう。彼の使った裏道とやらは、人の敷地内を通過したり宅内を通過したりと、漫画にでてくるどたばた追いかけっこみたいである。

 それこそちゃぶ台囲んで食事をしている横を、「ごめんなすって」と駆け抜けてゆく。まさしくそれ、である。


 軍服姿の大人と着物姿の子どもたちが、嵐のように飛び込んできて駆けてゆく。おおくの江戸っ子たちの度肝を抜いたにちがいない。そして、宅内を泥だらけにしてしまったであろう。


 裏道近道というよりかは、永倉が思い描く目的地までの直線距離を、ひたすら駆けに駆けたのだろう。


 その甲斐あって、隅田川にかかる吾妻橋にいたったとき、ちょうど強盗犯おどりこたちもそこへいたったタイミングであった。


 相棒の吠える声で、すぐにそうとしれた。



 永倉の推察どおり、強盗犯おどりこたちは吾妻橋のたもとに船を準備をしていたのだ。


 計画的犯罪、というわけである。


 吾妻橋は、この時分ころは木製の橋である。ずいぶんと頑強で、洪水で永代橋や両国橋などが流されたなか唯一無傷で残ったという。それでも、明治期におこった大洪水で流され、再架橋される。関東大震災で橋板が焼け落ちてしまうがそれを補修しつつ、昭和六年に現在の橋に架け替えられる。


「相棒っ、逃げ道をふさげカット・オブ・ゼア・エスケイプ


 肩で息をしつつ、相棒に指示を送った。相棒はすばやくまわりこむと、強盗犯おどりこと隅田川への間に位置した。


「相棒、威嚇しろ(トレテニング・ゼン)!」


 相棒は、おれが指示するなり四肢を踏ん張り、強盗犯おどりこたちにうなりだした。


 総勢四名。着物を尻端折りしている。が、連中もプロである。懐から小刀どすを抜いた。野村がいる方へ、じりじりとあとずさりはじめる。


 相棒やおれたちより、野村一人のほうがくみしやすいと判断したのだ。そう思う間もなく、一人が野村に向かって神速で間を詰めた。ってか、おもいっきりタックルを試みた。


 いくら永倉や斎藤でも、二十メートル以上はなれていてはどうしようもない。


 野村も不意をつかれ、腰の得物を抜く暇もない。


「相棒っ、かかれ(アタック)!」


 とっさに相棒に指示を送った。


 ジャンプ一番。相棒は強盗犯おどりこたちの頭上を飛び越え、いままさに野村にぶつからんとする一人の腕にかみついた?


「ぎやぁっ!」


 気の毒に。かみつかれた強盗犯おどりこは、小刀どすを取り落としててしまった。そして、そのまま地面に引き倒されてしまった。


「かっこいい」

「うん。すごいや」

「さすがは兼定」


 子どもたちは、大喜びである。だが、大人は喜んでいる場合ではない。

 ぎょっとしている残りの強盗犯おどりこたちに躍りかかったのは、当然組長三人だ。


 腰の得物を抜くまでもない。永倉と原田はパンチを、斎藤は蹴りを喰らわせ、あっという間にのしてしまった。


「立派だよね、先生たち。かっこいい」

「うん。すごいよね、先生たち」

「さすがは先生たち」


 子どもたちは、称讃を送る。


 一網打尽。おくれてやってきた役人たちに引き渡すことができた。


 一応、奉行所なるものは機能しているんだ、とちがう意味で感心した。


 そうそうにへばった追手たちも、ようやくやってきた。


 偶然にも、襲われたのは三野村利左エ門の番頭であった。おおきな商いがあり、そのかえりに襲われたらしい。


 やはり、計画的犯罪。逃走準備も整っていたことから、内通者がいるのかもしれない。


 もっとも、それはこちらの管轄ではない。おいおい調べがつくだろう。


 三野村は、小栗の元奉公人。小栗に亡命をすすめたり、小栗処刑後にその家族の面倒をみている。

 表立っては、小栗失脚後に幕府をみかぎり、新政府軍に資金援助をしている。そのお蔭で、幕末の混乱をのりきることができるのである。


 このちょっとした捕り物劇で、相棒の勇敢さと組長たちの有能さがみなおされた。ついでに、野村の「韋駄天」ぶりも。


 おれだけが、まるでそこにいなかったかのように、なーんにも噂されなかった。


 勇敢な相棒に指示をだしたのは、おれなんだけど・・・。


 あ、忘れていた。この一幕をしった三野村は、新撰組に資金援助してくれた。松本法眼を通じて。二千両である。そこに、松本が二百両添えてくれた。


 三野村は、これで貸し借りはなし、としたかったのかもしれない。

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