甘いもの好き 山岡鉄舟
「かようなところで申し訳ない。局長は、他出していましてね」
局長は島田を連れ、スポスンサーの屋敷にいっている。
「いや、構わぬ。俊冬殿と俊春殿に頼みがある。あんたと近藤君を通さねばならぬであろう、土方君?」
白湯をぐいっと呑み、そうきりだす山岡。
局長や副長には君づけなのに、局長や副長より年下の双子には殿をつけている。
双子の立ち位置の重要性が、そう呼ばせているということか。
そんなことを考えつつ、そうそう、茶菓子をというわけで、紙に包んだ干し柿をすすめる。
「おお、甘いものに目がなくてな」
うれしそうに掌でつまみ、口に放り込む山岡。しかも、いっきに三つも。
しってる。甘いもの好きってことは、よーっくしってる。
「でっ、二人に頼みとは?」
「さきほど、道端でばったり会ってな。こちらは、勝先生もいらっしゃったんだが・・・」
山岡は、厨の入り口に視線をはしらせてからつづける。
「他言は、無用ぞ。勝先生は、薩摩の西郷と会談をと望んでおられる。征東軍の江戸への進軍をとめる、あるいは、穏便にことを運んでもらうためである。それと、謹慎中の上様の件も」
副長には、勝と西郷の会談の件は話をしている。ゆえに、副長は、あぁそのことかとわかっていても、驚きの表情をつくる。
「わたしが、そのお膳立てをする。が、薩摩にはまったく伝手がない。以前、俊冬殿と俊春殿が西郷に貸しをつくったということを、勝先生はどこからかきかれたらしい」
「つまり、二人にそのお膳立てをさせようと?」
「そのとおりだ、土方君。どうにかわたしがと思っていたが、この一件は、失敗が許されぬ。失敗すれば、江戸は焼き払われる。おおくの民草が死に、さらにおおくの民草がすべてを失う。わたし自身は、幕臣のようなごく潰しが腹を斬ろうが、頸をかかれようが、どうでもいいと思っている。だが、なんの罪も関係もない、おおくの民草となると話は別だ」
「そりゃあ、あんたの気持ちか?それとも、勝先生のか?」
副長は、納戸から背をはなし、山岡のまえに立ってかれをみおろす。
大柄の山岡である。その状態でも、上から目線ってほど無礼ではない。
「勝先生は・・・。そうだな。先生は、素直ではないし口が悪い。そういうことはおっしゃられぬが、気持ちはわたしとおなじだと思う」
山岡の視線が、副長と絡まりあう。
「おれたちは江戸から追い払われ、甲府くんだりまでいかされるらしい。人のいい局長の瞳のまえに、「大名にしてやる」なんて餌をぶら下げてな。それが、勝先生からでてるってことはわかってる。ふざけやがって。それなのに、二人に頼もうってか?二人は、新撰組の者だ。おれたちの仲間だ。それを、手脚のごとく動かそうとでも?なんでもてめぇの思い通りになるって勘違いしているんなら、大間違いだ」
副長の怒声は、厨の外にまで轟いたであろう。
当の双子は無言のまま、ただ魚を捌きつづけている。
「土方君。きみのいうことは、いちいちもっとも。だが、わたしがここに参ったのは、勝先生の指示ではない。勝先生に、わたし一人で手はずをつける旨を願いでたものの、さきにも申した通り、わたしにはなんの伝手もない。ゆえに、わたし自身が頼みたく、恥を忍んでやってきた」
山岡は、飾ることなどしない。すっくと立ちあがる。副長よりも頭一つほど高い。それから、頭を下げる。
双子も魚を捌く掌を止め、それをみつめている。
「頼む。力を貸してほしい。江戸の町を焼かないため、おおくの民草のために・・・」
副長が、嘆息する。
「山岡さん、やめてくれ。幕臣が、似非武士に頭を下げるもんじゃねぇ」
副長は、腕組みしつつ双子へと体を向ける。
「俊冬、俊春。すまないが、山岡さんのためにひと肌脱いじゃくれねぇか。山岡さんには、浪士組のときになにかと便宜をはかってもらってる」
双子は包丁を置くと、副長のまえに並び、同時に頭をさげる。
「承知いたしました。ひそかに西郷どんに会い、山岡先生と会うよう頼みます。そのあとは、山岡先生、あなたがご自身で説得なさってください。これでよろしいでしょうか、副長」
「俊冬、恩にきる」
「今宵、経ちます。さほど、ときはいりますまい」
山岡は、いくども礼をいう。
「山岡さん、話はかわるが、一つきいていいか?」
山岡が厨からでてゆこうとすると、副長がその背に問う。
「清河八郎、あんたの義理の弟らしいな?やつを殺ったのは、見廻組の佐々木只三郎らしいが、あんたの屋敷を訪れたかえりに襲われたときいている。あんたも、かんでたのか?」
清河八郎・・・。
新撰組の前身である浪士組を結成したのが、かれである。ぶっちゃけ、とんだペテン師である。討幕のための先兵を、そのターゲットである幕府の金で集め、京へ上った。が、かの地で江戸へ戻るといいだし、実際、戻ってしまった。
それに意を唱え、残ったのが試衛館のメンバーと芹沢鴨の一派、殿内義雄や根岸友山ら、二十二名である。
その残留組が、新撰組となった。
そして、江戸に戻った清河は、大望を果たす間もなく、佐々木らに暗殺されたのである。
山岡は、みじかい笑声をあげる。
「まがりなりにも義理の弟。しかし、不都合があれば排除する。それが、幕臣としての務めであると信じておる」
山岡は、それだけ残して去った。
副長は、無言のままその背を見送った。
その夜、宴といえるほど盛大に呑み喰いした。
双子の握りにふわふわ卵、鍋もある。酒も、充分すぎるほどある
それがはじまるまえ、局長より話があった。
幕府より「甲陽鎮部隊」の隊名を賜ったこと、数日ののちに進発し、甲州に向かうことなどである。
同時に、出陣手当金が配布された。
全員、大人も子ども関係なく、動けなくなるまで呑み喰いした。
酒も料理もうまかった。だが、不安も隠しきれない。
その夜、後片付けもおわった時分、双子の姿が仮の屯所から消えていた。
わずかな間とはいえ、寂しくなる。
相棒も鼻づらを、頭上の欠けた月へと向けている。