浅草弾左衛門
「裏口へゆこう。面倒はごめんだ」
俊冬がいい、まわれ右しようとしたときである。
「おい、てめぇら」
二、三人が駆け寄ってきた。
うわー、相貌に傷があるし、指もない・・・。これは、相手にしたら面倒臭い系だ。
「はい?なんでございましょう?」
俊冬が背の籐籠の重みでふらつきながら、ってか、いきなりそんな演技をしつつ応じる。
その怯え方は、アカデミー賞ものである。
「ここの小者か?うおっ・・・」
侠客か博徒か、みきわめは難しいが、三人とも自分たちの傷を棚に上げ、双子の相貌をみるなりひいた。
「へい。新撰組につかっていただいております」
「だったら、とりついでくれ」
「いえ、あたしらは、かようなことは・・・」
へこへこと腰を折り、丁重にお断りする主演男優賞の俊冬。助演男優賞の俊春が、その隣でおどおどと三人を上目遣いにみている。
「なにぃ?こっちが下手にでてやってるってのに」
「どうかご勘弁を。人を集めているらしいので、あたしらが取り次ぐよりもそのままゆかれたほうが・・・」
俊冬は、ふりあげられた拳の下で、怯えきった声音でおすすめる。
すると、拳を振り上げている男に仲間の一人が耳打ちする。
刹那、相棒が男たちへ脚をすすめる。
「なんじゃ、この狼は?」
三人とも、禁断の狼疑惑を投げかける。
相棒が、気分を害した。四肢をわずかに曲げ、威嚇の姿勢をとる。
ってか、おれが指で指示しているんだが。
「新撰組の局長のお犬様でございます。そいつは、お犬様の散歩係でございます」
俊冬の五本ある方の掌が、こともあろうにおれを示す。
おいおい散歩係って・・・。おれはついに、腐隊士から相棒の腐散歩係に降格ってか?
しかもお犬様?時代はいっきに二百年ほど昔、犬公方の時代まで遡る。
「そうか。なんだ、そんな面してんな、兄ちゃん」
え?そこ、納得するんだ。
一応、得物を帯びているのに、散歩係って相貌してるんだ、おれ・・・。
「どうした?」
「なにをやっている?」
ほかの連中が集まってきた。
「こんな小者が、銭をもっとるわけがなかろう?はやいとこ、銭にありつきたい。いこうぜ」
だれかがいう。
なるほど・・・。戦にいこうっていうよりかは、出陣手当狙いってわけか。でっ、もらうなりどろんってか?
「いやいや、喰いもん仕入れた残りがあるだろうが」
「なるほど・・・。やいっ、有り金渡しやがれ」
なんと、企業面接を受けるその会社のまえで、恐喝をはじめだした。
マジ、ウケるーっ。
って、ウケてる場合じゃない。
ざっと数えただけでも、二十人以上。おれは兎も角、双子が動けば大惨事になる。
「ええっ?そ、そんな・・・。すべてつかいきりました。ほら、このとおり」
俊冬は、懐から巾着をとりだすと、それをぱっぱと振ってみせる。
その巾着が、浅葱色をしていることに気がついた。
山崎がもっていたものである。例の段だら羽織のリサイクル品。
「なら、おまえは?って、おまえももってなさそうだな。ちっ、ついてねぇ」
男の一人が、おれをみてから舌打ちする。
はあ?おれがもってない?なに謎推測してんだ?こんな連中にまで、からっけつの幸薄い鑑定されてしまうなんて・・・。
現代で、よく駅のちかくで、飲み屋やいかがわしい店の呼び込みをやっているが、なにゆえか一度たりとも声をかけられたことがなかった。前後をあるいているおひとり様にはかけているのに。
それでも、数年前までは宗教関係の勧誘はされたことがあった。
それも、ここ数年は避けられていた気がする。
自分では、『おれにちかづくな』的なオーラをだしまくっているのだと、そのときにはいいきかせていた。
だが、それは自分へのいいわけ、あるいは、慰めだったのかもしれない。
幸が薄そう、いや、ぶっちゃけ金に縁のない、そして、人間にも神にも見放された男。
それが、おれだったわけで・・・。
もっとも、昔もいまも、散在するほど金も幸運もあるわけではないが。
「くそったれ」
一人が、腹立ちまぎれに俊春の頭を殴った。
「こんっ」
漫画みたいにいい音が鳴り響く。
「あーあ、つまらぬ」
さらに、ちがう男が、おれに足蹴りを喰らわそうと・・・。
「どすっ」
これもまた、漫画みたいに鈍い音が。
俊冬が、さりげなくおれのまえにで、その蹴りを左脚に喰らったのである。
おれはそれを、かわそうとしていた。軽くかわせるほど、相手の蹴りがよめていたからである。
「どうか、乱暴はおやめください」
双子はぺこぺこと腰を折り、頭を下げる。
その卑屈な態度は、男どもの獣性を促進するだけである。
「なら、金子をよこせ」
全員が、いっせいに身構える。なかには、小刀を抜き放っている者まで・・・。
「やめねぇかっ!」
そのとき、まさしく大喝が、仮の屯所の門前に響き渡った。
雲間から、冬の陽光が射し込む。その陽光を背にあらわれたのは、中背細身の男である。縞模様の着物に、紺の袴。腰に、脇差を帯びている。
こけた頬、切れ長の瞳、髷を結っている。
ちかづいてくるその挙措に、無駄もスキもまったくない。
ウィキの写真は不鮮明であるが、実物はかなりイケている。
年齢は、アラフィフというところか。
弾左衛門である。その背後に、大勢の手下を従えている。
「だ、弾左衛門?」
「ひいいっ」
それまでおいたをしていた連中が、いっせいに逃げだしてしまった。
すごい。これは新門の親分と同様、かなりの男である。
「大丈夫かい?」
逃げてゆく荒くれどもに一瞥くれ、弾左衛門がちかづいてきた。
「あ、ありがとうございます。大丈夫でございます。乱暴にはなれております」
俊冬は、蹴られた脚をさすりつつ、弱弱しい笑みとともに応じる。俊春も、殴られてこぶのできた頭を掌でさすっている。
「弾左衛門殿ですな?」
門からでてきたのは、永倉と島田である。
「どうぞ。おまちしておりました」
永倉は、こちらに視線を向ける。
「うちの小者を助けていただき、かたじけない」
永倉が礼をいうのをききつつ、そこではじめて、いまの一連の出来事が仕組まれたことだと気がついた。
永倉だけではない。副長やほかの組長たちは、門の向こうで様子をうかがっていたのである。
双子が、訪問者たちを試すのを。
合格したのは、弾左衛門のみ。ほかの受験者は不合格、というわけである。
最初から打ち合わせていたのか、それとも、双子のアドリブか。
兎に角、おれはまったく気がつかなかった。
弾左衛門とその手下の背をみつつ、『犬の散歩係』といわれても、仕方がないと嘆息してしまった。