このあとのみんなのこと・・・
日本橋にゆくのも、だいぶんと慣れた。
なんか、飲食店の仕入れっぽくなっている。
「で、このあとはどうなる?」
仮の屯所をでてすぐ、俊冬が尋ねてきた。
双子は、軍服から小者姿に、つまり、着物に尻端折りという恰好に着替えている。
「甲州での戦は、負けます。敗走することに・・・。その戦いで、隊士の幾人かが戦死します」
甲府にゆく途上、局長や副長の郷里である日野を通過する。。郷里の人々は、総出で歓迎してくれる。そこで、時間をすごしてしまうのである。
敗戦の理由はそれだけではないが、ぶっちゃけ、甲府に着いたときには、すでに敵の東山道軍が甲府城を占拠していた。
「勝先生は、新撰組を江戸より追っ払いたいだけで、なにも甲府城を護りきれるとは思ってはおられぬであろう。否、実際、甲府城は、明け渡すべきなのだ。敵との会談を、おこなわねばならぬからな」
「そのとおりです。勝先生は、局長の人柄を利用し、「甲府城を護りきったら、大名に取り立ててやる」とおっしゃるはずです。それと先夜、新門の親分さんがおっしゃってた、侠客や弾左衛門さんたちが加わるって話ですが、こちらもあてにはできません」
「逃げる、であろうな。敵の情報がはいりはじめれば、われさきに逃散する」
俊春の断言。そのとおりなので、無言でうなづく。
「その状況で、戦死者が数名か・・・、「金ヶ崎の退き口」も驚き、であるな」
「いえ、そんなカッコいいもんじゃないでしょう。てんでばらばらに、敗走したってことですから」
信長の撤退戦とは、比較のしようもない。
「まぁ殿は、われらがつとめよう。すくなくとも、逃げるさきに、敵はおらぬであろうから」
俊冬と俊春が後顧の憂いを断ってくれるのなら、これほど心強いものはない。
「それで、そののちは?」
「永倉先生と原田先生が、袂をわかちます」
刹那、双子の脚が止まる。ゆえに、おれもそれをとめ、半身をかれらへ向ける。
いつもの定位置で、相棒がみあげている。
「なにゆえ?なにゆえ、袂を・・・」
「史実では、局長と意見の相違があったとか・・・。昔、新撰組が活躍しかけていた時分、永倉先生の主導で、局長の増長を会津に訴えたことがあります。そのときには和解しましたが、以降、両者の間にわだかまりが消えていない、と」
「おぬしも、その史実とやらを信じておるのか、主計?」
俊冬の熾烈なまでの眼光に、たじろいでしまう。その隣で、俊春が、おなじように視線を向けてくる。
「以前は・・・。ですが、こうして局長の人となりに接していると、局長はうれしくて有頂天になるようなことはあっても、永倉先生をはじめとした数名が死を覚悟で諫言するほど増長されるとは・・・。とてもではないですが、信じられません」
「われらも、ことこまかく心中をよむわけではないし、よめるものでもない。だが、接している感覚では、主計、おぬしの申す通り。その袂をわかつというのも、わざと、なのではないのか?」
だれからともなく、またあゆみだす。
「つまり、新撰組の将来を予見し、局長が永倉先生と原田先生をわざと怒らせ、去らせたと?」
「さよう。そして、両者もそれをわかっていて・・・。それで、袂をわかった後のお二人は?」
「永倉先生の旧知である市川宇八郎という方と靖兵隊という隊を組織し、関東近郊で戦います。ですが、その途中、原田先生が離脱され・・・」
思わず、歩をとめてしまう。つぎは、双子が半身をこちらへ向ける。
相棒が、おれをみ上げる。
「理由はわかりませんが、単身、江戸へ戻り・・・。上野で死にます。上野は、水戸へ謹慎の場を移した将軍の警固をしていた彰義隊が敵と戦い、全滅する場所です」
俊春が、瞳を伏せる。
原田は、なにゆえか俊春のことがよくわかっている。俊春も、それをわかっている。
「ただ、原田先生には、生存説があります。大陸に渡り、馬賊になったという。これよりずっと後、郷里の伊予で親族に会っています。それから、不意に「満州にかえる」といい残して去ったと」
それが、突拍子もないことはわかっている。局長の増長とおなじくらい。
幕末にくるまでは、そういうありがちな生存説を笑っていた。
それをいうなら、副長だってロシアに逃れた、という説がある。
だが、実際、局長の人となりがそこまでイタくないのと同様、原田のその説は、説ではないのかと思えてくる。
かれは、あらゆる意味で強い。さらには、しぶとい。
そして、生きることを心から愉しんでいる。それは、死を怖れているわけではない。せいいっぱい、現在を生きている、という意味である。
原田こそ、家族や仲間のこと以外で、簡単に生命を投げだしたりはしない。
「かと申して、どうにかとどまるよう仕向けても、この情勢ではよりいっそう生命の保証はできぬ」
「原田先生は、主計のことをご存じです。靖兵隊なるもので戦いつづけても、新撰組に残るのと同様、さきは危ういかと。いっそ打ち明け、江戸には戻らず、戦自体から遠ざかるよう助言してはいかがでしょう?」
俊冬につづき、俊春がいう。
必死さがうかがえる。
「ありがたいことに、原田先生はある意味いさぎいい。それに、そこまで信義にこだわる性質でもありません。もしかすると、きいてくれるかもしれません。そうだ、丹波へ、丹波へゆくようすすめてみたら?」
その道中に、なにかあるかもしれない。それをいっていたら、今夜寝て明日の朝を迎えられないかもしれないし、ぶらついていて馬に蹴られて死んでしまうかもしれない。
考えればきりがない。
「永倉先生は?」
「永倉先生と斎藤先生は、生き残ります。七十代まで。偶然なんでしょう。お二人は、おなじ1915年に亡くなります。あ、島田先生もです」
「ということは、副長も・・・」
俊冬は、視線でゆくぞとうながし、またあゆみだす。
そう、副長も、である。
双子は無言のまま、あゆみつづける。
「おうっ、おめぇらか」
仕入れ、もとい、買い物がえりである。もう間もなく仮の屯所だというところで、うしろから声をかけられた。
「このまま、きこえぬふりをしたいところだな」
俊冬のつぶやきに、俊春が苦笑で応じる。
この怒鳴り声は・・・。
通行人にまぎれ、声をかけてきた人物はみえない。が、その連れはわかる。
ウイキペディアに記載されているとおり、めっちゃでかい。原田や島田や坂本よりでかい。
そして、写真通りである。口髭のないほうの写真に、である。
さらには、さすがは武芸の達人。発する気がちがう。さらにさらにいうなら、武芸だけでなく、書や禅もたしなむというから驚きである。
山岡鉄舟。
さきほどの怒鳴ってきた勝とともに、「幕末の三舟」といわれている。
「上様の警固、無事におわったか?」
ちっちゃい勝の姿は、眼前まできてようやくみることができた。
近間をおかし、にやにやしながら立っている。山岡は、近間の外で歩をとめる。
三人そろって頭をさげる。
「はい、勝先生。とどこおりなく。なにゆえか、向こうに情報がもれていましたようで、不遜にも、上様の御生命を狙った不心得者がおりました。どうせなら、こちらに狂犬がいるということも、しらせるべき、おおっと、しるべきでしたな」
俊冬がいっている間に、相棒に座れ、の合図をおくる。
「なにいってやがる、「眠り龍」よ。いってぇ、だれがかような情報をもらすってんだ、ええ?」
勝は、フンと鼻を鳴らしてうそぶく。
まさか、この勝が、幕府の情報を流していると?
なにも裏切ってということではない。今後、江戸や自分たちにあらゆる意味で被害がすくなくすむようにもってゆきたいのである。
「山岡先生、お久しぶりでございます」
双子は、山岡にも頭をさげる。
「ええ、久方ぶりですな。勝先生から、きいております。新撰組にいらっしゃると」
山岡は、でかいがやさしそうな感じである。
そういえば、この男も甘いもの好きで、かの「木O屋」のアンパンが大好物だとか。もっとも、そこの創業はまだすこし未来である。看板を揮毫し、毎日のように食べていたという。
「いよいよ、進発がきまった。明日にでも、呼ばれるだろうよ。ところで、おめぇら、ちょっとした仕事を頼めねぇか?」
勝のいうおめぇらとは、もちろん、双子のことであって、おれなど眼中にも入っていない。
「勝先生、局長と副長に話を通していただきたい」
「まったく、おめぇらは頑固でいけねぇよ、「眠り龍」。ちょっとしたつかいをたのみてぇだけだってのによ」
「勝先生、それならば、わたしがまいります。さきほどから、そう申しておりましょう?」
「ちっ・・・。わかってらぁ、鉄舟。ゆくぞ」
性急に去ってゆく勝。
山岡は、双子に、それからおれに頭を下げ、相棒にはでっかい掌を振り、勝のあとを追っていった。
仮の屯所である秋月邸に戻ってきた。その門前に、ガラの悪い、いかにもって男たちがたむろしている。
もしや、組の抗争?
極道映画的に、討ち入りか?って不穏な雰囲気である。