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小栗さんとお芳さん

 厨に向かいながら、意をけっして小栗に伝えた。


「郷里の上野国にお戻りになられる、と。それよりも、どこか遠くにゆかれたほうが・・・」


 ちょうど、厨にはいったところだったので、厨の戸を閉めた。

 だれがきいても、スルーする話題だが、小栗は警戒するだろう。


 双子には、小栗のちかい将来さきについて話をしている。その家族についても。


 俊冬が、もっているものを卓のうえに置いてから、こちらにちかづいてきて助け舟をだしてくれた。


「じつはこの主計には、われらにない先見の明、否、千里眼と申しましょうか、そういう不可思議な力がございます」


 このときばかりは、俊冬もマジで説明してくれた。


「元奉公人の三野村利左衛門みのむらりざええもん様より、お話がございませんでしたか?」


 小栗をまっすぐみすえ、ささやいた。


 三野村利左衛門は、小栗家で中間として奉公したのちに両替商を営んだ人である。かの「三井財閥」の祖といえば、わかりやすいだろう。


 大坂でグラバーに会うのに、紹介状を書いてもらったことがある。その三野村である。


 三野村は、小栗が罷免されるとすぐアメリカへの亡命を勧めることになる。軍資金として千両箱を準備して。が、小栗は、それをやんわり断るのである。ただし、万が一にも妻子が路頭に迷うようなことがあれば、そのときには援助してやってほしい、と頼むのだ。


 小栗と数名の家臣は、この後、上野国で東征軍により、冤罪、ていうか、いいがかりをつけられて斬首されることになる。彼の妻子は、逃避行のすえ会津にいたり、しばらく会津候の世話になってから江戸、いや、東京へ戻る。その世話を、約束通り三野村がするのである。


 小栗は驚き顔で、こちらをみている。


 その疲れきった表情かおには、三野村との密談を、なにゆえしっている、と刻まれている。


 ウイキペディアさんから教えてもらったのですよ、といいたいのはやまやまだが、彼がわかるわけはない。


「ご家族で、その忠告に従われてはいかがでしょうか?小栗様、あなたは罷免されようとも優秀なお方です。幕府みかたは、ほうっておいても薩長てきはそうはいたしません。今後、あなたがどこにいらっしゃろうと、薩長てきはあなたを・・・」


 小栗は、さすがである。そして、おれが忠告せずとも、すでにそのことに気が付いている。


「ご忠告、痛み入ります」


 小栗は、しばし視線を足元に落としていたが、それをあげて静かに答えた。


「妻子のことは、三野村に託しております。わたしは・・・。そうですな。わたしのできるかぎりのことをやりたいのです。たとえいかなることになろうとも、わたしは、自身の義を通したい。はは、ただの偏屈ですな。ですが、主計殿、其許のご忠告、ありがたく胸におさめさせていただきます」


 やはり、小栗は死を覚悟している。幕府が坂を転がり落ちる瞬間に、覚悟をしたのかもしれない。それでもかれは、自分にできるだけのことをやった。ベストを尽くした。


 それらはすべて、かれの信義によるもの。


 ちなみに、かれは、「彰義隊の隊長」に、と勧められもしたが、それも「大義名分のない戦いはしない」、と断っている。

 

 この会話をきいていた永井も、じつに残念そうな表情かおである。


 このあと、副長は蟻通と池田に二人を送らせた。




 双子の握ってくれる寿司と鍋を、みな堪能しまくった。


 見張りを絶やすわけにはいかない。が、この夜はさらなる客人もあるため、双子がその任につくという。


 ゆえに、全員が腹いっぱい喰った。


 死んでもいい・・・。


 この時期、ジョークにしてもビミョーな表現ではあるが、そう思えるほど美味かったことはたしかである。


 そして、深更、さらなる客人がやってきた。


 紋付き袴姿の二人連れである。

 一人は、年配の男性。いま一人は、総髪をポニーテイルにしている


 その二人を出迎えたのは、三人の組長たちとおれ。


 組長たちも、その二人とは面識がある。


「新門の親分さん、久方ぶりです」

「おうっ新八。京での活躍、きいてるぞ。宇八郎うはちろうのこと、きいてるか?やっこさん、人を集めてひと暴れしようって算段だ」


 年配の方、つまり、新門の親分が声をひそめて告げた。


「いえ、あいつにはまだ・・・。あいつらしい」


 永倉は、苦笑した。


 宇八郎とは、市川宇八郎いちかわうはちろうのことで、永倉とおなじ松前藩の子弟である。餓鬼の時分ころからつるんでいる、いわば幼馴染だ。こののち、新撰組と袂をわかつ永倉と原田は、この宇八郎と靖兵隊を結成し、関東を中心にゲリラ活動をおこなう。


「左之。おめぇもあいかわらず、いい男っぷりだ。斎藤。おめぇは、歳坊をよく護ってくれてるらしいな」


 原田も斎藤も、一礼して新門の言葉を受け止めた。


「あー、お芳さん、あいかわらず別嬪だな。将軍のお妾だなんて、おれらには高嶺の花だ」


 副長につぐ女たらし、もといジゴロの原田も、お芳さんは苦手らしい。やけに下手にでている。


「いやぁね、左之さん。そんなみえすいたお世辞はいらないわ」


 男装の麗人、というのか。紋付き袴姿のお芳さんが、ばっさりと原田を斬り捨てた。


 斎藤にいたっては、ひきつった笑みのみである。


「俊冬と俊春が、話をつけています。こちらへ」


 永倉がいい、組長たちがさきにたってあゆみだす。


「おうっ、主計に兼定も、かような深更に申し訳ないな」


 超有名な侠客に、一礼する。相棒は、尻尾をぶんぶん振り、それに応えた。


「結局、歳はなんにもしてくれなかったのね」

「おいおい、歳坊も忙しい身だ。わかってやれ」


 まえをあゆむ父娘の会話をききつつ、苦笑してしまった。


「葵の間」の玄関先で、副長がまっている。


「おいおい、まるぎこえだぞ。勘弁してくれ。希望はかなったんだ。それでいいだろうが」

「歳さん、まったくもうっ!役に立たなさすぎよ。なによ、京の女にはやさしいっていうのに・・・」


 副長にちかづくと、小声で文句をいうお芳。そのままとっとと入ってしまった。


 え?いまのだと、副長の京での女遊びをしっていることになる。まぁ、噂どころかトレンディな話題である。しってて当然か。


「土方さん。あんた、いいかげんにせんとな。将軍様のお妾にちょっかいだすなんざ、かような状況じゃなきゃ、あんた、切腹だぜ」

「新八の申すとおり。このまえのこともある」


 永倉と原田は、苦笑した。もちろん、斎藤も。


 将軍は、京で自分の外妾がちょっかいをだされ、江戸ここではお気に入りの俊春が精神的苦痛を味あわされたとしったら、どう思うだろう。


 どちらも、土方歳三という男によって、である。


「すまねぇな、歳坊。あいつも頑固でな。誠は、感謝してるはずだ」


 新門の親分のフォロー。副長もまた苦笑した。


 玄関先でまつことにした。次の間に、双子が控えている。


 お芳さんも、二人っきりになりたいであろう。


 まっている間、新門の親分に「博徒や侠客たちが加わりたいので、仲介の労をとってほしい」、といわれていると告げられた。


 かれらだけでなく、穢多頭の矢野弾左衛門やのだんざえもん。通称浅草弾左衛門が、手下てかをしたがえ加わりたがっているという噂もあるとか。


 弾左衛門は、穢多非民を統括する長ともいうべき人物である。

 鳥羽・伏見の戦いで貢献し、ついさきごろ、手下てか六十数名とともに平民に取り立てられている。


 その弾左衛門が加わるということも、かれのウイキペディアをみてしっている。


 だが、皮肉にも、かれらのほとんどが甲州に着くまでに逃散してしまう。そのことも、しっている。


「そりゃありがたい。いまは猫の手も、あ、犬の手は借りてるが、なんでもいいから力がほしいところです」

「なら、ちかいうちに秋月様の屋敷にいかせらぁ。弾左衛門のほうは、松本先生のほうに仲介の労をとってもらうって話だ」

「お願いします、親分」


 そのとき、奥からお芳さんがやってくるのに気がついた。


 うしろに、双子を引き連れている。

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