やったのかやってないのか?
「お芳殿、副長はちゃんとてはずを整えてくれております。ただし、此度一度のみ。上様の心中もお察し願います」
「ええ、わかってる。伝えられなかったたった一言を、直接会って伝えたいだけ。以降、金輪際、会うつもりはないから」
「いさぎよし。さすがは、新門の親分さんのお嬢様。美しさのみならず、気高き心でございますな」
うひゃー。俊冬、あんたすごいよって、心底感心してしまう。
それにしても、おれたち、天下の公道でなにやってんだ?
道ゆく人は、新門の親分とその娘と気がつくと、会釈してとおりすぎてゆく。
「おっ双子よ、まとめてくれたか?助かったぜ。ところで歳坊、いま、双子にも話してたんだが、新撰組んとこ、人が減っちまってるんじゃねぇのか?うちでなんとかしてやりてぇんだが、江戸を任されてるってこともあってな。だが、此度の借りもある。男どもをどうにか集めてみよう」
「それは、ありがたい。ぜひ、頼みます、親分」
お芳さんとはまたすぐに会う約束をし、父娘とわかれる。
「いいんですか、あんな安請け合いして」
日本橋の魚市場で買い物をしながら、嫌みっぽくいってやる。
「それにお二方は、タラシ力も半端ないんですね。ああやって、女性をひっかけたりするんですか?」
さらに、嫌みを炸裂させる。
相棒の綱は、ふたたび副長が握っている。
「安請け合い?失礼なことを申すな。お芳殿の願いは、ちゃんとかなえる。上様の謹慎も、体裁を取り繕っているだけ。それに、女子と会えるのだ。否とは申されぬ」
「兄上の申すとおり。それはそうと、主計、タラシ力とはどういう意味だ?女子をひっかける?無礼すぎるのではないか?」
「さよう。弟の申すとおり。われらは、感じたことを素直に表現している。それのどこが悪い?そもそも、われらは、女子をひっかける必要などどこにもない」
二人そろって反撃してくる。
だいたい、女性に対してあれだけのことを天然にいってるのだとしたら、相当なものだ。そんなわけ、絶対にない。
異世界転生で、ジゴロでもやっていたにちがいない。
「それで副長、お芳さんとは、誠になんにもなかったんですか?」
二対一で勝てるわけもなく、副長に無理くりに話をふる。
「主計、おめぇはおれのお袋か?いちいち、おれがだれと寝たかってこと、おめぇに告げなきゃならねえってのか、ええ?」
「はい?」
思わず、歩をとめてしまう。双子もともに・・・。相棒も、驚いた表情で副長をみあげているが、綱を握られているのでそのまま連れてゆかれる。
いまのって、婉曲話法ってやつ?それとも、比喩表現?もしや、伏線?いやいや、単純にごまかされてる?
「おおっと!」
双子と三人でつぶやいてしまう。
いや、これはこれで、ヤバくね?っていいたい。
まさか、副長の将軍への怒りは、お芳さんがらみのこともあるとか?
「副長のいらっしゃらぬところで、会っていただいたほうがよさそうだ」
「ええ、兄上。ですが、そうもいきますまい。それに、わたしもかなり気まずいのですが・・・」
副長と相棒を追いかけつつ、双子が話をしている。
「ああ、たしかに。女子の勘はするどいからな。おまえが上様の寵愛を一身に受けていること、気づかれているな。おまえをみるお芳殿の瞳、百丁の銃を向けられるよりも怖ろしく冷え冷えとしていた。俊春、くれぐれも背後に気をつけよ。うしろから、ぶすり、なんてことになったら・・・」
俊冬は俊春にいいながら、こちらへ視線を向ける。おれと視線が合うと、やわらかい笑みを浮かべる。
「笑えるであろう?ふむ、かならずや大笑いしてしまう。まぁそれはそれで、お笑い隊士の主計の上をゆけるであろうがな」
「いやそこ、笑うところじゃないですよね、俊冬殿?痴情のもつれでぶすり、なんて、絶対に笑えませんってば。古今東西、そういったもつれが一番怖ろしいのです。それに、お笑い隊士ってなんですか?俊春殿も、そんなくだらないことで体はって、ってか、生命はってまで笑いをとりたくないでしょうし、だいいち、そんな必要ないですよね?」
「鬱陶しいやつだな、主計。弟は、なんでも全力で相対する。お笑いだろうがなんだろうが、全身全霊をもって挑むのだ」
はいはい。異世界転生で、「M1グOンプリ」でも目指してたんでしょうよ。
『将軍職返上しちゃったら、別れた元カノの元カレがやってきてマウンティングされながら、寂しさに負けて野郎を抱いちゃって、元カノにバレて泥沼化するのって、やっぱフツーだよね』
謹慎中の手持無沙汰解消と欲求不満根絶のために、そんなながーいタイトルのノンフィクションでも書いたらどうですか、と将軍にお勧めしたくなる。
兎にも角にも、将軍とお芳さんの再会が穏便にすみますように、と祈らずにはいられない。
日本橋で、大量に魚を仕入れた。
今宵、双子が握りをふるまってくれるという。さすがは、異世界転生で寿司屋だっただけのことはある。
四人で手分けして仲良く魚を運び、魚臭くなりながら寛永寺へと戻った。
夕餉は、江戸前寿司である。それに備え、体を動かそうと、宿所がわりの庵の外にでてみた。
同様の考えの喰いしん坊さんたちが、刀を携え外にでている。
「木刀、もってきたらよかったな」
「いっそ、真剣でやりましょうよ、新八さん」
「おいおい、いくらなんでも・・・。まっ、おまえらだったら、万が一ってこともないわな」
組長三人が、物騒なことを話している。
そのとき、相棒がすっくと立ちあがり、門のあるほうへ体を向ける。耳が、ぴくぴくしている。
だれかやってきたのである。尻尾をふりふりしていることから、顔見知りであるのは間違いない。
ほどなくして、木々の間を縫うようにだれかがあらわれた。
町人の恰好の男性二人である。
おれたちに気がついたようである。一人が、掌をふっている。