主計 女性に頼みごとをする
「おお、こいつが噂の兼定か?さわってもいいかい?」
「どうぞどうぞ」
全身全霊をもって勧めると、新門の親分は相棒のまえで両膝を折り、慣れた手つきで相棒の顎の下や耳のうしろをかいてやる。
「やっぱ、江戸の犬はこうでなくっちゃな。きゃんきゃん吠える毛玉みてぇなのは、性にあわねぇ」
「そうですよねー」
ここぞとばかりに、双子に舌をだしながらおもねる。
ってか、これが強き者に媚びへつらう、の図ってか?
「だから、いってるだろう?ならば、そうだ、俊冬と俊春、あいつらに頼め」
「歳っ、あんたに頼んでたでしょう?それをなによっ」
「おおっと、忘れてた。おいっ、おめぇらで歳坊を助けてやってくれ。おれじゃぁ、どうにもならねぇからよ」
まだつづいている喧嘩、ってか、一方的な口論に、新門の親分が双子に頼み込む。
江戸一番といっても過言でない侠客も、自分の娘には弱いらしい。
「ええっ?」
双子が同時に叫ぶ。
「歳坊?」
さらなる叫び。
双子、そこか?ええ?そこなのか?歳坊に喰いつくのか?
まぁたしかに、歳坊って、とは思うけど・・・。
「歳坊は、餓鬼んときからしってんだよ。餓鬼の時分、上野に奉公にきたときからよ。そのすこしあと、年下のお芳に口で負けちまってから、歳坊はお芳が苦手でな」
「ええええっ!」
副長のとんでもない黒歴史に、驚愕の叫びが双子とかぶる。
「おいらはどうも、あいつの育て方を間違っちまったみてぇでな。まわりの男どもを、いいようにこきつかってる。歳坊も、その一人ってわけだ」
じゃぁ、元カノではなく、子分ってこと?つまり、「ひざまづきなさい」ってお嬢様系の哀れな従者ってこと?
ぷぷぷっ、笑える、マジおもろっ。
「新門の親分、あいにくではございますが、われらも・・・」
俊冬はクッション言葉を駆使しつつ、対応について後ろ向き発言をする。
「主計、さぁ腕のみせどころだ。副長の親衛隊として、見事、副長をお救いし、果てよ」
「ちょっ、俊冬殿?女子にもてぬおれが、救えるわけがないでしょう?それに、果てよって・・・」
「いや、いまのお芳は、慶喜様からお暇をいただき、傷心中だ。その慶喜様に会わせてくれ、と歳坊に頼んでる。いまなら、男と名のつくものならなんでもいい。ゆえに、主計、あんたでも」
はい?男と名のつくものならなんでもって・・・。
「やだっ、あたし、身も心も『お・ん・な』よ、うふっ」
とっさに、おねぇ譲りの秘技をかます。
しーん・・・。
三人と、一頭の瞳・・・。
くそっ、はずしたか、おれ?
「いやですわ、主計様」
俊冬が、懐を脅かし身をあずけてくる。
「誠の女子とは、もっと熱いもの。そうじゃありませぬか?」
俊冬が右の耳に熱い息とともにささやいてくる声音は、情熱か?兎に角、熱いもの。両腕を、頸に絡めてくる。
「男らしいところを、みせてくださいな」
俊冬の相貌が、相貌が、ちかすぎる。洋画にでてくるダイナマイトセクシーな娼婦みたいに、唇をおれのそれへとよせてくる。
不覚にも、あまりにもリアルすぎてドギマギしてしまう。
気がつくと、泥沼論争中の副長とお芳さんのほうへと、あゆみはじめていた。
背で、四つの忍び笑いをききながら・・・。
「あ、あの・・・」
二人にちかづくと、おそるおそる声をかけてみる。
お芳さんは、男勝りの美人というのか。いや、ボーイッシュでかわいい、というのか。
叱ってもらいたい、頼りたい、っていう男性にはぴったりなタイプである。
将軍が唯一自分をさらけだせるのが、このお芳さんなんじゃないのか?
弱音をはいたりハッパをかけてもらったり、尻を叩いてもらったり・・・。
そんな気がする。
だからこそ、京に同道させたし、男尊女卑色濃厚な海軍の艦にも同乗させ、連れかえったのか、と。
幼少から荒っぽい男たちのなかで育ったのなら、こういう性質になるのも仕方のないこと。
美しく可愛いが、あきらかに副長のタイプじゃない。
副長は、つねに自分がリードしつづけたいタイプだから。
おれなら、ウエルカムなんだけど・・・。
って、きいてないし、およびでないってか。
「主計、こいつに、無理だっつってくれ。おれに、そんな権限はねぇってよ」
副長の頬と顎が、真っ赤になってる。気の毒だけど、たまには女難があっても、バチはあたらないって気もする。
「だれなの、あんた?」
イイ女性にキッと睨みつけられても、もともと女運に縁のないおれである。
ビビることなんて・・・。
「あ、ああ、そうです。そうなんです。副長は、権限が・・・」
「なにいってるの、あんた?だれ、ってきいてるのに」
将軍のいい女性であっても、着ているものはそこいらの江戸女性同様江戸小紋なんだな、と。
「いえ、副長は、はい。やはり、権限がないので・・・」
「あんた、馬鹿にしてるの?」
矛先が、こっちに向いてしまってる。
「お芳殿、上様からの贈り物の鼈甲の簪、素晴らしいですな」
「さよう。揃いの鼈甲の櫛も、よくお似合いです」
うおっ。いつの間にか、双子が・・・。
かのじょを間にはさみ、つぎからつぎへとお世辞をいいまくってる。しかも、すべて上様にからめて・・・。
俊春が三本しか指のない掌を振ると、相棒がお座りしたまま甘えた声をだす。
「上様の警固犬の兼定号も、上様にかわってあなたの様子をみに参っております」
きわめつけである。俊冬の嘘八百に、副長も唖然としている。
「まぁ・・・」
上様連射に、お芳さんは撃沈される。機嫌をなおし、落ち着き、笑顔まで。
笑顔、きれいだなぁ・・・。
ってか、おい双子、最初っからやってくれよ。相棒までつかって・・・。
「やっぱ、この三人は、おれにはなくてはならぬ存在だな・・・」
副長のつぶやき。たしかに、三人っていった。
双子、それから相棒ってか?
ううっ・・・。
またしても、双子にはめられた。