新門辰五郎と娘のお芳
「ああ、あの声音は、新門の親分だ」
俊冬のつぶやきがおわるかおわらないかのタイミングで、女性が駆けてくるのがみえた。
うわぁ、わりとイケてる女性だー、っと感じる間もなく、あっという間におれたちの傍を駆け抜けてゆく。
はやっ!日本新か?
瞳をみはってしまう。
「お芳さん?」
右側で、俊春のささやき。
「おーい、まちやがれ。くそっ、年寄りを駆けさせるんじゃねぇよ、べらぼうめ」
年配の男性が、ゼイゼイと息をきらしつつおれたちの傍まで駆けてき、上半身を折って呼吸を整える。
往年の名時代劇「暴れO坊将軍」で、「北島O郎」が演じる「め組」の親分のような、火消しのはっぴを着用している。
「新門の親分さんじゃありませぬか。京では、お世話になりました。無事に京より帰還されたと、ききおよんでおりました。ご無事でなによりでございます」
俊冬の挨拶をききながら、これが、あの新門辰五郎親分?と驚く。
新門辰五郎。京の会津の小鉄や清水の次郎長同様、この時代の有名な侠客である。それから、火消しでもある。
「おおっ、似てねぇ双子か。いや、こっちこそ、おめぇらが逃走の道程を教えてくれたおかげで、こうやって無事、戻ってこれた。礼をいうのは、こっちだ。大樹公の「金扇」も、無事お返しすることができたしよ」
有名な侠客は、息を整え背筋を伸ばす。
わお・・・。webの写真より若くて恰幅がいい。
どことなく危険なオーラをまとってはいるものの、仁義に厚いって感じもある。小柄だが、筋肉質。もっと若い時分は、女性にもてたにちがいない。かっこよさが、そのまま継続中って感じである。
会津の小鉄とはまたちがう意味で、かっこいい。
かれにはいろんな逸話があるが、どれもしびれるものばかりである。
一言で形容するなら、ガチ誠の漢、であろう。
「まちなさいっていってるでしょう、歳っ!この助兵衛がっ」
その怒声に視線をそちらへ向けるのと、「ばちんっ」と音高く平手打ちが炸裂したのが同時である。
「ああ、なんてこったい」
有名な侠客のつぶやき。
「おおっと」
「おお・・・」
「おお・・・」
おれと双子もまた、それぞれにつぶやく。
10mほどさきで、副長が件の女性に平手打ちを喰らったのである。
「ななっ、いってぇなにしやがるんだ、お芳っ」
「あんたが悪いのよ、歳っ!まちなさいっていってるでしょう」
「きこえなかったんだよっ」
突如はじまった喧嘩に、往来の人々も歩をとめみている。
二人の勢いに、相棒も動転しているのか、綱がぴんとはるまで副長からはなれ、おろおろしている。
お芳・・・。って、将軍の外妾の?あのお芳?
ええええっ、副長の元カノなわけ?
ええ?将軍に敵意満々なのは、まさか元カノのことも関係してる?
思わず、勘ぐってしまう。
「歳っ、あんた、いつになったら、会わせてくれるのよ?約束したでしょう」
「だから、幾度もいってるだろう?それどころじゃねぇって。おれより、幕臣か旗本のどら息子に頼んだほうがはや・・・、いてぇっ、やめろって」
平手打ちのおつぎは、見事なアッパーカット。副長の顎にきまったパンチ。
お芳さん・・・。なんておっかない女性なんだ・・・。
このまえ会った和宮親子内親王や、そのお付きの桃の井がしとやかすぎるのかもしれないが、それでもインパクトもパワーも強すぎる。
「いてててて・・・」
顎をおさえるのに綱がはなれ、相棒がこちらへ駆けてくる。
これが刀を振るう凶漢なら、相棒も身をていして副長を護るが、しりあいっぽい女性で、ってか、元カノっぽい女性を相手に、太刀打ちできるわけ、いや、したくなるわけない。
「夫婦喧嘩は、犬も喰わぬ」っていうし。
ちょっとちがうか、これ?
「相棒・・・」
むかえてやろうと両腕をひろげた瞬間、相棒は向きをかえ、双子のほうへ駆け寄る。
はあああ?またしても、またしても、ないがしろに・・・。
「おお、兼定、怖かったろう?案ずるな、ただのうふふの喧嘩ゆえ、すぐにうふふになる」
しかも、俊春の謎説明。
うふふって、いったいなんだ、俊春?
「おいおい、とめてやってくれ、双子。ってかよ、おめぇらのその相貌、いってぇなんだ?京で会ったときには、なかったろう?だれに、やられた?まっ、元がいいから、傷も映えてるわな、なぁあんちゃん?」
はい?なんでそこ、おれにふるかな、親分さん?
「おおっと、あんちゃんははじめてかい?」
「ええ、新門の親分さん。新撰組の役立たず兼引き立て役の腐隊士相馬主計です。親分さんの噂は、かねがね」
俊冬にさきをこされるまえに、自虐ネタをふっておく。
ふふん、これでどうだ、双子?
「親分さん、主計は、弱きをくじき、強きに媚びへつらい、女子にもてず、かと申して男子にも関心をもたれず。とりえは、他人を笑わせることのみ、という新撰組でひどーっく人気のある隊士でございます。ああ、こちらの洋物の犬は、兼定。局長や副長から信頼され、新撰組でもそれ以外でも、人気のある名隊士でございます」
俊冬の四本しかない掌の人差し指がおれを指し、ついで、掌でふわりと相棒を示す。
「ちょっ、俊冬殿、どんだけおれを貶めたら気がすむのです?どんだけおれをおちょくり、いじったら気がすむのです?もうっ、いいです。どうせ、おれは、しがないコメディアン。いつ芽がでるかわからないのに、いつか大舞台に立つって夢ばっか追ってる夢想家ですよ」
新門の親分は、俊冬との会話をにこにこしながらきいていたが、職人みたいに年季の入った掌を伸ばすと、おれの肩をぱんとはってくる。
「いやいや、あんたが主計か?あ、主計って呼ばせてくれよ。堅っ苦しいのは苦手でね。こいつらからきいてるよ。さきの「金扇」も、あんたからの言伝だってな。こいつらより、あんたに礼をいうべきだった。ありがとよ」
いい人だ・・・。江戸っ子も、いろんなタイプがいるものである。
会津の小鉄同様、侠客っていい人ばっかじゃないか・・・。