からくり
相棒が駆けてきて、副長と双子に体当たりする勢いでじゃれつきはじめた。
な、なにぃーーーーっ!
クールな相棒が?なんで?おれには、「ふんっ」なのに?
「おぉよしよし、兼定。興奮するな。案じさせたな。もう仲直りした。ゆえに、大丈夫」
副長、それから双子がなだめ、ようやく落ち着く相棒。
いいんだ、もう。相棒は、おれの相棒ではなく、新撰組の看板犬なんだ。
そのうち、SNS上で「新撰組の隊士犬」として、その活躍中の写真や動画が投稿され、バズって閲覧数がものすごいものになり、世界的に有名になるだろう。
「それにしても、すごい忍術でしたね」
内心の動揺を悟られぬよう、ちがう話題をふる自分の声が、ふるえを帯びている。
みな、じとーっとこちらに注目する。
「ああ、たしかにすごかった。誠の忍びも、呆然としておったから」
やさしい島田がいいだすと、ほかの者も口々にすごかったと、褒めだす。
すると、双子が大笑いしはじめた。二人とも、目尻に涙がたまるほど笑っている。
「あれは、忍術ではござりませぬ」
笑いながら、俊冬がいう。
「主計、おぬし、草双紙をよみすぎではないのか?おぬしの心に浮かぶものを参考に、脚色しただけのこと。本来、忍術とは、他者の瞳をごまかしたり、だましたりするもの」
副長を立たせながら、自分たちも立ち上がり、俊冬は説明する。
まずは俊冬が、さもすごい忍びであるかのように、さらには、ミステリーチックな存在であるかのように、話術でもって沢村を暗示にかける。
俊春が手裏剣や毒針を受け止めるのは、弾丸や剣を受け止めるのとおなじ要領。
「変わり身の術」は、事前に樹の上に大木を準備していた、という。
それから、俊春自身、奇抜すぎる恰好、くわえて語り口調で、沢村にさらなる暗示をかける。
そして、さもそれっぽく印を結ぶ。
本来、「九字護身法」とは、除災戦勝等を祈る作法である。忍びの意味においては、保身であったり、オンオフをきりかえるもの。
忍者漫画でよくきっているが、あれは、あくまでも演出効果である。
とはいえ、俊春の印はカッコよすぎである。
「ナOト」が実写化されるようなことがあれば、ルックスもいいし、オファーがきそうだ。スタントマンなしに、演じることができる。
「火遁」。これは隠しもっていた竹筒から油を口に含み、これまた事前に熾して隠しもっていた火に向け噴きだしたもの。見事、火炎放射器のごとく、口から火が飛びだしたわけである。
「よい子は、真似しないでください」ってやつだ。
ときどき、創作にでてくるトリックである。
プチ池での水上歩行は、あらかじめ水中に杭を打ち込んでいたという。その杭の上を、さも水上をあゆんでいるかのようにみせかけたわけ。
そして、それにつづく「水遁」。
じつは、このプチ池は水脈につながっているらしい。日に二度、ほぼ一定の時刻に、水中から大量の水が上がってくるとか。俊春は、そのタイミングをはかり、水があがってきた瞬間に手刀を打ったという。
かれの手刀の圧で、池が真っ二つに割れ、水柱があがった。さらに、沢村に向けて手刀をふるい、水柱を命中させたわけである。
水脈と同様、この冬の時期、すさまじい突風がおこることがあるらしい。その風の道筋、タイミングをはかったという。
そういえば、そのまえに風がでていた。
俊春は、そのタイミングにその風の通り道に立ち、突風がやってきたと同時に、池のそばに隠していた木刀を打ち振ったわけである。
かれの斬撃による剣風がすごいことは、身に染みてわかっている。
ちなみに、例の沢村を主人公にした漫画では、沢村がおなじ要領で、山からの強風でもって、 まるで神風のごとくペリー艦隊の艦に打撃を与えている。
そして、勝負の決着をつけた「土遁」。
俊春は樹上にのぼり、その枝に準備していた手裏剣を投げ、沢村をある場所へと追い込んだ。
そして、印を結びつつ落下、着地と同時に地面をぶっ叩く。
沢村は、裂けた地面にのまれる・・・。
落とし穴、である。双子が事前に掘っておいた落とし穴に沢村を追い込み、そこへ落したのである。
トリックをきいたあとでも、だれも「なーんだ、つまらぬ」とか、「すごいと思って損をした」など、だれもいわない。
すべてを調べ上げ、緻密に計算し、ことを運んだ成果なのだから。しかも、俊春自身の力によるものもおおきい。
「いや、やっぱすごいわ、おまえら」
原田のその一言は、全員、いや、大石をのぞいて、を代表しての讃辞である。
それにしても、おれの心に浮かんだイメージだけで、あそこまで完璧に再現できるのか?
そもそも、それだけのことを思い浮かべたであろうか・・・。
そのことが、一番不可思議である。
翌朝、局長に付き添われ、将軍がわざわざ宿所にきてくれた。
その表情は、憔悴しきっている。
一晩中、局長に今後の情勢や、幕府に対する想いを語られたらしい。うとうとしようものなら、分厚い掌で両肩をがっしりつかまれ、ゆさぶり死しそうなほど激しく揺らされたとか。
しかし、新撰組がまだ一両日はいるということをきいた将軍は、じつにうれしそうな表情になった。
それが、印象的であった。
この日、局長は医学所へ戻り、副長のお供で会津の上屋敷にいった。双子も同道している。かえりに、食材も仕入れるという。
もちろん、相棒もいっしょである。
上屋敷での雑務がおわり、日本橋へとむかう。なにゆえか、副長もついてくるという。
まぁ、まがりなりにも新撰組の副長である。その生命を狙おうというイタい連中がいるかもしれない。
同道してもらったほうが、いいにきまっている。
それが、双子とおれのキモチである。が、副長のキモチは、軍服姿を江戸のすべての女性にみせつけたい、というものにちがいない。
イケメンズに囲まれ、あゆむ。老若男女関係なく、こちらへ注意をそそいでいる。
あらためて、そのことを実感する。
もちろん、人々が注目するのはおれではない。
イケメンズと狼みたいな相棒に、である。
仮の屯所をでるまえ、副長が「相棒の綱を握らせてくれ」、と謎依頼してきた。
十二分にカッコいいのに、これ以上オプションは不要ではないか?
この場合のオプションとは、相棒である。クールな狼みたいな犬をひきつれていたら、よりいっそうカッコよさに磨きがかかる、というわけである。
その謎にして傲慢な依頼を、腐隊士であるおれが断れるわけがない。
新撰組で、拒絶はタブー。たとえ、150年以上さきにモンスター部下や後輩がおろうとも、新撰組では、それは通用しないのである。
イケメンがイケメンを左右に従え、クールな狼みたいな犬を連れてるの図・・・。
もはや、おれは引き立て役にすらなってない気がする。
「歳さーん」
間もなく魚市場というところで、うしろから黄色い声が飛んできた。
たしかに、としさん、と。それは、先日の沢村の偽名「としじいさん」ではなく、土方歳三の『歳』、にちがいない。
歩をとめたのは、双子とおれである。副長だけは、まだあゆみつづけている。相棒が頭を巡らそうとするも、綱を握る副長があゆみつづけているので、自分もあゆまざるをえない。
「副長、歳さんって、副長のことじゃないんですか?きっと、元カノですよ。副長?」
うしろから呼びかけるも、副長はとまろうとしない。それどころか、速度が速くなっている。
「副長っ、きこえてますよね?副長っ!」
「歳さん、まってよ。歳さんっ!」
「おーい、歳坊っ!」
女性の声につづき、年配の男性の声まで飛んでくる。
しかも、歳坊?
思わず、双子と相貌をみあわせてしまう。