震え
「「之定」の手入れをしていました」
鞘に納めたばかりの得物をかかげてみせると、副長は一つ頷く。
「大丈夫なのか?」
廊下からまじまじとみおろし訊ねる副長の表情は、気遣わしげにみえる。
それとも、灯火の光の加減でそうみえるだけか?
「ええ、なんとか。いまさらですが、震えが止まりません」
「案ずるな。みな、おなじだ」
「副長も、ですか?」
驚いてきくと、副長はおかしそうに笑う。
そのさわやかな笑顔は、壬生浪をまとめる男にはみえない。
「ああ?おれか?」
副長は、さらに笑う。
「まぐれでも、斬ることじたい、ちゃんとできたときはな」
笑い声がきえる。
TVの音声を、ミュートにしたように・・・。
「そうだな。さっきみたいにうまくいったときには、たいていあとになって怖くなる」
「副長が?」
「おいおい、おれをなんだと思ってやがるんだ、えっ主計?ちったぁまともな精神の残ってるやつなら、他人を斬ったあとにはなんらかの影響がでるもんだ。平気なやつは、精神が壊れちまってる。大石や、河上玄斎のようにな。もっとも、新撰組で生き残ってここにいるってところで、どいつもまともじゃねぇんだろうがな・・・」
内心で驚いてしまう。
副長でも、そんな考えをもっているということに。
だが、その考えはよく理解できる。
なんらかのかたちで、他人の生命に携わる仕事に就く者共通の、感覚なのかもしれない。
「着物をもってきた。血がついているぞ」
部屋に入り、着物を差しだされる。
その指摘ではじめて、副長から借りて着用している着物に、返り血がついていることに気がついた。
「すみません、借りておきながら」
「之定」を畳の上に置き、差しだされた着物を受け取る。
「気にするな。おれのとまとめて洗濯屋にだす」
副長は、どさりと胡坐をかく。
すぐに着替えろ、ということか?
躊躇してしまう。
他人に、裸をみられたくない。正確には、上半身をみられたくない。もちろん、下半身もいただけないが、それ以上に、という意味である。
が、このシチュエーションで着替えないわけにもいかない。
仕方なしに立ち上がると、着ている着物を脱ぐ。
ここにきてから勘弁してくれ、と心底思ったことがある。
それは、褌である。
着物や袴は、慣れている。剣道で袴は着用するし、居合いでは袴に道着や着物をきる。
しかし、さすがに褌はない。当然ながら。
現代人でも、褌愛好家はいるかもしれないが、すくなくとも、おれはそうではない。
バリバリのトランクス派である。
ボクサー派でもブリーフ派でもなければ、まさかのすっぽんぽん派でもない。もちろん、女性用ショーツ派でも・・・。
まぁそんなことは、どうでもよいこと。
兎に角、野村からそのしめ方を教えてもらうのに、どれだけ恥ずかしかったか。
教えを乞うのに、あれほど恥ずかしい内容のものは、いまだかつてない。そして、これからもけっしてないはず。確信している。
でっ同時に、パンツという存在に、心から敬意と親しみをもった。
つまり、そのはき心地、利便性、すべてにおいて、つくづく優秀であるとあらためて認識させられたのである。
「拳銃か?」
万事に気のつく副長が、これを見逃すはずはない。
これをみられたくないので、いまや温泉すらいけないでいる。
「ええ、そのとおりです」
言葉すくなめに答える。
すばやく新しい着物を羽織り、それを隠す。
心臓のちかくに、銃創がある。
囮捜査官をやめた理由である。
そして、それは相棒と出会ったきっかけでもある。