小者虐めと侵入
「てめぇっ、このうすのろが。風呂も入らねぇで、臭すぎるんだよ。おい、水をぶっかけてやれ。風呂がわりだ」
「承知」
宿所のまえで、目隠しにボロボロの着物姿の俊春がひきだされた。
その周囲に隊士たちがむらがり、はやし立てる。
永倉の指示で、幾人かが桶に水を汲んでくる。そして、このクッソ寒いなか、桶の水をぶっかけまくっている。
「お願いです。おやめください」
俊春は、弱弱しく、哀れっぽく懇願する。それを隊士たちが笑い飛ばす。
「鬼さん、こちら。おい、うすのろ。捕まえてみろってんだ」
組長をはじめ、隊士たちが俊春を殴ったり蹴ったりしながら笑う。
すぐちかくで、いくつもの息遣い、気を感じる。例の御用盗の残党どもである。この騒ぎを、杜に隠れ、息をひそめて眺めている。
連中は、新撰組が余裕をぶっかまし、小者虐めをやっていると思っているであろう。
そこから、そっと離れる。相棒には、組長たちの指示に従うようにいいおいている。
「みろよ、こいつのこのかっこう。「お願いです、おやめください」だぁ?おいっ、だれか、こいつの汚らしい着物もひっぺはがしちまえ」
「おうっ」
そんな原田の鬼指令を背に、「葵の間」へと戻った。
いつものように、隊士たちが廊下と次の間に控えている。
次の間に入ると、局長と副長、隊士が一人、座っている。
局長と副長は並んで胡坐をかき、隊士はすこしはなれた隅っこで、ぼーっとしている。
「みなさん、水をばんばんひっかけ、笑っています。このくそ寒いなか、風邪をひかなきゃいいですが」
ささやきながら、局長と副長のそばに胡坐をかいた。
「まったく・・・。小者を虐げるなんざ、男のすることじゃねぇ」
「ならばとめねばな、歳。だいたい、おぬしがいびりまくっておるではないか」
「ああ?かっちゃん、あいつはとろくさいんだよ」
鬼見解。
副長は、わざと謗った。だれになにをきかれてもいいように。
就寝中の将軍の邪魔にならぬよう、声はかぎりなく低い。
明かりは、襖から漏れぬよう、皿の灯芯のささやかな灯のみ。せまい室内を、ぽっと浮かび上がらせている。
「どうやら、はじまったようだ」
局長が耳をすました。
外が騒がしい。襲撃が開始されたのである。
「副長、忍び、きますかね?」
「ああ、ぜってぇくる。ぬかるなよ、主計」
副長の言葉と同時に、副長とおれはズボンのポケットから、局長は懐から、それぞれ手拭いをだしてそれを頭にまく。目隠しである。同時に、片膝だちになり、準備している小刀をいつでも抜けるよう構える。
狭い室内である。局長の「虎徹」。副長の「兼定」。おれの「之定」。これら三刀を、縦横無尽に振るうには、物理的に不可能である。
隊士は、無言のまま隅で縮こまっている。そいつは、無視する。
すべての感覚を研ぎ澄ます。手拭いによって視覚が絶たれている分、聴覚に集中することができる。
外の喧騒、それから、すぐちかくの衣擦れの音・・・。
隊士が、みじろぎするのがわかった。
将軍の立てる規則的な寝息にまじり、たしかになにかがいる。なんの音も立ててはいない。が、それを第六感的なもので察知する。
局長と副長も、それに気がついている。阿吽の呼吸で、位置を覚えている襖の引手に掌を添えた。
局長と副長が頷く気配を感じた。
思いっきりそれをひらけた刹那、ぱりんと皿の割れる音が響いた。
明り取りの皿が、割れたにちがいない。
すげー、一瞬にして明り取りの皿の位置をつかみ、なにかを投げてそれを割るなんて。
というわけで、室内は真っ暗になったわけで・・・。
手拭いをはずした。これまで、目隠しで真っ暗にしていた分、暗闇に瞳を慣らす必要もない。すぐに、眼前に人影を認めた。
こちらに背を向け、いままさに振り上げた小刀を振り下ろすところである。さすがに間に合うわけはない。小刀は、寝ている将軍の頭部に突き刺さった。