表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

476/1255

He has gotten plump lately, hasn’t he?(太ったんじゃない?)

 局長たちの反応も、隊士たちと大差なかった。


「おっ、これが、みながうまいと絶賛しているカレーなるものか?」


 局長は膳のまえに座し、掌をうって喜んでいる。まるで子どもみたいに、を輝かせて。


「かっちゃん、あんた、胃の腑は大丈夫なのか?昨夜の料理も、完食していただろう」


 副長は、その隣に座しながら局長のストレス性慢性胃炎を心配している。


「おお、あれか?俊冬と俊春が、ときおり、薬膳料理をつくってもってきてくれるし、按摩に針、香道、漢方薬、薬湯をやってくれてな。嘘のようになくなってしまった。二人がきてくれるまえは、なにを口に入れてもうまくなく、気鬱であったが、いまではなんでもうまい。気分もすがすがしい」


 なんてこと・・・。局長は、ありとあらゆるセラピーを施され、すっかりリセットされている。



「そういや、あんた、太ったんじゃないのか、かっちゃん?」


 上司に向かって、「あんた、中年太りだ。みっともねー」宣言をする副長。


「そうであろうな。飯がうまいから、つい。かくいう歳、おぬしもふっくらしたのではないのか?」


 おあずけを喰らい、イライラマックスの永倉、原田、斎藤、島田、そして、おれ。

 とつじょはじまった「局長の逆襲」に、視線を向けた。


「そんなわけねぇっ!」


 人間ひとって、ホントのことを指摘されるとキレる。


 副長の怒鳴り声は、宿所がわりの庵の外にまで響き渡ったであろう。


「いや、土方さん。たしかに、全体的に丸みを帯びたんじゃないのか?」

「そんなわけねぇっつってんだろうがあああっ、新八ぃぃぃっ!」


 耳がきんきんするほどの怒鳴り声。しかも、副長は腰を浮かしかけている。


「ああ、たしかに。ほっぺたなんぞ、ふにふにしたくなるほどふっくらしてるぞ」

「左之っ、てめぇっ!んなわけねぇだろうがあああっ。なにわけわかんねぇこといってやがる?喧嘩うってんのか、ごらあああああっ!」


 いや、副長、昨夜の双子のこと以上に沸点超えてませんか?


「まぁまぁ副長、太ってもよいではありませぬか。男児だんじたるもの、すこしくらいでっぷりしているほうが、迫力があってよろしいかと。まぁ副長は、いつでもじっと立って采配ふるうのみ。体躯に肉がつくのも無理からぬこと」


 斎藤は、さわやかな笑みを振りまきつつ、NGワード連続技を投げつけるという暴挙にでた。


「すごいな、斎藤・・・」


 島田は、心からの讃辞を送っている。


 そのとき、双子が入ってきた。おかわり用のお櫃や釜を胸元に抱えている。


 このピリピリした空気を、即座に感じるところはさすがである。


「副長、料理人にとって、みなさまの笑顔をみることがなによりの馳走。失礼ながら、みたかぎりでは以前のままでございます。人間ひとは、錯覚を起こしやすいもの。どうか機嫌をなおしていただき、愉しく召し上がって下さい」

「お・・・おお・・・」


 俊冬がいう。不思議と、その通りだと思えてくる。


 あらためて、カレーについて説明した。みな、最初こそ躊躇した。が、おれが喰いだすとそれにつづく。


 いや、これ、反則でしょう?めっちゃうめー。


 刺激物にあまり縁のないみなにあわせ、辛さを控えているこのカレー。辛党のおれでも、心底うまいと思う。いままで喰ったカレーのなかで、親父のつくってくれたカレーのつぎにうまい。


 おっと、親父の得意の料理、すなわち、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉を大量に準備し、三分の一はなんちゃって筑前煮に、三分の一はチキンカレーに、残る三分の一はシチューにし、それをタッパーに詰めて冷蔵庫や冷凍庫にストックする。このシングルファーザー料理の一つ、チキンカレー。これは、別物である。


 ということは、それをのぞけば一番ってわけで・・・。


 まろやかな辛みである。甘い、というのともちがう。コクがあるし、深みもある。鶏肉はやわらかく、口に入れるととけてしまう。玄米と白米を混ぜて炊いた飯にも、実によく合う。


 これぞまさしく、「にっぽんのカレー!」である


「いや、マジでうまいです。いやー、リクエスト、いえ、お願いしてよかった。涙がでるほどうれしいです。お二人は、やっぱすごいですね」

「主計。そこまで褒めたたえてもらっても、われらは貧乏人ゆえなにもだせぬぞ」

「いやだな、俊冬殿。なにもみかえりなど求めていませんよ。レシピ、いえ、作り方を伝授してくださいよ。なにか、コツか隠し味があるんですか?」

「ふむ・・・。禁断の術にて、明かすことはできぬが・・・」


 俊冬のニヒルな笑み。


「砂糖、干し柿を潰したもの、それから、赤ワインをすこし」


 そういえば、リンゴをすりつぶしたものやチョコレート、砂糖といった甘いものを隠し味につかうときいたことがある。あと、ウスターソースなんかも。赤ワインもである。


 さすが・・・。でも、赤ワイン?そういえば、昨夜のフレンチでも赤ワインがつかわれていた。


「上様秘蔵の赤ワイン。仏軍の士官がもってきたものだそうだ。それを、無期限に拝借したのだ」

「はあ?それって、勝手に、ってか、盗ん・・・」

「人ぎきの悪いことを申すな、主計。赤と白の区別もつかぬ上様の所持品。このまま捨て置いても、ワインがかわいそうだ」


 ってか、俊冬との会話も、みな、喰うのに必死で耳にはいっちゃいない。


 副長まで、皿から流し込んでる。


 そりゃぁ太るわ、な・・・。


 うまい料理をみなで喰う。これほど幸せなことはない。


 おっと、もちろん相棒にもおすそわけ。俊春が「スープカレー風味沢庵ぞえ」にしてくれた。


 相棒も、幸せをかみしめながら、犬喰いしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ