He has gotten plump lately, hasn’t he?(太ったんじゃない?)
局長たちの反応も、隊士たちと大差なかった。
「おっ、これが、みながうまいと絶賛しているカレーなるものか?」
局長は膳のまえに座し、掌をうって喜んでいる。まるで子どもみたいに、瞳を輝かせて。
「かっちゃん、あんた、胃の腑は大丈夫なのか?昨夜の料理も、完食していただろう」
副長は、その隣に座しながら局長のストレス性慢性胃炎を心配している。
「おお、あれか?俊冬と俊春が、ときおり、薬膳料理をつくってもってきてくれるし、按摩に針、香道、漢方薬、薬湯をやってくれてな。嘘のようになくなってしまった。二人がきてくれるまえは、なにを口に入れてもうまくなく、気鬱であったが、いまではなんでもうまい。気分もすがすがしい」
なんてこと・・・。局長は、ありとあらゆるセラピーを施され、すっかりリセットされている。
「そういや、あんた、太ったんじゃないのか、かっちゃん?」
上司に向かって、「あんた、中年太りだ。みっともねー」宣言をする副長。
「そうであろうな。飯がうまいから、つい。かくいう歳、おぬしもふっくらしたのではないのか?」
おあずけを喰らい、イライラマックスの永倉、原田、斎藤、島田、そして、おれ。
とつじょはじまった「局長の逆襲」に、視線を向けた。
「そんなわけねぇっ!」
人間って、ホントのことを指摘されるとキレる。
副長の怒鳴り声は、宿所がわりの庵の外にまで響き渡ったであろう。
「いや、土方さん。たしかに、全体的に丸みを帯びたんじゃないのか?」
「そんなわけねぇっつってんだろうがあああっ、新八ぃぃぃっ!」
耳がきんきんするほどの怒鳴り声。しかも、副長は腰を浮かしかけている。
「ああ、たしかに。ほっぺたなんぞ、ふにふにしたくなるほどふっくらしてるぞ」
「左之っ、てめぇっ!んなわけねぇだろうがあああっ。なにわけわかんねぇこといってやがる?喧嘩うってんのか、ごらあああああっ!」
いや、副長、昨夜の双子のこと以上に沸点超えてませんか?
「まぁまぁ副長、太ってもよいではありませぬか。男児たるもの、すこしくらいでっぷりしているほうが、迫力があってよろしいかと。まぁ副長は、いつでもじっと立って采配ふるうのみ。体躯に肉がつくのも無理からぬこと」
斎藤は、さわやかな笑みを振りまきつつ、NGワード連続技を投げつけるという暴挙にでた。
「すごいな、斎藤・・・」
島田は、心からの讃辞を送っている。
そのとき、双子が入ってきた。おかわり用のお櫃や釜を胸元に抱えている。
このピリピリした空気を、即座に感じるところはさすがである。
「副長、料理人にとって、みなさまの笑顔をみることがなによりの馳走。失礼ながら、みたかぎりでは以前のままでございます。人間は、錯覚を起こしやすいもの。どうか機嫌をなおしていただき、愉しく召し上がって下さい」
「お・・・おお・・・」
俊冬がいう。不思議と、その通りだと思えてくる。
あらためて、カレーについて説明した。みな、最初こそ躊躇した。が、おれが喰いだすとそれにつづく。
いや、これ、反則でしょう?めっちゃうめー。
刺激物にあまり縁のないみなにあわせ、辛さを控えているこのカレー。辛党のおれでも、心底うまいと思う。いままで喰ったカレーのなかで、親父のつくってくれたカレーのつぎにうまい。
おっと、親父の得意の料理、すなわち、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉を大量に準備し、三分の一はなんちゃって筑前煮に、三分の一はチキンカレーに、残る三分の一はシチューにし、それをタッパーに詰めて冷蔵庫や冷凍庫にストックする。このシングルファーザー料理の一つ、チキンカレー。これは、別物である。
ということは、それをのぞけば一番ってわけで・・・。
まろやかな辛みである。甘い、というのともちがう。コクがあるし、深みもある。鶏肉はやわらかく、口に入れるととけてしまう。玄米と白米を混ぜて炊いた飯にも、実によく合う。
これぞまさしく、「にっぽんのカレー!」である
「いや、マジでうまいです。いやー、リクエスト、いえ、お願いしてよかった。涙がでるほどうれしいです。お二人は、やっぱすごいですね」
「主計。そこまで褒めたたえてもらっても、われらは貧乏人ゆえなにもだせぬぞ」
「いやだな、俊冬殿。なにもみかえりなど求めていませんよ。レシピ、いえ、作り方を伝授してくださいよ。なにか、コツか隠し味があるんですか?」
「ふむ・・・。禁断の術にて、明かすことはできぬが・・・」
俊冬のニヒルな笑み。
「砂糖、干し柿を潰したもの、それから、赤ワインをすこし」
そういえば、リンゴをすりつぶしたものやチョコレート、砂糖といった甘いものを隠し味につかうときいたことがある。あと、ウスターソースなんかも。赤ワインもである。
さすが・・・。でも、赤ワイン?そういえば、昨夜のフレンチでも赤ワインがつかわれていた。
「上様秘蔵の赤ワイン。仏軍の士官がもってきたものだそうだ。それを、無期限に拝借したのだ」
「はあ?それって、勝手に、ってか、盗ん・・・」
「人ぎきの悪いことを申すな、主計。赤と白の区別もつかぬ上様の所持品。このまま捨て置いても、ワインがかわいそうだ」
ってか、俊冬との会話も、みな、喰うのに必死で耳にはいっちゃいない。
副長まで、皿から流し込んでる。
そりゃぁ太るわ、な・・・。
うまい料理をみなで喰う。これほど幸せなことはない。
おっと、もちろん相棒にもおすそわけ。俊春が「スープカレー風味沢庵ぞえ」にしてくれた。
相棒も、幸せをかみしめながら、犬喰いしていた。