カレーは国民食だよね
「主計、そう気を落とすな。われらも男だ」
俊春が、三本しかない掌をおれの肩に置きながらささやいてくる。
「見目麗しき男。女装も完璧の男・・・」
「なんなんです、いったい?ええ、わかってますよ。あなたたちの化けっぷりは、本物以上ですからね」
睨みつけ、怒鳴り散らす。
「あ、兄上、きかれましたか?せっかく慰めているのに、主計が・・・」
「ああ、弟よ。かわいそうに。主計、これで三度目。「仏の顔も三度」と、申したはずだな?」
俊冬が、立ち上がりかける。
同時に、局長、副長、組長たち、島田、それから、双子まで笑いだす。
「主計、未来の創作は、しょせん創作。それはそれで、いいじゃねぇか。残念だが、そのおおくが、幕末じゃぁありえんこと。おれは、おまえでよかったと、心底、思ってる」
「わたしもだ、主計」
局長、それに副長・・・。
ちょっと感動してしまう。
「ならば、男としてですら役に立たぬ主計にかわり、われらが女装し、華をそえましょうぞ」
せっかくの感動も、俊冬のせいでだいなしだ。
「おっ、いいねぇ。あの太夫、本物以上にきれかった。かっちゃんにもみせてやりたいもんだ。なぁ左之?」
「おうともよ。俊冬だけじゃなく、俊春は、かわいらしくなるにきまってる」
副長と原田の謎おし・・・。
女装の話で盛り上がるって・・・。
欲求不満じゃないのかって思う。
結局、おれって、やっぱ女だったほうが、ウケがよかったのか?すくなくとも、こんだけいじられることなく、ちやほやされたにちがいない。
ぜったい、そうにちがいない。
この夜、なんと、カレーライスがでた。
もう思い残すことはない。この夜、討ち死にしても本望かも・・・。
ちょうどこの時分、日本人がカレーなるものに出会う。とはいえ、ほんのわずか。アメリカや欧州に派遣された、あるいは、留学した武士たちである。
その調理法が日本に紹介されるのは、これよりすこし後のこと。それは、本格的なインドカレーではなく、西洋風のカレーである。
インドを支配したイギリス。イギリスが、独自に西洋風カレーをつくりあげ、それが日本へと入ってきたわけである。
玉ねぎなるものは、明治に入ってから普及する。双子は、どうやって仕入れたのか、玉ねぎをいくつか仕入れ、それに日本のネギと小麦粉を菜種油で炒め、水をいれ、そこに具材を加えて煮る。なんと、具材は鶏肉。チキンカレーというわけである。そこに、カレー粉をいれ、塩で味を調える。最後に、水溶き片栗粉でとろみをつけ、できあがり。
昔懐かしいタイプのチキンカレーである。
そういえば、ここが寺だってこと、すっかり忘れてる。肉やら魚やら、喰っていいのか?
まっ、おれたちは、寺の関係者じゃないしー、いっかー的に、結論づける。
ウホウホ踊ってしまう。いや、狂喜乱舞か?
じつは、ラーメンも大好きだが、カレーも大好きなのである。つまり、典型的な日本人ってこと。
カレーは、カレーライスも大好きだが、本格的なめっちゃかれーカレーが好きである。
「主計、とうとういったか?」
「ああ、もうしまいだな」
「さよう。気の毒なことだ」
「まだ若いのに」
「誠に、残念だな」
隊士たちが、ひそひそと、ってか、堂々と大声でいいあってるなか、カレーの舞を舞う。
「兎に角、これ、うまいんです。おれの郷里では、日に一度は食す人がいるくらいです」
そう、カレー好きは、ラーメン好きに負けやしない。日に一度は食べる人もいるだろう。
「うわっ、なんだ、この糞みたい・・・」
全員が、等しくそう思うのも無理はない。
なにせ、いまはまだしられていないのだから。
1870年すぎにカレーの調理法が伝えられるのにさきがけ、新撰組が日本国内でカレーを食すはじめての日本人となるのである。たぶん・・・。
「なにいってんです?さあっ、だまされたと思って、喰ってみてください」
「なにしきってんだよ、主計」
「だまされたと思ってだ?おぬしにだまされたら、腹立たしいかぎり」
いくらでもディスってくれ。兎に角、喰ってみてくれ。
みな、おそるおそる箸を掌にとる。
って、スプーンがないから仕方がない、か。
箸を動かし、さらにおそるおそる口にいれる。
沈黙。
「うまっ。これは、うまい」
だれかがうまいといいだすと、ほかの者もうまいうまいと、いいだす。
箸ですくうように口に運ぶのも面倒だとばかりに、皿から直接流し込みはじめる。
おかわり続出。双子は、大忙しで飯とルーをよそってる。