暴露
朝餉ののち、局長がやってきた。付き添いのはずの野村は、食あたりで医学所に拘束されているらしい。
まったくもう・・・。まぁ、医者嫌いの野村である。ちょっと気の毒でもある、か。
局長は、双子の相貌をみ、「ムOク」の叫び状態になった。が、双子から、話があるときき、かろうじて驚きや疑問をおしとどめたようである。
「先日、原田先生と主計、それと弟に接触してきた老人を調べました。例の忍びに、間違いはありませぬ。ですが、一人ではございません。開戦前、江戸でおこなわれていた御用盗、あの残党の一部が、まだこの江戸市中に残っていたようで、それをかき集めたようです」
俊冬が、報告する。
薩摩が幕府を挑発するために、おこなわれたテロ活動。浪士たちをかき集め、おこなわせたのである。
そのベタな挑発に、まんまとひっかかった幕府。薩摩藩の江戸屋敷を、焼き討ちしてしまう。
そのテロ活動に加わったほとんどは、捕縛されている。
有名どころでは、相楽総三率いる赤報隊も、西郷から命を受け、加わっていた。
余談だが、相良らは、このときには艦で西へ逃れた。
この悲劇の男は、もう間もなく偽官軍との汚名を着せられ、下諏訪で処刑される。
それは兎も角、捕縛を逃れた浪士たちを、集めたというのか。
「数は?」
「九名。集められた浪士の一人として長屋へゆき、この瞳で確認しております。忍びは、新撰組の存在をしり、新撰組対策のため、依頼主に人をよこすよう願いでたのです」
副長の問いに、俊冬は簡潔に答える。いまので、副長のしりたいことのすべてが詰まっているはず。
「いや、よくぞばれなかったものよ」
局長が、唖然とした表情で問う。
「伊賀者は、伊賀の忍術しかしりませぬ。が、われらは、伊賀甲賀にとどまらず、戸隠、風魔、葉隠、義経、羽黒などなど、さまざまな流派を学んでおりますゆえ」
しれっと応じる俊冬。
おれたちは、こういう双子に慣れてしまっている。
「いや、そういう問題ではなかろう?」
「いいんだよ、かっちゃん。これが、こいつらだ。でっそいつらは、おれたちを狙ってくるんだな?」
副長が苦笑しつつ、局長をなだめる。
「はい、副長。集められた輩は、幕府の瞳を逃れただけはございます。九名ともに、腕も才覚もそこそこにあるようで・・・。ただ、どの輩も、金目当て。倒幕、攘夷、かような心意気は、微塵もござりませぬ」
全員、なるほどとソッコーうなづく。
「今宵、襲ってまいります。浪士どもは、囮。新撰組が、それを迎え撃っている間に、忍びが上様の寝所に忍び込み・・・」
俊冬は、言葉をとめる。無言のまま、手刀で自分の頸を斬るジェスチャーをする。
「忍びは、弟からきいているままの老人の姿でしたゆえ、誠の姿はわからぬままです。が、化けておるのは間違いありませぬ。おそらく、五十路かと。忍びは、弟が・・・。よろしいですかな、副長?」
「ああ、俊冬。その雑魚どもは、おれたちに任せておけ」
「ほう・・・。忍び対決か。講談にでてくる、児雷也の蝦蟇とかがみれるのかな、なぁ歳?」
子どものように、瞳を輝かせている局長。
ふと、「ナOト」を思いだしてしまう。大好きな漫画である。
口寄せの術であんな馬鹿でかい蝦蟇があらわれたら、将軍はちがう意味で死んでしまうだろう。
「なにいってんだ、かっちゃん?ありゃぁ清の国に大昔いた義賊の創作だろうが」
副長が、呆れかえったように叫ぶ。
「そうか・・・。面白そうだと思ったのだが」
しょげる局長。
「局長は、かようなど派手な遣り合いがお好みで?主計、おぬしのところでは、忍びはどのように伝わっている」
「忍びですか、俊冬殿。誠の忍びは、諜報活動などをおこなったと。ですが、講談のような創作では、忍術を駆使し、暗殺などかなりど派手に暴れてますね」
「きいたか、弟よ?此度は、局長がいらっしゃる。ど派手に暴れてやれ」
え?マジで?
「承知いたしました、兄上。それで、生死は?いかがいたしますか?」
そして、生殺与奪についてしれっと問う俊春。
「二度と、だいそれたことができぬようにするだけでいい。ほかの連中にしても、同様。下手に殺れば、それがきっかけになりかねん。おそらく、連中は、それもみこしてやがる。おまえらも、わかってるな」
副長は、双子だけでなく、おれたち全員に命じる。
「承知」
全員がいっせいに応じる。
打ち合わせがおわり、茶をすすっているときである。
「そういえば主計、おまえ、よく創作と申すが、わたしたちのことも創作のなかにでてくるのか?」
斎藤が、さわやかな笑みとともに尋ねてくる。
「え?」
いきなりの攻撃に、思わず茶が口の端からだらーっと漏れてしまう。
「おっ、だったら、おれは?おれはそのなかにでてくるか?」
原田は、期待満々である。
副長と、視線があう。
「ふっ」
頭上にあらわれた吹きだしに、その文字が浮かぶ。
はいはい、言葉にださずとも、自信満々なのがわかりますよ、副長。
「わたしは、わたしはどうだ?」
これは、局長。
「おれだっているぞ」
そして、永倉。
島田の、つぶらな瞳・・・。
「ご心配なく。赤穂浪士とおなじくらいに、それはもういろんな話があふれかえっています。幕末は兎も角、新撰組の話は、日本人のおおくにウケてますし、大好きです」
「おおっ」
みな、うれしそうである。
「たとえば、いかなるものか?」
物語系の好きな局長が問う。
「昔、といっても、いまから百年ほどあとでしょうか?そのくらいの時期には、正統派、史実に忠実にそい、描かれています。たとえば、「池田屋」での御用改めです。局長、永倉先生、沖田先生と藤堂先生の四名が、討ち入るという話・・・」
そういえば、「池田屋」で、階段落ちなるものが描かれていた。
階段上で斬られた志士が、ごろごろと階段を転げ落ちる、というやつ。
そんなわけはない。実際の「池田屋」の階段は、それほどのゆるやかさではなく、ながくもない。
それに、沖田の喀血。あれも、脚色の可能性がたかい。労咳における喀血は、症状がもっと経ってからでるもの。かれの死んだ時期からかんがえると、到底、はやすぎる。
どちらも、いうまでもなく、ドラマチックである。
プッと、だれかがふいた。
局長と永倉である。
「いやいや、かようなおおげさなものではない。「御用改めでござる」だと?かようなこと大声で申してみよ、急襲にならぬではないか」
「近藤さんのいうとおり。総司が喀血?口からでるのでも、血とゲロではおおちがいだ。総司のやつ、そのまえにヤバそうな豆腐を喰っちまってな。それを、敵と斬り結んでる間にぶちまけやがった。敵は、ゲロまみれ。ある意味、気の毒だった。まさか、新撰組一の剣士と誉れ高い総司から、「三段突き」でなく、ゲロを喰らうなんざありえんだろう。それに、平助だって、べつに斬り結んでてってわけじゃない。ましてや、刀でやられたんでもな。ちっちゃいくせに、いっちょまえに階段を一段飛ばしで駆け上がろうとし、脚が段に届かなくてすってんころりん。手すりに頭ぶつけて額をばっくり」
なにこれ?つぶやいたらソッコー炎上する系の話じゃないか?
「しっかし、面白おかしく伝わるもんだな」
原田が、くくくと笑いながらいう。
「あのとき、われわれは、「四国屋」に躍り込んだが、それらしき連中は一人もおらず、しばし、酒をすごしてから、「池田屋」にむかった」
「そうそう、土方さんなんぞ、無駄にかっこつけてな。さっそうと躍り込んだんだぞ。でっ、はずれ。笑っちまったよ」
「うっせぇ、左之。まぁそれ以前に、あのクソったれのだんだら羽織を着てるってところが、すでに恥ずべきってやつだ」
「歳、それは、どういう意味だ?」
「おおっと、すまねぇ、かっちゃん。あんたの発案はクソ、否、あんたの感覚は、独創的だからな」
「おまえの句よりかは、ましだと思うぞ、歳」
しりたくない。夢を、妄想を、壊さないでほしい。