表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

472/1255

嫌がらせの朝餉

「まて、弟よ。なにをする?」


 斎藤がせしめてきた酒を、俊春が酒瓶をかたむけ口にふくむ。

 俊冬がそれをみとがめ、問う。


 俊春は、すでに酒が口中に含んでいるため、答えられるわけもなく・・・。


「ぶっ!」


 兄の相貌かおに向け、酒を盛大にふく弟。


「げえっ・・・。わざとであろう?かようなときは、布に酒をふくませ拭う。しっておるくせに・・・」


 俊冬は、シャツの袖で相貌かおをぬぐいつつ、笑っている。


 俊春も笑う。


 心の傷は、消えない。一生、つきまとう。

 たとえどれだけ強い人間ひとでも、それはおなじこと・・・。


 深更、二人はなにごともなかったように、鍛錬をやっていた。

 いつもとおなじように・・・。



 朝餉・・・。夜も交代で見張りをする為、朝からみな、食欲旺盛である。ゆえに、夕餉と同様、ボリュームのあるメニューだし、量である。


 大根の煮物、鰊の焼き物、野菜を菜種油で炒めたもの、わかめの酢の物、海苔に香の物。栄養のバランスもばっちりである。


 玄米と白米の飯は、いくつものお櫃におさまっている。お櫃は、仮の屯所からもってきたらしい。


 隊士たちが交代で食し、最後におれたちである。


 忙しい俊春にかわって、相棒にはおれがもってゆくことに。隊士たちがまだ喰っている間に、厨からそそくさと運ぶ。


 ってか、フツーに考えれば、ふだんからおれがすべきことなのでは・・・?


 子どもらが拾ってきた犬を、結局は母親が面倒をみる、とおなじことでは・・・。


「相棒、ほら、朝飯だ」


 お座りして睨みつけてくる相棒のまえに、ぶっかけ飯を置く。富士山のごとく盛られた飯のふもとに、ぐるーっときれいに沢庵が並んでいる。その量は、半端ない。


「おまえ、いつもこんなに沢庵のおまけがあるのか?そりゃぁ、俊春殿が好きになるよな?」


 相棒の、じとーっとした・・・。


「あたおかすぎであろう、と申しておる」

「ひいいいいいっ!」


 右耳にささやかれ、飛び上がってしまう。


「ななっ!あたおか?」


 もちろん、ささやいてきたのは、相棒の代弁者俊春。


 あたおか?なんだっけ?


「頭がおかしい、と申しておる」

「はいいいいいいっ?」


 左耳に、俊冬のささやき。


「頭がおかしい?なんでです?」

「そもそも、兼定が弟のことを好きなのは、飯を供するという理由からだけではない」

「あ・・・。わかってます。でも・・・」


 俊冬の鋭い指摘。わかっちゃいるが、そんなささいなことで納得せねば、やるせなさすぎでしょう?


「兼定、副長のおかげで、今朝は大盤振る舞いだ」

「副長のおかげ?どういう意味なんです、俊春殿?」


「さぁ、朝餉の時間だ。掌を洗ってこい」


 俊冬も俊春も、胸元に膳を幾つも抱え、背にお櫃を背負っている。


 俊冬に促され、相棒にまたな、といってから掌を洗いにゆく。



 部屋にゆくと、やけに静かである。


 副長を上座に、左右にわかれて永倉、島田、原田、斎藤が並んでいる。


 斎藤の横に座す。


 膳の上に並んだおかずが、神々しすぎる。


 双子は、みなが注目するなか、お櫃から茶碗に飯をよそっている。みな、おあずけを喰らった犬のごとく、辛抱強くまっている。


「ちょっ・・・」


 思わず、口からでてしまう。


『仏様にお供えするんじゃない。そんなに盛るな』


 昔、食事のとき、茶碗に飯をてんこ盛りにしてしまい、親父に叱られたことがある。


 双子は、そんなレベルなどとおの昔にすぎ、通天閣か東京タワーかってレベルもすぎ、ハルカスや都庁なみに盛りつづけている。


 ってか、よくもまあこれだけ器用に・・・。


 それを、原田と島田の膳の上におき、また盛りはじめる。


 みな、ビミョーな表情かおで、耐えている。


 さりげなくみると、副長の膳の上の飯は、フツー盛りである。


 おれのそれへと視線をうつす。


 香の物が、いつも沢庵は二枚ほどなのに、漬物皿からはみでるほど盛られている。


 そしてまた、飯を高層ビル盛りする双子。


 そそくさと、斎藤とおれの膳の上に置いてくれる。


 沈黙・・・。


 廊下をはさんだ向こう側から、おだやかな陽が射し込んでいる。双子のどちらかがやったのか、雀たちが飯をついばんでいる。


 シュッと、長火鉢の薬缶が音を立てる。


「悪かった」

「悪かったよ」


 副長と永倉が、同時に怒鳴る。二人とも、バツが悪いのか、視線は、あらぬ方向を向いている。


 原田、島田、斎藤の両肩が震えている。


 みると、永倉の膳の上に、おかずはのっているが飯はない。


「気のすむまで、罵倒してくれ」

「気のすむまで、殴れ」


 副長と永倉が、また怒鳴る。


「罵倒のほうが、よほどいい。頼むから、沢庵をくれ」

「殴られて、血まみれになるほうがいい。頼むから、飯をくれ」


 二人が、またまた怒鳴る。


 なんてこと・・・。


 そういえば、さっき、俊春が、「沢庵の大盤振る舞いは、副長のおかげ」、と相棒にいっていた。そして、おれたちの沢庵も、大盤振る舞いである。


 副長の漬物皿はみえないが、沢庵がないってことか。


 そして、「飯命(めしいのち)」の永倉は、飯がない。


 双子の傷だらけの相貌かおに、いたずらっ子のような笑みが浮かぶ。


「われらは、いかなる暴力も好きではありませぬ。ましてや、ついてゆきたいと信じる主にたいして・・・。われらは犬ゆえ、恩ある主のめいには、できうるかぎりそうつもりです。無論、できぬ場合もありますれば・・・」


 ついてゆきたいと信じる主・・・。


 俊冬の言葉がせつない。


 どれだけ蹴られようがののしられようが、尻尾を振って気を惹く犬・・・。


「なれど、たまには犬も主を甘噛みいたします」


 俊春がいい、二人同時に頭を軽く下げる。


 刹那、副長と永倉が同時に膳を脇へどける。永倉は、体ごと双子へ向き直り、副長と同時に頭をさげる。


「すまなかった。いまさら、いい訳はしねぇ。詫びのしようもねぇ」

「すまない。おれも、いい訳はせん」


 いさぎいい。いっそすがすがしい。


 その二人に、双子は膝行してちかづき、掌をそえ頭をあげさせる。

 と同時に、副長と永倉の眼前に、拳をさしだす。


「主計から、教えてもらいました。異国では、拳と拳を打ち合わせることで、たがいの気持ちが通じ合ったり、挨拶したりするそうです」


 俊冬の説明に、副長と永倉が相貌かおをみ合わせる。


 副長は俊春と、永倉は俊冬と、拳を打ち合わせる。


 双子の仲直り法。すごい、としかいいようがない。


 副長には、おれたちの漬物皿から沢庵をわけ、飯は、永倉へ。

 フツーの沢庵の枚数、飯はフツー盛りで、おいしくいただいた。


 もっとも、島田だけは、「この量でいい」と、だれにも手をつけさせなかったが・・・。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ