嫌がらせの朝餉
「まて、弟よ。なにをする?」
斎藤がせしめてきた酒を、俊春が酒瓶をかたむけ口にふくむ。
俊冬がそれをみとがめ、問う。
俊春は、すでに酒が口中に含んでいるため、答えられるわけもなく・・・。
「ぶっ!」
兄の相貌に向け、酒を盛大にふく弟。
「げえっ・・・。わざとであろう?かようなときは、布に酒をふくませ拭う。しっておるくせに・・・」
俊冬は、シャツの袖で相貌をぬぐいつつ、笑っている。
俊春も笑う。
心の傷は、消えない。一生、つきまとう。
たとえどれだけ強い人間でも、それはおなじこと・・・。
深更、二人はなにごともなかったように、鍛錬をやっていた。
いつもとおなじように・・・。
朝餉・・・。夜も交代で見張りをする為、朝からみな、食欲旺盛である。ゆえに、夕餉と同様、ボリュームのあるメニューだし、量である。
大根の煮物、鰊の焼き物、野菜を菜種油で炒めたもの、わかめの酢の物、海苔に香の物。栄養のバランスもばっちりである。
玄米と白米の飯は、いくつものお櫃におさまっている。お櫃は、仮の屯所からもってきたらしい。
隊士たちが交代で食し、最後におれたちである。
忙しい俊春にかわって、相棒にはおれがもってゆくことに。隊士たちがまだ喰っている間に、厨からそそくさと運ぶ。
ってか、フツーに考えれば、ふだんからおれがすべきことなのでは・・・?
子どもらが拾ってきた犬を、結局は母親が面倒をみる、とおなじことでは・・・。
「相棒、ほら、朝飯だ」
お座りして睨みつけてくる相棒のまえに、ぶっかけ飯を置く。富士山のごとく盛られた飯のふもとに、ぐるーっときれいに沢庵が並んでいる。その量は、半端ない。
「おまえ、いつもこんなに沢庵のおまけがあるのか?そりゃぁ、俊春殿が好きになるよな?」
相棒の、じとーっとした瞳・・・。
「あたおかすぎであろう、と申しておる」
「ひいいいいいっ!」
右耳にささやかれ、飛び上がってしまう。
「ななっ!あたおか?」
もちろん、ささやいてきたのは、相棒の代弁者俊春。
あたおか?なんだっけ?
「頭がおかしい、と申しておる」
「はいいいいいいっ?」
左耳に、俊冬のささやき。
「頭がおかしい?なんでです?」
「そもそも、兼定が弟のことを好きなのは、飯を供するという理由からだけではない」
「あ・・・。わかってます。でも・・・」
俊冬の鋭い指摘。わかっちゃいるが、そんなささいなことで納得せねば、やるせなさすぎでしょう?
「兼定、副長のおかげで、今朝は大盤振る舞いだ」
「副長のおかげ?どういう意味なんです、俊春殿?」
「さぁ、朝餉の時間だ。掌を洗ってこい」
俊冬も俊春も、胸元に膳を幾つも抱え、背にお櫃を背負っている。
俊冬に促され、相棒にまたな、といってから掌を洗いにゆく。
部屋にゆくと、やけに静かである。
副長を上座に、左右にわかれて永倉、島田、原田、斎藤が並んでいる。
斎藤の横に座す。
膳の上に並んだおかずが、神々しすぎる。
双子は、みなが注目するなか、お櫃から茶碗に飯をよそっている。みな、おあずけを喰らった犬のごとく、辛抱強くまっている。
「ちょっ・・・」
思わず、口からでてしまう。
『仏様にお供えするんじゃない。そんなに盛るな』
昔、食事のとき、茶碗に飯をてんこ盛りにしてしまい、親父に叱られたことがある。
双子は、そんなレベルなどとおの昔にすぎ、通天閣か東京タワーかってレベルもすぎ、ハルカスや都庁なみに盛りつづけている。
ってか、よくもまあこれだけ器用に・・・。
それを、原田と島田の膳の上におき、また盛りはじめる。
みな、ビミョーな表情で、耐えている。
さりげなくみると、副長の膳の上の飯は、フツー盛りである。
おれのそれへと視線をうつす。
香の物が、いつも沢庵は二枚ほどなのに、漬物皿からはみでるほど盛られている。
そしてまた、飯を高層ビル盛りする双子。
そそくさと、斎藤とおれの膳の上に置いてくれる。
沈黙・・・。
廊下をはさんだ向こう側から、おだやかな陽が射し込んでいる。双子のどちらかがやったのか、雀たちが飯をついばんでいる。
シュッと、長火鉢の薬缶が音を立てる。
「悪かった」
「悪かったよ」
副長と永倉が、同時に怒鳴る。二人とも、バツが悪いのか、視線は、あらぬ方向を向いている。
原田、島田、斎藤の両肩が震えている。
みると、永倉の膳の上に、おかずはのっているが飯はない。
「気のすむまで、罵倒してくれ」
「気のすむまで、殴れ」
副長と永倉が、また怒鳴る。
「罵倒のほうが、よほどいい。頼むから、沢庵をくれ」
「殴られて、血まみれになるほうがいい。頼むから、飯をくれ」
二人が、またまた怒鳴る。
なんてこと・・・。
そういえば、さっき、俊春が、「沢庵の大盤振る舞いは、副長のおかげ」、と相棒にいっていた。そして、おれたちの沢庵も、大盤振る舞いである。
副長の漬物皿はみえないが、沢庵がないってことか。
そして、「飯命」の永倉は、飯がない。
双子の傷だらけの相貌に、いたずらっ子のような笑みが浮かぶ。
「われらは、いかなる暴力も好きではありませぬ。ましてや、ついてゆきたいと信じる主にたいして・・・。われらは犬ゆえ、恩ある主の命には、できうるかぎりそうつもりです。無論、できぬ場合もありますれば・・・」
ついてゆきたいと信じる主・・・。
俊冬の言葉がせつない。
どれだけ蹴られようがののしられようが、尻尾を振って気を惹く犬・・・。
「なれど、たまには犬も主を甘噛みいたします」
俊春がいい、二人同時に頭を軽く下げる。
刹那、副長と永倉が同時に膳を脇へどける。永倉は、体ごと双子へ向き直り、副長と同時に頭をさげる。
「すまなかった。いまさら、いい訳はしねぇ。詫びのしようもねぇ」
「すまない。おれも、いい訳はせん」
いさぎいい。いっそすがすがしい。
その二人に、双子は膝行してちかづき、掌をそえ頭をあげさせる。
と同時に、副長と永倉の眼前に、拳をさしだす。
「主計から、教えてもらいました。異国では、拳と拳を打ち合わせることで、たがいの気持ちが通じ合ったり、挨拶したりするそうです」
俊冬の説明に、副長と永倉が相貌をみ合わせる。
副長は俊春と、永倉は俊冬と、拳を打ち合わせる。
双子の仲直り法。すごい、としかいいようがない。
副長には、おれたちの漬物皿から沢庵をわけ、飯は、永倉へ。
フツーの沢庵の枚数、飯はフツー盛りで、おいしくいただいた。
もっとも、島田だけは、「この量でいい」と、だれにも手をつけさせなかったが・・・。