「fist bump」
原田に促され、斎藤とともに双子を厨に連れだした。
俊冬は兎も角、俊春は怯えきっている。それでも、俊冬もふくめ、交代で声をかけ、しばらくのちにはだいぶんと落ち着きを取り戻した。
木箱をもってきて俊冬をその上に座らせ、俊春が洗い桶に水を汲み、手拭で血糊をぬぐってやる。
「まったく、新八の馬鹿たれが。ひどいことしやがる」
それを眺めながら、原田がつぶやく。
斎藤が、入ってきた。酒瓶を掌にしている。
「せしめてきた」
一言だけ告げ、それを差しだす。
この際、どこから、だれから、という素朴な疑問はおいておくことにする。
「あー、相棒、そこでまて。厨にはいったら不衛生、もとい、あまりよくない」
意地悪をするつもりはない。台所に犬を入れるのは、やはり衛生上よくないと思う。
厨の入り口にお座りし、こちらをみている相棒。おれと瞳があうと、眉間に皺がよるほど睨みつけてくる。が、おれ以外の者と瞳があうと、副長ばりの縦皺がなくなる。しかも、尻尾で厨の入り口を掃き清めている。
「案ずるよな、兼定。俊冬と俊春が大好きだから」
悪意がないなんていわせない。斎藤が、さわやかな笑みを浮かべ、悪意のない様子で尋ねる。
「ちょっ、斎藤先生、それ、どういう意味ですか?」
「言葉どうりであるが、なにか?」
さらにひろがるさわやかな笑み。
「悪かった。新八は、頑固だから・・・」
原田が詫びる。
俊春が血のついた手拭を洗い桶につけると、あっという間に真っ赤に染まってしまう。
「この洗い桶は、もうつかえぬ」
俊春が、つぶやく。
「新八は、よほどおまえらがかわいいらしい。あ、変な意味じゃない。ほっとけないんだ」
そういう原田は、永倉が大好きなのだ。変な意味でなく。
「新八は、平助と総司がいなくなって寂しいんだ。だが、ちょうどいいっつたら悪いが、おまえらがいる。俊冬は兎も角、俊春、おまえはおとなしくて、ある意味あぶなっかしいからな。ほっとけないんだ。土方さんだっておんなじだ。土方さんの場合は、ほれ、源さんのこともある。山南さんだって、あ、おまえらはしらんな。兎に角、いなくなったり死んじまった者と重ねちまってる・・・」
副長も永倉も、双子を藤堂や沖田とみている。これもまた、心情的にはわかる。原田もまた、同様である。自分がそうみているから、副長や永倉の心情がわかるのである。
これがほかの者だったら、たとえ媚をうろうが身を捧げようが、不快に思ってもここまでの感情のもつれはなかったであろう。
藤堂や沖田がいなくなり、その穴を埋めた双子。性格も姿形もまったくちがうのに、それでも重ねている。
原田もふくめ、寂しがりやなのである。兄や親のごとく、み護り面倒をみたいのである。
こういうのを、父性愛というのであろうか?
「それにしても、兄弟そろって傷だらけですね」
双子ともに、傷だらけ。俊冬の頬の刃傷もくわえ、やんちゃすぎますって感じである。
「まっ、二人ともまぁまぁの顔立ちだ。傷だらけでもずっとましだ」
原田は、こちらに視線をはしらせる。
その視線に、隣に立つ斎藤も気がつく。
「ちょっと原田先生、だれと比較して、ましだとおっしゃるんです?」
口をとがらせ、尋ねる。
「おまえだ」
「おぬしだ」
「おぬしにきまっておろう」
「主計、おぬしにちがいない」
ソッコー返ってきた。しかも、五十歩百歩の斎藤まで・・・。
「おれ、そんなにひどいですか?マジで、そこそこイケてたんですよ」
自己申告する。すると、四人がいっせいにふきだす。
「わるいわるい。主計、おまえは誠にいじり甲斐がある」
にやにや笑いの原田。斎藤のさわやかな笑み。双子の痛みを我慢しているような笑み・・・。
「土方さんと新八のこと、悪かった。どんだけ傷つけちまったか、二人とも、おれたちよりもよくわかってる。それから、おまえらが、どんだけの想いでいるかってことも」
笑いをおさめ、原田がまた謝罪する。
幼少時に受けた性的虐待。それを目の当たりにした、いや、自分も受けていたのであろう俊冬。二人とも、そのトラウマを抱えながらでも、できるだけ他者を傷つけないという信念を貫いている。
正直、その誠の気持ちはわからない。すさまじい精神力としか、表現のしようもない。
おれもふくめ、そのことに触れるつもりはない。
いつか、かれらのほうから話してくれるまで・・・。
「新撰組を、いやにならないでほしい」
原田が、ぽつりと付け足す。
おれは、無意識のうちに握り拳を双子のまえへだしていた。
すると、俊冬が、それに自分の拳をうちあわせてくる。ついで、俊春も同様に。
内心、驚いてしまう。
日本人にはない、ジェスチャーであるから。
まぁ異国人と交流があれば、しっていても不思議ではない、か。
「拳と拳を打ち合わせるっていうのは、了解したとか挨拶とか、異国人がつかう表現なのです。ほら、言葉にはしにくいことでも、こういった表現で代用できたら、それが一番ですよね。心と心がつながる、みたいな」
原田と斎藤に教えると、かれらは、なるほどとうなづく。それから、双子と拳を打ち合わせる。