うしろぐらいこと・・・
「俊冬は、うしろぐらいことはしていないっていったよな、俊春?」
怒りや悔しさをにじませたような、副長のささやき声。
怯える俊春のまえに立ってかれをみおろし、そう尋ねる。
俊春は、無言である。うつむき、視線を畳の上に向けたまま、ただただ震えている。
「俊春、きいているのか?それとも、こたえられんのか?相貌を、あげろ」
それでも、俊春は応じようとしない。
「土方さん、いいかげんにしてくれ。あんた、自身でなにやってんのかわかってるのか?」
原田が副長を突き飛ばし、部屋のなかへ入って俊春のまえに両膝をつく。
俊春の華奢な肩が震えているのが、廊下からでもわかる。
原田の掌が、その肩に置かれる。
俊春は、はっとしたように、わずかに相貌をあげる。
「われらは・・・。われらは、うしろぐらいことはしておりませぬ」
俊春は、自分の肩に置かれた原田の掌に勇気を得たのであろうか。きこえるか、きこえぬかの声で応じる。
「これが、われらです。これが、われらのやり方なのです」
「考え方の相違ってやつか、ええっ?俊春、おれをみろ」
俊春は、命じられても相貌を伏せている。かれの肩に置かれた原田の掌に、力が入る。そこでやっと、俊春が相貌をあげる。視線は、あわせず下に向けたままで。
「仲間の身をうるつもりはねぇし、仲間にさせるつもりもねぇ。ましてや、局長やおれのあずかりしらぬところでやって得た誉れなど、ほしくもなんともねぇ・・・。俊春、おれをみろっ」
副長の怒鳴り声。が、俊春はまだ視線をあげようとしない。
膝の上の拳は、マックスに震えている。
「うしろぐらいことをしてねぇ?これが、やり方だ?だったら、堂々と上を向き、おれをみやがれ」
俊春の肩に置く原田の掌に、また力がこもる。そこでやっと、俊春は視線をあげ、副長の視線とあわせる。
副長が、口をひらきかけたときである。
「副長・・・」
音も気配もさせずにあらわれるところは、さすがである。
俊冬がいきなり横に立っているものだから、飛び上がりそうになった。が、そこは我慢する。もちろん、悲鳴も呑みこむ。
「俊冬、弟に、俊春にこんなことさせてるのは、おまえか?」
永倉が、おれを突き飛ばす勢いで俊冬に詰め寄る。
副長の怒りによっておさまっていた永倉自身の怒りが、俊冬の登場で再燃したのであろうか。
永倉と俊冬ごしに、蟻通の背がみえる。
部屋のなかから盗みみしている隊士たちを、叱り飛ばしながら去ってゆく。
かれがひとっ走りし、俊冬を呼んできたにちがいない。
俊冬は、室内にいる弟を、それから副長に視線をはしらせ、永倉をみすえる。
「そうです、永倉先生」
俊冬は、永倉の熾烈な視線のなか、きっぱり答える。
「兄上っ、ちがうっ、ちがいます・・・」
室内で、俊春が必死に否定する。
「わたしが、弟に命じました。上様が、おまえのことをお気に召しているのを利用し、落とせ、と・・・」
「この野郎っ!」
俊冬がいいおわらぬうちに、永倉は、俊冬の襟首をつかみ、一発みまった。その強烈なパンチで、俊冬はいとも簡単に吹っ飛び、壁にたたきつけられる。それに追いすがり、床におさえつけ、馬乗りになってなぐりつづける永倉。
俊冬にとって、永倉のパンチをよけることなど造作ない。それなのに、永倉の攻撃を、甘んじて喰らいつづけている。
そして、さきほどの答えが嘘っぱちであることを、わかっていてもパンチを喰らわせつづける永倉・・・。
怒りよりもむしろ、口惜しさや無力感のほうが勝っているのであろう。
なぜなら、おれもそうだから・・・。
「やめろっ、新八っ!死んじまう。いいかげんにしろっ」
原田が部屋のなかから飛びだしてきて、制止する。
「俊冬、ならば弟に命じろ。おれを落とせ、とな。俊春、おめぇは、豚一やおねぇやその他もろもろの男どもを落としたように、いまからおれに抱かれ、落としてみやがれ」
副長、マジですか?
いまのは、なにか意図しての命なんですか?
斎藤もおれも、このまさかの展開に、瞳をみはるくらいしか反応できない。