副長と原田
「おまえ、気づいていたな、左之?」
「ああ、しってた。しってても、おれにはとめることはできぬ。あいつらにはあいつらの、やり方ってもんがある。あいつらは、他人が傷つくことや、他人を傷つけることを怖れてる。まるで、餓鬼みたいなやつらだ。そして、新撰組は、他人が傷ついたり、他人を傷つけることを、場合によってはやむをえぬって考えだ。それぞれが、それぞれのやり方で目的地に到達してるだけ。どっちがいいも悪いもない。進む道が、ちがってるってことだ。あいつらが身をていしてやってることを、おれたちが否定できるのか?あいつらを、認められぬというのか?」
原田の言葉が、この場にいる全員に重くのしかかる。
「そうか。おまえのいい分はわかった。だが、おれの預かりしらぬところで、仲間が慰みものになっているのを、容認するつもりも許すつもりもねぇ。左之、そこをどけっ」
副長は、シャツをつかむ掌で原田を手荒に押す。原田の長身がぐらつく。原田も必死である。すぐに態勢を整えなおし、副長の肩をつかむ。
「いかせんぞ、土方さん。これ以上、あいつらを否定させん」
「なら、力づくで通る」
拳を振り上げる副長。
あまりの展開のはやさに、永倉や斎藤もとめに入る間もない。
力いっぱい振り下ろされる拳。いままさに、原田の相貌にヒットする瞬間、「おやめください」、という静止とともに、三本しか指のない掌が副長の拳を受け止める。
俊春・・・。
いつの間にか、次の間の障子があいている。
「副長、どうか・・・」
俊春の消え入りそうな声。小柄な体を震わせ、けっして視線をあげようとしない。
三本しか指のない掌が、副長の拳を開放する。
雄のにおい・・・。
この場にいる全員が、それを嗅ぎとっている。
とるものもとりあえず、でてきたのであろう。シャツのボタンが、第二ボタンまであいている。そこから、連日の地獄レベルの鍛錬による傷や痣が、のぞいている。
そして、頸には、さきほどはなかった指の痕が・・・。
それにも、この場にいる全員がきづいている。
刹那のことである。解放された副長の掌が、俊春の二の腕をつかむ。副長は、そのまま有無をいわさず、あゆみだす。
将軍のいる本間ではなく、玄関のほうへ向かっている。
「土方さんっ」
「副長っ」
副長は、沸点越えしている。どんな行動にでるか、わかったものではない。
慌てて追いかける。
「土方さん、頼むから落ち着いてくれ」
「副長っ、俊春は怪我をしているのです」
原田や斎藤が追いすがり、なだめるも、いっさいスルー。殺気だった圧がのしかかり、こちらの気力を押し潰す。
騒ぎをききつけた隊士たちが、玄関先に群がり、なかをのぞき込んでいる。
「どけっ」
キレてる副長の一喝で、隊士たちは蜘蛛の子を散らしたように玄関先からいなくなる。
残るは、相棒のみ。
指で、ひくよう合図を送る。
副長は軍靴もはかず、「葵の間」をでてしまう。もちろん、俊春も。
どうやら、宿所に向かっているようである。
島田が、「葵の間」の玄関先でまちかまえている。永倉が、「あとを頼む」と合図を送る。
「葵の間」に警固の隊士を戻し、巡回もやってくれるだろう。
なにもなかった、なにもみなかった、といいふくめて・・・。
宿所のいくつかある部屋で仮眠をとっている隊士たちも、騒ぎと殺気に飛び起きてくる。
障子をあけ、殺気立つ「鬼の副長」が、俊春をひきずってあゆむ姿をみ、仰天して障子を閉ざす。
さわらぬ鬼に祟りなし、というやつである。
そのなかには、大石もいた。ってか、いつも仮眠をとっている。
誠に、ふざけたやつである。
大石は、俊春がへまでもやらかし、副長に叱られるのかと勘違いでもしているのであろう。一人、柱にもたれ、へらへら笑いながら、副長と俊春が通りすぎるのを眺めている。
鬼のひと睨み。地獄の閻魔をも震え上がらせる睨みに、大石のへらへら笑いが瞬時にして凍り付く。
「ひっこんでろ」
二人を追う、永倉の恫喝。
大石は、慌てて部屋に飛び込み、障子を閉ざしてしまう。
副長は、自分専用の部屋のまえまでくると障子をあけ、そのなかに俊春を投げ入れた。
俊春は、小柄である。その腕をつかむ掌をひらめかせるだけで、かれはいとも簡単に室内に投げ入れられた。
部屋は、誠にちいさい。四畳である。江戸間は、京間とちがって一畳のおおきさがちがう。6.2平米である。
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てっきり、しめだされるかと思ったが、副長は自分が部屋に入ってから障子を閉ざさなかった。
が、入ろうにも、副長が部屋の入り口で立ちはだかっているので、入れるわけもない。
俊春は正座し、身をちいさくしている。うつむき、震えている。
その怯えきった姿は、ほんの三つか四つの幼児にしかみえない。