モヤモヤがいっぱい
俊春は、あいかわらずうしろをとぼとぼついてくる。
「あの、原田先生・・・」
歩をとめ、原田の背に呼びかける。
この話題に触れるのはKYっぽいが、触れずにはいられない。この面子のときにこそ、触れておかねば・・・。
「なぁ主計、なんとなくだが、おまえは新八に似てるよな。いや、真面目なところがって意味でだが・・・」
原田は、歩をとめるとこちらに向き直り、先手をうってきた。
そこには、なんともいえぬ表情が浮かんでいる。
意味をはかりかねてしまう。
原田から、うしろの俊春へと視線を向ける。
俊春も、距離をおいて立ち止まっている。が、視線を合わせることなく、それを地面に向けている。
「ええ、そうですね。今朝、永倉先生に怒鳴られるまで、迂闊にもまったく気がつきませんでした。いま、あなたからそう指摘され、正直なところ、ムカついてますよ。自分自身に対して、ですけど」
なにゆえか、急激にムカついてきた。
いまいったとおり、自分自身に対してもだが、しっててしらぬふりをしている原田に対して、かかわろうとしない斎藤に対して、それから、蚊帳の外に置かれ、どう対処すべきか考えあぐねているであろう副長に対して・・・。
なにより、そんなことを弟にさせている俊冬に対して・・・。
いや、俊冬自身もやっているんだろう。
今回の馬の件も、そういう手蔓で手に入れたのかもしれない。
それを考えると、すべてのお膳立てが、新撰組の名のもとにおこなわれているのではない。双子の根回し、つまり、異なる次元での成果によるものなのかと、勘繰ってしまう。
いいや、それはあっている。
原田は、俊春をちらりとみてから口をひらける。
「なら、どうする?おまえも、こいつらみたいなことやってたんだろう?だったら、すこしは理解できるんじゃないのか?」
「いいえ、わかりません。おれは、一度たりともそういう手段をつかったことなどありません。そもそも、文化が未来とは異なるからです。かりにおなじでも、理解したくもない。それとこれとは、別でしょう?副長は、ご存じなんですか?副長も、原田先生とおなじ意見ですか?」
副長という言葉で、俊春が相貌をあげた。その瞳は、悪いことをし、親に叱られることに怯えている子どもの瞳である。
「土方さんか?」
原田は、溜息をつく。
「気づいてるかもしれんな。このまえ、新撰組をどうやって認めさせるかって話になったとき、俊冬の答えに疑問を募らせたはずだ。気をそらそうと、思わず咳払いしちまったが、逆効果だったみたいだ」
原田は、また溜息をつく。
「新八は、単純だ。が、土方さんは厄介だ。わかるだろう?なにをしでかすか、わかったもんじゃない。だが、やはり隠しきれそうにないな」
原田は、両肩をすくめた。それから、あゆみだした。
相棒とともに、慌てて追いかける。俊春も、とぼとぼついてくる。
「最後の忍びとやらが、せいぜいがんばって将軍様の生命を脅かしてくれりゃぁいいがな・・・」
その原田の言葉は、おれにも俊春にも相棒にも、重くのしかかる。
暗殺騒ぎで、この問題をやりすごせるのか?
正直、ムリっぽい。
一波乱、起こる予感しかしない。
驚いたことに、夕餉、いや、ディナーは、フレンチである。
「鰊のロールモップス」、「白菜のクリーム煮」、「小松菜のフレンチサラダ」、「牛蒡の赤ワイン煮」、「練馬大根のにんにく醤油ステーキの味噌ソース添え」・・・。
どれも、日本人の口によく合う。玄米三割、白米七割の飯にも。
「おいおい、うますぎだろう?」
「こんなすげーもん、異人は喰ってるのか?」
「さすがは双子先生。できる男は、なにをやらせても完璧だな」
隊士たちは、この時代において、フレンチを食す稀有な日本人であることの自覚があるのであろうか。
しかも、最後にいった蟻通は、こちらをチラ見する。
はいはい、おれはどーせ腐隊士ですよ。
つい、やっかんでしまう。
この日は、局長も夕餉にやってき、副長とともに将軍と会食である。
もちろん、給仕は双子。
「異人の喰いものも、すてたもんじゃないな。主計、おまえもかようなもの、しょっちゅう喰ってたのか?」
隊士たちがおわってから、組長三人と舌鼓をうつ。
が、永倉は、いまだ激おこぷんぷん丸状態。それでも、食の欲求にはかなわず、無言のままかっ喰らっている。
双子が将軍たちの給仕をしているので、おれがかわって飯のおかわりをよそい、茶を注ぎ足す役目をつとめる。
「まさか。ちゃんとしたところだと、何両もかかってしまいますからね。それにぼっち、もとい、一人で喰うのもさみしいものがあります。かぞえるほどしか喰ったことありませんよ」
原田の問いに、思わず苦笑してしまった。
恋人でもいれば、バレンタイン、誕生日、クリスマス等イベントがあるごとに、ミシュランの三ツ星とまではいかなくても、そこそこのレストランを予約し、そこそこのディナーを愉しんだかもしれない。
まっ、硬派系日本男児たるおれは、おむすびに梅干し。これこそが正統な喰いものだと信じている。
ああ・・・。心中でいいわけばっかしてる自分が、ほとほと情けない。
「ちゃんとみなの口にあうようアレンジ、もとい、味付けにしてくれてます。口にあわないわけはありません。やっぱ、すごいですよね、お二方は。まぁおれをいじらなきゃ、もっとすごいと褒めたたえたいところですが・・・」
「いやいや、主計。おぬしも、そうすてたものではいぞ。いつも笑わせてもらってるからな」
なにゆえか、さわやかな笑みとともに、斎藤が謎おししてくれる。
かれに笑いを提供できて、うれしいかぎりではないか。
こうして、関西出身者は、職場をなごませるのである。