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みんながおれを、陥れる

 永倉の不機嫌は、手下てかも察している。長年、ともにいるので、こういうときには放置するようである。


「なんや、えらい傷だらけやないか?大丈夫でっか?」


 二番組のお笑い芸人青木が、俊春に尋ねる。


「葵の間」の入り口に、二人詰めている。いまは、青木ともう一人、三番組の隊士中川(なかがわ)が当番である。

 

 俊春となかに入ってゆくなり、青木も中川も仰天する。



 俊春の相貌かおの傷が、さらに増えている。しかも、一つ一つがかなりおどろおどろしい。仰天するのも無理はない。


「ええ、大丈夫です。転んでしまいまして・・・」


 俊春は、胸元に抱える膳を抱きしめ、弱弱しく応じる。しかも、言葉を途中で止め、こちらへ意味ありげな視線を向ける。


「転んでって・・・」


 青木と中川は互いに相貌かおをみ合わせ、それから、俊春の視線を追う。


「なんや?主計が?あかんがな、主計。おとなしい俊春先生をいじめるやなんて、武士の風上にもおけんで」


 くそっ、またしても、俊春にはめられた。


「ちゃいます。ほんまにこけはったんや」


 ガチ関西弁に、つい関西弁それで返してしまう。



「やかましいっ!ここで騒ぐな」


 とそこへ、奥から永倉がやってきた。


「すんまへん。主計が、悪さしよるもんで」


 はあああ?青木、あんたまでおれをはめるのか?


「将軍様が、「腹が減った。俊春に給仕をさせよ」といってやが・・・、申されている。いそげ」


 青木をスルーし、おれたちをみることなくそれだけ告げる。それから、背を向け、とっとと奥へ戻ってゆく。


「永倉先生、ご機嫌斜めだな」

「ほんま、かなんわ」


 こそこそと話す、青木と中川。


 俊春とともに、将軍の食事を運んできたのである。

 土間で軍靴を脱ぎ、慌てて永倉を追う。


 廊下をあゆみながら、いつものように文句の一つもいいたいが、俊春のあまりの痛々しい傷や痣をみると、気力がなえてしまう。


 廊下にも、隊士二名が。どちらも、床の上に胡坐をかき、膝の上に刀を置いている。


 目顔で挨拶。どちらも、俊春の相貌かおをみ、息を呑んでいる。


 つづきの間にも二名。こちらは、一番組、つまり、一番の手練れが控えている。

 その二人もまた、俊春をみて驚いている。


 が、永倉のてまえ、なにもいってこない。


 永倉の不機嫌さを、俊春とのトラブルだと勘違いしているのかも。




「ありがとう、主計。ここからは、わたしが。さがってくれていい」

「ええ」


 指示どおり、奥の間へとつづく襖の傍に膳を置く。


「上様、朝餉をおもちいたしました」

「おおっ、俊春。まっておったぞ。苦しゅうない、はよう、入ってまいれ」


 将軍は、上機嫌である。ウキウキ感満載の声で、入室を許可する。


 俊春の作法は、完璧である。さすがは、セレブの影武者も務めていただけはある。その挙措は、ほれぼれするほど美しい。


「いまかいまかとまっておった。はよう、ちこうよれ。昨夜は、なにゆえ参らなんだ?」


「主計、ゆくぞ。おまえたちも、俊春がでてくるまで、廊下で待機だ」

「え?いいのですか?」


 イレギュラーのめいに、一番組の二人は相貌かおを見合わせる。


「いいんだよ。すぐそばに俊春がいるんだ」

「ああ、そうですね。承知いたしました」


 とっとと廊下にで、玄関へ向かう永倉。慌てて、それを追う。


「くそっ」


 永倉のつぶやき。たしかに、そうきこえた。


「永倉先生、なにもそこまで怒らなくても。みな、怖がっていますよ。きっと、永倉先生と俊春殿が喧嘩してるって、勘違いしてます」


 永倉の背にささやく。すると、急停止し、くるりと振り向くものだから、もうすこしでごっつんこするところだった。


「おれが腹を立ててるのは、度を越えた鍛錬のことだけじゃない。それ以外にもあるんだよ」

「ええ?いったい、なにに・・・」


 ここまで腹を立てさせるほどのことを、俊春、もしくは俊冬は、なにをやったのか・・・。


「鈍いやつだな、主計。いまのだってそうだ。それとも、おまえまで、みてみぬふりか?我慢ならん」


 怒りのあまり、相貌かおが真っ赤になっている。

 髭をあたってまだ数時間しか経っていないのに、もう生えだしている。

 つかっている剃刀の刃が古くなっているのか、ホルモンのバランスが崩れているのか、にちがいない。


 ちなみに、剃刀は、当然のことながら、日本剃刀。形は、現代のものと似ているが、切れ味はまったくちがう。戦国時代がおわり、さほど必要なくなった刀のかわりに、刀鍛冶たちは包丁などの刃物の製作をするようになる。剃刀も、その一つである。


 現代でも、日本剃刀をつかっている理容師さんがいるらしい。


 剃刀談義は兎も角、ってか、永倉の髭をみつめてる場合ではない。


 ささやくなり、永倉はまた背を向けあゆみだす。


 それを追わず、その場で考え込んでしまう。


『鈍いやつだな、主計。いまのだってそうだ。それとも、おまえまで、みてみぬふりか?我慢ならん』


 永倉の言葉・・・。


『いまかいまかとまっておった。はよう、ちこうよれ。昨夜は、なにゆえ参らなんだ?』


 そして、さきほど将軍がいっていた言葉・・・。


 同時に、先日、江戸城で謁見した際、部屋を退室するときに俊春の名を呼び、「そちもまいれ」といっていたことを思いだす。


 将軍は、正室の一条美賀子いちじょうみかこをはじめ、三人の側室と外妾一人がいる。側室二人との間に、十男十一女をもうけている。


 維新後、その側室二人以外には、暇をだしたらしい。


 ちなみに、外妾というのが、かの江戸の侠客新門辰五郎親分の娘で、先日の大坂からの逃避行の際、連れかえっている。


 いくら衆道文化がすたれていない時代だとしても、寂しさをまぎらわせるために、傍にいる者なら女だろうが男だろうが求めるというのか・・・。


 男色は、武家や仏教界にとっては一つの文化。バイとかの問題ではなく、傍に正室や側室がおらず、欲求を満たそうと思えば、おのずと選択肢は男性ということになる。


 あのおねぇも、俊冬より俊春のほうが好みだったようだし・・・。

 あ、いや、おねぇは、どっちも好みか。


 だとすれば、そういう面で真面目な永倉は、鍛錬のことよりもそっちのことで怒り狂ってるということに・・・。


 あの調子なら、「うちの子に、なにしやがる」と、父親みたいにいいだしかねない。


 いや、将軍だけではない。俊冬にも・・・。


 もっとも、おれ自身、あまりいい気がしない。ってか、ぶっちゃけ、不愉快きわまりない。それに、無力感もある。


 なんてことだ。ヤバいことだらけじゃないか。


 様子をみるしかないのか?

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