致命傷
「ぎゃー」
その悲鳴で、人斬りの呪縛から解放される。
背後を振り返ると、駕籠のまえに二人の男が立っている。
どちらも、自分の刀を取り落としている。
すっかり忘れていた。駕籠のなかみのことを・・・。
駆けよると、相棒もドスを銜えたまま駆けよる。
淡い灯火の光のなか、血がぼたぼたと地に落ちてゆく。
一人は心臓を脇差で貫かれており、もう一人は太刀で喉元を貫かれている。
「せっかくよい気持ちで眠っておったのに、いったいなんの騒ぎだ、ええ?」
佐川が、駕籠のなかからのっそりでてくる。
駕籠のなかから狙いすまして突いた二刀を、それぞれの掌に握っている。
さすがだ。扉を開け、その瞬間に貫いた。寸分違わずに、である。
酒精は抜けきっていない。猛烈に臭い。
酔っていながらこの腕前である。
それともやはり、酔拳ならぬ酔剣で、酔っているほうが真の力を発揮できるのであろうか?
「佐川殿、大丈夫ですか?」
声をかけると、佐川はとろんとした瞳をこちらへ向ける。
瞼が半分落ちている。それからまた、視線を眼前の男たち戻す。
得物になにかからまったかのように、それを軽く振る。すると、男たちは支えを失った人形のごとく、地面にどっと倒れてしまう。
どちらも即死のようだ。
咽喉はともかく、胸を突くとなかなか抜けない。体内で肉が凝縮し、刃を包んでしまう。ゆえに、斬りあいでは突くのではなく、斬る。
沖田などのように、よほど剣達者か経験のある者でないと、得物を死体に銜えられたまま、ほかから斬りかかられてしまう。
だが、この論理も佐川には通じない。腕と経験、そして、胆力膂力、すべてがこの男を尋常でない腕前にしているのかもしれない。
「ああ、どうにもゆかぬ」
佐川は右に太刀、左に脇差を掌にしたまま、またこちらをみる。
血振るいしてから納刀する。それから、こちらに向かってくる。
猛烈な酒精臭。鼻がひん曲がってしまう。
みおろすと、相棒が「うげっ」という瞳でおれをみあげている。
しかも、指示していないのに、あとずさりだす。
「まてっ」
相棒に指示する。
佐川にたいして失礼なので、さがることはできない。ゆえに、相棒にもこの臭いを共有させたい。
そう、おれたちはバディ。ぜひとも共有すべきである。
「ううううっ」
なんということであろう。相棒は、まるで人間の呻き声のような声で、なにごとか訴えてくる。
「どうにもゆかぬぞ、相馬。それにわん公・・・」
佐川は、両の掌で口許を覆う。あゆみは止まらない。
「佐川殿、なにゆえ、なにゆえおれにちかづくのです?もう敵はおりません。どこでなりとも・・・」
作法など、もうどうでもいい。
ついに後退する。
相棒も同時に退きはじめるが、あきらかにおれよりもその速度は速い。
後退しつつ、佐川を牽制する。
実際、まだ抜き身を握っている。それを振ろうと・・・。
「うげーっ」
静寂の戻った平安神宮の塀の横、いわば神域ともいえるこの場所で、佐川は盛大に撒き散らす。
この夜、この攻撃が一番きいた。その破壊力は半端ない。
ノックアウトされる。
この夜、おれだけが、取り返しのつかぬ被害を蒙った。