兼定(バディ)ご乱心
「頼むよ、相棒。たまには、相棒のいうことを、きいてくれてもいいじゃないか?」
深更、宿泊している建物のまえで、相棒と視線をあわせ、お願いする。
もちろんこれは、双子のお願いとはちがって、平身低頭、三拝九拝、誠心誠意、全身全霊をもって依頼したわけで・・・。
フンッ!世紀の願いごとも、一つ鼻を鳴らされただけである。
「俊春殿が気になるんだ。おまえの大好きな俊春殿だぞ?かれになにかあったら、と思うと・・・」
謎のさめざめ攻撃を敢行する。これで落とせたら、儲けもの。
フンッ!世紀の攻撃も、一つ鼻を鳴らされただけである。
「ならもういい。自分で探す。いくら広い敷地とはいえ、ほんの東京ドーム二十五個分・・・」
ひっろ・・・。ひろすぎだろ?それを、どこにいるかわからぬ双子を探す?
ガイドブックもなしに?いや、折りたたみ式の「寛永寺」のパンフもなしに?
背を向け、あゆみだす。これで、相棒がついてきてくれると、たかをくくって・・・。
えーっ、こない?マジで?
あゆめどもあゆめども、駆けてくる気配がない。
意地でもうしろは振り返ることはできない。いや、振り返りたくない。
やむを得ず、暗い杜のなかを、とぼとぼとあゆみつづける。
ムダにひろい。杜のなかを彷徨ってる感がハンパない。もはや方角もわからない。
夜目に慣れているとはいえ、それから、今宵が晴れて月がでているとはいえ、鬱蒼と茂る杜のなか、月や星々の明るさは半減されている。
つまり、どこをどう探せばいいんだーっ!って状態である。
と、そのとき、なにか声がきこえたような気が・・・。くぐもったうなり声のようなものが・・・。
まさか、この江戸のど真ん中に、野生の獣でもいるのか?狸とか狐とか?
30mほどさきに、シルエットが・・・。木々に隠れつつ、接近してみる。
人間っぽい。しかも、複数人。耳をダンボにする。
「やめろって、新八。ほっとけ」
「ついてくるな、左之。ただの散歩だ。ほっといてくれ」
「二人とも、落ち着いて」
はい?永倉、原田、斎藤?
「おいっ兼定、まってくれ」
相棒?はいいいいい?
気配を消し、シルエットのほうへ木々の間をすり抜け距離を詰める。
やはり、組長三人。しかも、その三人を案内するかのように、相棒が距離を置いて先をあゆんでいる。
ひ、ひどい・・・。おれは案内してくれないのに、組長たちは案内するなんて・・・。
「うしろをとるんじゃない」
そのとき、押し殺した忠告とともに、前後から刀を突き付けられてしまった。
永倉の「手柄山」が、月明かりを吸収し、眼前で鈍い光を放っている。
「主計、うしろをとるときは、生命がけでとるべきだ」
おそるおそる視線を向けると、斎藤の「鬼神丸」が後頭部に刺さってる。
ってか、刺さってるーーー。
「やはり、おまえもきちまったか、主計」
呆れかえった原田の声。原田は、すこし先で両膝を折り、相棒を撫でている。
「せっかく、兼定におまえを案内しないよう、お願いしてたんだがな。それでなくとも、この馬鹿をとめられん。おまえまで、こられちゃぁ、おれも対処しきれん」
「なんだと、左之っ!」
「ええっ?なんなんです、原田先生」
原田の言葉に、永倉とかぶせ、いい返してしまう。
「なぁほっといてやろう。おれたちにはおれたちの考えってもんがあるし、あいつらにはあいつらの考えがある。それに、それぞれの役割ってもんもある。それぞれがそれぞれの責任において、やってるんだ。迷惑かけられてるわけでもない・・・」
「左之、あれは度をすぎてる。みたろ?腕一本であれだけの傷だ。みえてねぇところにどれだけあるか、わかったもんじゃない。おまえこそ、おれのことをほっといてくれ。主計、おまえは、おれの味方だよな?ゆくぞ」
さっさとゆこうとする永倉の肩をつかんだのは、斎藤である。
「新八さん、落ち着いて。そんなに殺気立ってちかづいたら、すぐにばれてしまう」
なるほど。ちょっとズレたアドバイスだが、斎藤も探しにゆきたい派らしい。
「左之っ、おまえはこなくていい。ひき返せ。組長三人がいないとあったら、土方さんにどやされる」
「まったく・・・。馬鹿は、これだから・・・。ひき返せるか。その土方さんから、おまえについていって、馬鹿やらかすまえにひきとめろって厳命されてんだよ」
副長・・・。副長も、気になって仕方がないのである。が、自分が表立ってゆくわけにはいかない。ゆえに、組長三人、それから、おれをうまく遠隔操作してるわけだ。
「ちっ」
永倉は、舌打ちしただけである。
「相棒、八郎さんに味方したり、原田先生の頼みをきいたり、覚えとけよ。沢庵をいただくようなことがあれば、全部、副長にプレゼントしてやる」
ときおり高っ鼻になり、先頭をすすむ相棒に、嫌がらせの言葉を投げつけてやる。
ここに子どもたちがいたら、またしても炎上してしまっただろう。
ふと、相棒の脚がとまった。くるりと体ごと振り向く。
めっちゃ睨まれた。こえー。
何事もなかったかのように、また杜をすすみはじめる相棒。
ここ、マジで江戸?って思うくらい、すごい杜である。月光や星明りが木々の間から射し込み、苔をきらきら光らせている。
「ジOリ」映画のワンシーンみたいに、幻想的である。
相棒が立ち止まり、耳をぴくぴくさせている。
「みつけました。ちかいですよ」
告げると、暗黙の了解でいっせいに気配を断つ。