最後の忍び
「ゆえに、今日一日、探りをいれてみました。どうやら、藤堂高猷は忍びをかっているとか」
「忍びぃぃぃぃっ?」
組長三人と、叫んでしまう。
そのあまりの大声に驚いたのか、島田が飯を喉に詰まらせたらしい。むせかえっている。
島田の背を、やさしく撫でる俊春。
『おじいちゃん、しっかり噛まなきゃだめじゃない』、と吹きだしをこさえてみる。
津藩、藤堂高猷、忍び・・・。
「あああああああっ!」
さらに大声で叫んでしまったものだから、島田はまた飯を喉に詰まらせる。
副長は、口にふくんだばかりの茶を盛大にふきだし、組長たちは、フリーズしている。
「おまっ、いったいなんだ?」
「驚かせんなっ」
「心の臓がとまったかと思ったぞ」
永倉、原田、斎藤にディスられてしまう。
「主計、てめぇっ、いったいなんだってんだ、ええっ?」
副長は、粗相した赤ん坊みたいに、俊冬に手拭いでシャツをぬぐってもらっている。
「すみませんでした。思いだしたもので・・・。俊冬殿、その忍びって、伊賀の忍びで、名を沢村保祐、もしくは甚三郎というのでは?」
「ほう・・・。なれば、この暗殺劇も、後世に伝わっているということか?」
俊冬は、副長のシャツを拭きおえ、こちらへ視線を向ける。
かれだけではない。全員が、注目している。
「いえ、伝わっているのは、新撰組が上様の警固をしばらくの間うけもつ、ということのみです。その間になにかあれば、それこそ「池田屋」とおなじくらいドラマチック、いえ、巷談や草双紙の題材になるくらいの勢いで、伝わっているはずです」
そこで、一息つく。
その忍びのことをしったのは、偶然である。
ある漫画をよみたくなった。具体的には、野球漫画である。主人公やチームメイトたちの高校での活躍にはじまり、プロ野球へと・・・。かなりの巻数である。通常なら、webで古本を大人買いし、一気によんでソッコーうる。だが、あまりの巻数である。NETカフェにこもってよんでしまおう、と思いついた。そこで、お目当ての漫画をみつけるまえに、その漫画が瞳にとまったわけである。
沢村甚三郎、最後の忍びといわれた伊賀者の物語。
巻数は、六冊程度である。が、あまりのぶっとびのストーリーに、いまでもはっきり覚えている。
というわけで、その漫画で興味をもち、ウイキペディアをみた。
実在の人物である。伊賀の忍びで、伊賀国内に無足人として生活していた。
無足人とは、俸禄のない者のことである。
伊賀の忍びといえば、服部半蔵や百地丹波などが有名である。服部半蔵は、徳川家に仕えている。江戸城にある半蔵門は、その警固を任された服部正成、正就父子に由来するともいわれている。半蔵は、代々受け継ぐ名である。
沢村自身は、服部家とはまったく縁はない。
兎に角、かれは、藤堂高猷の依頼で、ペリー艦隊の様子を探ったのである。
いったいなにゆえ、藤堂が探らせたのか?ウイキペディアには記載されていなかったが、沢村は、潜入し、探り、なにゆえか、乗務員から煙草や書類や蝋燭やパンをもらっている。
漫画は、それなりにド派手に暴れ、忍術なんかもいっぱいでてきてかっこよかった。
沢村は、ペリー艦隊の任務の際には、五十代後半という設定であったかと思う。
さらに、その沢村の相棒が藤堂平助で、試衛館のメンバーもでてくる。ラスボスとして坂本が登場しているし、吉田松陰や勝海舟などもでてくる。
沢村について、しっていることを述べる。そして、俊冬が調べてきたことを補足する。
「おいおい、忍びって、誠にいるのか?」
「お伽噺じゃあるまいに」
永倉と原田のつぶやきに、ふいてしまう。
その漫画のなかでも、試衛館メンバーはおなじようなことをいっていた。
「ちゃんといますよ。おれたちの瞳のまえにも、ちゃんといるじゃないですか?俊冬殿と俊春殿こそ、凄腕の忍びってやつです。もしかして、さきほどの副長の、「なにゆえ、やってるかってこともな」というのは、沢村さんにかかわることなんですか?お二方は、最後の忍びに対するため、鍛錬をしている、と?」
傷だらけになるほどする鍛錬の事情がわかれば、なるほどと納得できる。が、それをみすごすことができるかといえば、それはまたちがう話である。
「主計・・・」
「その通り。忍びには忍び。朝廷の狗には、幕府の犬が相対する。獲物は、だれにも譲りませぬ。たとえ兄上であろうと・・・」
俊冬が口をひらきかけたところに、俊春がかぶせてくる。しかも、平素とはちがい、わざと強気モードを醸しだしてくる。
俊春、演技だってバレてるよ・・・。
だが、これで、だれもなにもいえなくなった。
「兎に角、警戒をおこたるな。いいな、おめぇら」
「承知」
副長も、なにかをいいかけ、やめた。
副長がシメても、島田はまだもぞもぞと飯を喰っている。