あっちが刺客を放ったってよ
「ちょうどいい。話がある」
またなにか、あるのか?
いやな空気のなか、全員が副長に注目する。
傷病人たちが、横浜から医学所に移ったことで、付き添いだった島田も戻ってきた。
副長は、安心したであろう。
死んだ井上と、怪我で離脱した山崎のかわりができるのは、島田くらいであろうから。
そして、島田とおなじように、自称「新撰組の人斬り」の大石もまた戻ってきた。
こちらは、いまのところはおとなしく警固の任についているが、いつどうなるかわからない、というのが実情である。
島田曰く、大石は、横浜でも外人相手に喧嘩したり、酒や女や博打のことでもめたりと、つねに問題を起こしていたという。
本来なら、「局中法度」によって処断されるべきところである。が、局長も副長もきかなかったということで、今回はお咎めなしにするらしい。
ちかいうちに、脱走する。それがわかっているからである。
もちろん、それは、おれが告げたこと。
いまここで、「局中法度」によって裁くより、みずからいなくなってくれたほうが、ほかの隊士たちへの影響がすくない。
そのように、判断したのであろう。
もっとも、だれかを怒らせ、斬られることはある。
そうなったらそうなったで、また問題ではあるが。
俊春が、副長と島田の膳を積んで戻ってき、二人は無言で夕餉を食す。
その間、めずらしく静かにときだけが流れてゆく。ときおり、燭台の油の燃える音がするだけ。
むっつりとあらぬ方向をみつめている、永倉。居心地悪そうにしている、原田と斎藤。
「うまい煮魚だな。こりゃ、なんて魚だ?」
副長が、耐えかねたように尋ねる。
「鰆でございます。日本橋の魚市場にいってまいりましたゆえ・・・」
俊春が、ひかえめに答える
その俊春を、島田がじっとみつめているし、副長も気になっているようである
「副長、喧嘩ではござりませぬ。鍛錬にて・・・」
視線か、あるいは、副長と島田の心中をよんだのか、俊春は消え入りそうな声で告げる。
「わかってる。なにゆえ、やってるかってこともな。だが、いいかげんにしとけ。ここには、おめぇらにはかなわんが、組長をはじめ、手練れがそろってる。おめぇらだけで、なんでも片付けちまおうなんて考えるな。おめぇもわかってるな、俊冬?」
それは、俊春だけでなく俊冬にも向けられたもの。
しずかに頭を下げる俊冬。
「うまかった。おめぇは、好きなだけおかわりしろ、島田」
副長が食べおえ、それに付き合わねばならぬと思ったのか、島田の相貌に、悲しげな表情が浮かぶ。
が、おすみつきをもらうと、「遠慮なく」、とおかわりを要求する。
「またせたな。本題に入る」
副長は膳を脇へどけ、そうきりだす。
「俊冬と俊春が、仕入れた情報だ。京より、刺客が放たれたらしい」
緊張の糸が、ぴんとはりつめられる。
「狙いは、将軍様ってことか」
むっつりとしたまま、永倉がつぶやく。
「薩長土が官軍と称し、東海道や中山道、海路、東へ進軍してきやがるだろう。豚一は、恭順を示しているにもかかわらず、だ。その上でまだ、刺客を放ち、亡き者にしたいらしい。あらかた、殺って、「切腹しました。さあ、おまえらはだれのために戦う?」なんていいやがるのか、あるいは、暗殺を疑った幕府側の暴発を機に、いっきに攻め滅ぼそうってのか・・・」
「それで、その刺客とやらは集団で?」
「いえ、斎藤先生。情報では、一人」
俊冬が、斎藤の問いに応じる。
「はあ?おれたちも、なめられたもんだな」
永倉が、吐き捨てる。
「そのなめた情報ってのは、間違いないのか?」
「ええ。もっとも、信における筋でございます、永倉先生」
俊冬が、つぎは永倉の問いに応じる。
そうか・・・。
桃の井に付き添って京にのぼった久吉と沢が、密書でももたらしたにちがいない。
ということは、その情報のでどころは、和宮親子内親王の伯父である大納言橋本実麗。
信憑性は、かなり高い。
「一人ということは、それなりの腕をもってるってこったな」
原田は、ふんと鼻を鳴らす。
「どういう意図があろうと、そんな大仕事を任されるってだれなんでしょうね?」
「津藩の藩主藤堂高猷の推薦だとか・・・」
「ああ?裏切り者の?」
俊冬は、おれの問いに答えてくれたが、永倉の叫び声で、途中で言葉を止めてしまう。
津藩の藤堂高猷といえば、現代でも二つの事象で有名である。
一つめは、鳥羽・伏見の戦いにおいて幕府を裏切ったことである。これにより、幕府は敗退したといっても過言ではない。
二つめは、新撰組八番組組長の藤堂平助である。藤堂平助のご落胤説。その父親が、藤堂高猷なのである。